★19 終わり

 絨毯を踏む足音が床を伝って聞こえる。

 人の気配が紅恋くれんの傍まで来ると、足音も止まった。紅恋はゆっくりと動いて、その気配の持ち主の方に目を向けた。

 そこに立っていたのは、やはり、黒衣ではなかった。

 唇を一文字に結んだ、意を決した顔。その回りを、青空の一番色の強い所と同じ色の髪の毛が縁取っている。二つの青い目は、深い海のようで、高い空のようで、とても綺麗だった。あたしの、この血で染め上げられた色より、よっぽど。

 なんだ、彼女とあたしはこんなにも違う。

 ふと紅恋は目を細めた。

 彼女の右腕には、薄く光る、美しい剣が握られている。

 そう、あたしを殺すための。

 紅恋は唇を開いた。

「殺して……」

 聞き取れなかったようだ。食事を摂っていないせいか、声が小さくかすれていたようだ。

 もう一度、今度は少し強く言った。

「あたしを、殺して」

 あたしが自分からそう言うとは思っていなかったのだろう。少女は目を見張った。

 紅恋は続けた。

「……あたしは、今までずっといけないことをしてきたの」

 そう、そのとおりだ。

「なのに、あたしが生きていることは間違っているわ」

 そうよ、そうなの。

「だから、遅くなってしまったのだけど、あたしは死ぬべきなんだわ」

 そう……

 それなのに、ああ、何故だろう。彼の優しい顔ばかり浮かんでくる。

「ねぇ、お願い。もう、生きていても仕方が無いの」

 そうよ。黒衣は、もうあたしなんかいらないと言った。それで、あたしの存在理由は無くなったのだから、生きていたって仕方ない。

「だから、殺して」

 言い終えた。

 いままでもしっかりと彼女の目を見ていたのに、今、やっと目の前の彼女と目が合った気がした。

 通じ合った気がして、紅恋は目を閉じた。

 彼女はしばらくためらってから、剣を振り上げた。

 何故か、それは分かった。

 そう、これで本当におしまい。

 あたしの物語は終わる。

 さよなら。

 大好きなあなた。

 今までありがとう。


 剣が振り下ろされた。

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