☆19 対面

 ドラゴン姿の龍巳たつみは数日前に来た邸の前に降りた。彼は、飛んでいる間に嘘をついていたことをひかりに打ち明けた。

 さっきの巻き戻しをするように、龍巳は縮んで元の姿に戻った。

 そして凛とした瞳で彼女を見据え、言った。

「ひーちゃん、気ーつけろよ。あいつは只者じゃない。刃が見えないんだからな」

「うん、ありがとう」

 洸は心を込めて言った。

 すると彼はがらりと表情を変え、

「いえいえ。そんな気にするこたねーよ」

 と笑った。

 その顔を見ていると、さっきの悲しげな顔が嘘だったかのようだ。しかし。それは現実で、紛れも無く、本当にあったことなのだろう。

 龍巳との短い会話を終え、洸は大きな扉の前に立って深呼吸をした。

 ライオンのノッカーは扉の番人のようで、大きな扉は威圧的に洸を見下ろしている。彼女は扉に手を掛け、押した。大きく軋んで、扉は開いた。

 そこは広く高い広間で、上からシャンデリアが優雅に下がっている。ブーツの下の絨毯は柔らかく、踏むと二、三センチは足が沈んだ。足をその中に踏み入れ、一歩、また一歩とゆっくり歩を進めた。

 低いテーブルの前の床に、紅い髪が美しく広がっている。

 洸は顔を歪めた。

 これから、あたしはやる。

 右腕に光が現れ、それは次第に鋭利な剣へと姿を変えていった。ナトルと対決したときは、ぼんやりとしていて、どうにかその形で剣だと言う事が分かる程度の物だったが、今洸の手にあるのは、細かい彫刻まではっきりとわかる、静かに光り息づいている細身の剣だった。

 洸は広がっている紅い髪のすぐ傍まで来た。

 少女は体を横に向け、顔を洸の来た方向と逆のほうに伏せていた。黒い長袖のワンピースを身に纏い、目をしっかりと閉じている。陶器のように白い肌。それは、彼女の紅い色をさらに美しく引き立てていた。

 しかしそれは、やはりどこかガラスのケースに飾られた人形のような、大事に大事に護られた、華奢な細工物の様な、そんな美しさだった。

 洸は少女を見下ろした。

 こいつが殺人者なのか?

 洸は疑いたくなった。こんなにも弱々しくて、少し強く突いただけで、すぐに壊れてしまいそうな、自分と同じような少女。

 ――――自分と同じ?

 洸は自分の思考に笑った。

 どこが同じなんだ。

 こんなにも相反する色なのに。

 こんなにも強い血の色なのに。

 こんなにも、紅い色なのに。

 少女は緩慢な動作で、洸のほうに顔を向けると目を開けた。銀色の鎖が彼女の首に掛かっていた。小さな花が彼女の胸で揺れる。

 開かれたその目は紅い。

 しかし、色は無い。そこには感情が映らない。

 彼女はここではない遠くを見ているようだ。

 洸と目を合わせているのに、目は合っていない。

 紅い中に、白く霧が掛かっているかのよう。

 薄い桜色の唇が開く。自分と同じ形なのに、洸よりも華奢な唇。

「……――て」

 声が、微かに聞こえたが、よく聞き取れなかった。

「あたしを、殺して」

 今度ははっきりと聞こえた。

 洸は驚いて目を見張った。

 次第に紅い目に光が戻ってきた。

「……あたしは、今までずっといけないことをしてきたの」

「なのに、あたしが生きていることは間違っているわ」

「だから、遅くなってしまったのだけど、あたしは、死ぬべきなのよ」

「ねぇ、お願い。もう、生きていても仕方が無いの」


「だから、殺して」


 かすれて細い声だった。彼女はそう言った。言い終えると、乞うように洸を見つめた。洸は何も言わなかった。

 殺してしまえばいい。

 それが自分の願いだったはず。

 さあ、本人も望んでいるのだ。

 気に病むことは無い。

 さあ――――


 洸は少女を―――紅恋を、見つめた。

 今度こそ、しっかりと二人の目は合った。

 紅恋は死を受け入れ、目を閉じた。


 洸は右腕の剣を両手で持ち、振り上げた。


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