☆21 帰る
「えええーっ!?」
「……ちょっと、やめてよ」
「ちょっと、ほら。怯えてるでしょうが」
彼女はどう反応したらいいかわからずに、ちょっと戸惑っているようだった。
「だだだだって! ひーちゃんすっげ思いつめてたし、やってきちゃうかなってちょっと諦めてたから」
「はいはい、余計なお世話」
「でででもさあっ! まさか、その問題のヤツと一緒に戻ってくるなんて思ってなかったじゃん」
「ああー、もう。あたしにはわかったの!」
洸は龍巳に背を向けて伸びをした。
「どーせ人間いつかは死ぬんだからさ。あたしが殺す意味ないよ。それよか、今、やりたいことだけやってやろーと思ったってわけ。いつかあたしも死ぬし、死んだらどうなるかなんてわかんないんだし。後悔しないように」
「……ひーちゃん」
洸は勢いをつけて振り向くと、にっと笑みを浮かべた。
「この子、紅恋って言うんだって。まぁ、あんな状態の紅恋を見たら、そんな気無くなっちゃったよ……説得してくれて、ありがとうね、龍巳」
「ひーちゃんっ!」
「ほんのちょっとだけ感謝してる!」
右手の親指と人差し指を、一cmくらいに開いて見せた。
「それだけかよ!」
龍巳はなにやら嬉しそうだ。
「はー……まぁひーちゃんがいいってんならいいんだけど。それで、この子どーすんの?」
そう言うと龍巳は紅恋のほうを見た。
「紅に恋って書くんだって。それで紅恋。しゃれてるよね」
紅恋は物珍しそうな顔をしている。やはりずっと同じ年代の子供と会話をしていなかったから、話すことになれていないのかもしれない。
「んで。どーすんのさ」
「紅恋は恋人が居なくなったから探したいんだって」
「えっ、恋人!?」
「そー。とっても大事な人なんだって。龍巳ちょっとがっかりした?」
「は!? そんなことは断じてありません」
龍巳はふざけてふくれっ面をした。洸は笑いながら睨む。
「どーだかなぁ。まぁとにかくそんな訳で、一回連れて帰ってさ、そこで皆と相談しようかと思うんだけど」
「えー! まじでか」
「なんとかなる!」
「ひーちゃんふっ切れすぎじゃね」
「そんな感じ」
とにかく、と洸は紅恋を手招きした。
「これからあたし達はとりあえず組織に行こうと思うの。ダイヤモンド・グローリーっていう会社で、あたし達のことを保護してくれてる。あたし達は、あなた達を追いかけてたから、あなたとずっと一緒に居たんだったら、きっとその人の情報もあるはずよ」
紅恋の顔がぱっと希望に輝く。
洸はそれを見て優しく笑った。龍巳を見て、言う。
「ほんじゃ行くよっ!」
洸は腕時計のボタンを押した。
次の瞬間には彼らは洸の部屋の中に居た。
紅恋は部屋をきょときょとと見回している。
「そんじゃ、紅恋。ここで待ってて。あたし、今すぐチームメイトを探して事情を話してくる。そしたらきっと皆協力してくれるだろうし、皆は信用できるから」
「俺は?」
「龍巳は紅恋とここに残って。まぁやや頼りないけど一応ボディーガードってことで」
「えー、俺のさ、評価、低すぎない? まじで。ちゃんとやるよ? 俺」
龍巳は落ち込んで、洸を上目遣いで恨めしげに見上げた。
「あーはいはい。じゃよろしく。行ってくる」
紅恋は頷き、龍巳もしゃーないなーと椅子に座りこんだ。
洸はそれを見ると部屋を出て、一直線にチームルームを目指して走り出した。
*
B・Bは深く溜め息をついた。
「洸……あなたにはがっかりだわ」
彼女の前には薄い画面があり、それには部屋から出て、チームルームを目指す洸の姿が映っていた。
「情に絆されてあんな子を助けるなんて……間違ってるわよ。ああ、見込み違いだったわ。あなたは役目をまっとうすることが出来なかった。信じていたのに……」
がっくりと頭をたれ、彼女は画面の前にある机に肘を付いてそのたれた頭を抱えた。
「こうなったら、仕方ないわね。洸もあたしを嫌っているような素振りがあるし、紅の子と一緒に、死んでもらいましょうか」
彼女は頭を振りながら椅子から立ち上がった。
「しかし、勿体ないわね。洸もあの子も、かなりの能力があるのに……もう少し、操りやすい心の持ち主だったら……どうして力の強い子に限って芯の強い性格なのかしら。とってもやっかい。あれでは紅の子で少しの間。光に至ってはほんの数分しかできないし……でも、そうね。一人だけ、心がやわで、簡単に壊せる子がいるわ……」
にやりと唇の両端を上げる。
「死刑執行人は、あの子に頼みましょうか。そう、最適。きっとうまくいく……」
歌うような口ぶりで言いながら、彼女は歩き出した。
*
チームメイト達はトレーニングが終わったところのようで、洸がトレーニングブースの前を通りがかると丁度よく現れた。
「あ! 皆」
「洸!」
「洸さん! 心配してたんですよ」
皆は近寄ってきて次々と話しかけてきた。
しかし、洸は聡貴だけが(一応安堵してはいるようだが)青い顔をしているのに気付いた。
「
「洸」
彼は答える声も弱々しく、その手には、「世界の超常現象 世界の不思議な出来事徹底解明」と書かれた本があった。
「何? これ」
「あぁ、なんか最近聡貴の部屋、あれが出るんだと」
「あれ?」
「あれだよ。ユーレイ」
デリストは手を持ち上げ、胸の辺りでだらんとさせて見せた。
「はぁ」
「そんなん、気にすることないっつーのに」
「そんなのじゃないっ!」
聡貴は青ざめた顔でデリストをきっと睨み付けた。
「ベッドに横になってると、下の部屋から苦しそうな「ああ」とか、「うう」とか呻き声が聞こえたり、がたがたいったりするんだぞ! 怖いだろ!?」
「聡貴って、意外。そういうの駄目なんだ」
「こればっかりは無理なんだよ……! ああ、科学で証明されないことがどうしてあるんだよ!? そういうのは駄目なんだ……ここはなんでもありだから、そ、そ、その、その、「ゆ」のつくやつも、いや、そんな非科学的なことを僕は……でも、もしかして、い、いたりなんかしたらどうしようって」
聡貴は怖がっている顔を見られるのが嫌なのか顔を背けたが、手を強く握り締めて白くなっているのが見えるし、がたがたと震える体は隠しようが無かった。
「……そうかぁ」
「ところで、洸はどうしてここに?」
「そうですよ。調子悪いんじゃなかったんですか?」
「あ、そのことなんだけど、ちょっとここでは話しづらいの。誰にも聞かれないとこって、ある?」
「誰にも聞かれないかどうかはさておき、それならチームルームに行きましょう。多分一番邪魔が入らないのはあそこよ」
B・Bには聞かれたくないし、チームルームにはもしかしたら盗聴器が仕掛けられているかもしれない。しかし、そんな事を言っていたら組織全体、どこにも安全な場所が無いことになる。この際贅沢は言っていられない。洸は頷いた。
*
「……と言うわけなの」
チームルームに移動して、洸は包み隠さず全てを語った。
緊張したせいでじっとりと汗をかいている、ずっと強く握り締めていた手を解く。
話している途中で涙が滲み、声も震えた。
しかし、どうにかこうにか龍巳に話したことに紅恋との事を付け足して話しきった。随分長い時間が掛かってしまったが、皆は何も言わず真剣に聞いてくれていた。
「洸さんっ……そんな辛いことがあったなんて……」
スーは目を潤ませている。
「ああ、別に気にしないで……っていっても気にはなるよね。でも、ごめん。あたし、少しだけ皆のこと、龍巳からあいつの昔の話聞いた時に一緒に聞いちゃったから……」
「えっ! 龍巳が昔のこと、言ったのか?」
聡貴が(青い顔のままだったが)突然声をあげた。
「え、うん。何で?」
洸は驚いた。
「皆にも言ってるんじゃないの?」
リタも驚いた様子で腕を組んだ。
「あたし達ずっと今まで一緒に居たけど、龍巳から聞いたのはホント最近のことよ」
「そうなの?」
「そうですよ。龍巳さんは、あの、リピスニアでのことがあってから、その後になってやっと話してくれたんです」
「あいつ、のらくらして今まで何も言わなかったんだ」
「そのとおり。あ、俺だけはたまたま一番接する機会が多かったから、ある程度は知ってたんだけどな……」
「そうなんだ……」
洸は少し驚いた。
(でも、じゃあ何であたしには……)
気になったが、今はそんな事言ってる場合じゃない。
気持ちを切り替えて、皆に提案した。
「とりあえず、みんなあたしの部屋に来てくれないかな。紅恋と龍巳待たせちゃってるし」「ええ、わかったわ」
「行きましょう」
長い話だったのでみんな椅子に腰掛けたり床に座ったりしていたのだが、リタとスーはすぐに立ち上がった。
しかしデリストは壁に背を預けたまま、軽く手を上げて提案した。
「なぁ、その前にさ、すぐだから聡貴の部屋の下、ちょっと様子見に行ってみないか?」
「え?」
「洸の部屋はどこだったっけ?」
「? えーと、ここの三つ下の階だけど」
「なら話が早い。聡貴の部屋は二つ下の階だから、通り道だろ。ちょろっと見てくるだけだし、五分くらいしかかからねぇよ」
「な、なんだよデリスト。そんな、余計なことはいいって。ぼ、僕は別にそこまで怖いって訳じゃないし」
聡貴は洸の話で忘れていたその件を思い出させられ青ざめていたが、彼は精一杯頑張って急いでるのに別に今じゃなくたって、と椅子から立ち上がってそう言った。しかしがたがたぶるぶる震えているのが丸分かりだ。
「聡貴、説得力ないよ」
洸は苦笑し、聡貴は顔を赤くしたり青くしたりと次々に色を変えた。
「どうするの? 洸」
「わかった。寄ってこうよ。あんまり時間をかけられないけど、少しだけならいいよね」
聡貴はすまなそうに、ただでさえ小さい体をさらに縮こまらせていた。
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