★22 処刑の場(ショウ・ステージ)
「そこに居て。もうすぐ、来るはずだから」
頷くしかなかった。女は笑顔だった。優しげな表情だ。しかしその顔で見られるたびに悪寒が走る。
怖い。
ぞっとした。彼女は肩に担ぎ上げていた
「ご心配なく、本当には撃ってないの。この形は脅しだけ」
彼女は笑って、取り出した拳銃をくるくると回した。
紅恋は安堵して息をついた。
「揺すぶってみれば、起きるんじゃないかしら?」
急いで龍巳の体を揺らすと、彼はそれほど経たないうちに目を開いた。初めは細く、次第に生きていることを確認するかのように大きく開いて、二度、三度瞬きをする。
彼は体を起こしてあちこち確認した。
「……お? わお。生きてるや」
紅恋は安堵の息を吐いた。
「よかった」
「あ、紅恋。つーかここどこよ。俺ら拉致られちゃった訳?」
「……そうみたい」
「なーんか、いい気分はしないね。ここ」
龍巳は周囲を見回して言った。紅恋たちが入れられている檻は、灰色の大きな何も無いホールの端に置かれている。
ホールには本当に何も無く、がらんとしている。
ただ灰色。息の詰まるような、重い色。
広いのに、圧迫感を感じるようなそこには、紅恋達の他には彼女しかいない。彼女は床に座り、龍巳を撃つのに使った銃を磨いていた。
「なー、あんた何の用があって俺らを連れてきたのさ?」
紅恋はぎょっとした。一体何をやっているんだろう。
そんな紅恋の心中も知らず、龍巳は飄々として続ける。
「私は用なんか無いわよ。用があるのは彼女だけ」
「あそ。彼女って誰?」
「それより、あんたあんたって呼ばれるのはあまりいい気持ちではないわね」
「だって名前しらねーもん。別に俺あんたっつっても気持ち悪くなんねーし」
「私の名前は
「へーえ。ご大層な名前っすねー」
「まあね」
彼女――素納多はくすくすと笑うと、立ち上がった。
「ほら、「彼女」の登場よ」
龍巳はその「彼女」を見るために顔を動かした。
硬い靴音がする。
「B・B……」
「今日は、龍巳」
B・Bは檻のすぐ近くまで来ると、微笑んだ。龍巳はショックを押し隠すように無理矢理唇を吊り上げた。
「ふーん。あんたが俺らに用なんだ」
「そうよ」
B・Bは言った。
「それで? 俺としてはこんな窮屈で気が滅入るようなところ、とっとと出てきたいんだけど。動物みたいに檻に入れられるなんて、いい気分はしないんだよね」
「あら、そう急がないでくれない? あなたには大切な役目があるの」
「役目? ごめんだね。それにしちゃ連れて来かたが強引じゃない? あーあ、ひーちゃんの気持ちが分かったよ」
「分かってないわね。あなたに拒否はできないの」
「はっ! 何だよそれ」
強がったが、額には汗が浮いている。手が、小刻みに震えていた。抑えようとしても、収まらない。紅恋ははらはらしながらその状況を見守っていた。B・Bは檻の隙間からするりと手を入れて龍巳の顎に手を当て、しっかりと、自分と目を合わせさせた。一瞬だけ目線が絡み、龍巳は途端に離れようと暴れ出したがB・Bは手を放さない。
「あなたを操るなんて簡単なことなのよ」
龍巳は精一杯抗ったが、一瞬でも彼女の目を見てしまったのが間違いだった。目が離せなくなる。その黒い目からでる邪悪な光に顔をしかめ、いっそう激しく暴れるが目は捕らわれて動かせない。
だんだんと動きが鈍くなる。B・Bの目に龍巳は見入ってしまった。黒い目の奥で何かが動いている。それはゆっくりと近付いてきて、より鮮明に見えるようになる。
動いているのは炎だ。
黒い炎。
めらめらと燃え上がり、獲物を捕らえるための触手のように火花を散らしてうねる。
「……止めろぉおおおおおおおおおおおお!」
口から悲鳴が迸った。紅恋は身を強張らせ、目を閉じ、両手で耳を塞いだ。恐ろしい苦しみの声は聞くに堪えない。
苦しげに、酷い痛みを受けているように、耳に響く。
嫌だ! 嫌だ!
龍巳は目を背けたかった。しかしどうやっても動かせない。否応無しに見せ付けられる。
苦しい! 痛い!
あの日が蘇る。
悲鳴、悲鳴、悲鳴。
オレンジ、赤、朱、黄
火花が目の奥に散る。
龍巳は喉が裂けるのではないかというほどの凄まじい声で喚いた。
火が舐める。濃い陰影。黒い影。対照的に明るい炎。
びしり、と心にヒビが走る。
B・Bは目の力を緩めない。
壊れる! 嫌だ!
龍巳はいっそう激しく暴れた。壊れてしまったら、自分は無事で居られない――――彼は直感した。ヒビはみしみしと音を立てて大きく広がっていく。絶えられない。
叫んだ。
割れる!
―――― ばきん
龍巳の動きが止まった。あれほど動いていた体の力が抜ける。叫び声もぴたりと止まる。彼はもう、空っぽだった。それは笹舟の時よりもさらに酷い。紅恋は震えながらその光景を見ていた。余りにも無残。あんなに楽しそうだった彼が、もう、壊れた人形のようだ。虚ろな悲しみがひたひたと押し寄せ、彼を飲み込み、深みへ引きずり込む。
真っ黒な海の底にがんじがらめに閉じ込められる。
小さな水の粒が、彼の目に一粒だけ盛り上がって落ちた。
全ての希望も夢も、喜びを全部失って、彼の体に残ったのは悲しみだけ。
それを見て紅恋は胸が締め付けられた。そして、同時にB・Bと言う人間の恐ろしさを嫌というほど思い知った。
彼女は顔を上げ、今度は自分に目を合わせてきた。
彼女の目は、もはや人とは思えなかった。黒一色。全く光を反射していない。塗り潰したかのような、芯まで染めたかのような、黒という色、ただそれだけ。不自然な、そう不自然すぎる黒。こんな物、黒だとは思えない。そう、黒なんかじゃない。あえて言えば、闇の色。「暗い」という色。極限までの、暗闇の色。そうでなければ恐怖の色。それでも、まだその恐ろしさを表現できていない気がする。言葉なんかでは言い表せない色だった。
恐ろしくて、抗えない。いや、もうすでに彼女は諦めていた。こんな人間に、あたしが、「あの子」だったらともかく、ただのあたしが敵うわけがない、と。紅恋は彼女に見られただけですくみあがり、怯えてぎりぎりまで後ずさった。B・Bは微笑んだ。
「もうそろそろ……ね」
ホールの天井に、形を抜いたかのように穴が開く。
そしてそこから、青い髪の男の人と、洸と、そして
「……!」
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