☆18 過去の告白
「この馬鹿っ!」
「分かってるよ」
砂色のレンガと青い流れがあるここは、この前に来たリピスニアの町並みと一致するだろう。しかし、地図を見ると赤い点滅はもっと奥だ。ざっとここから数kmは離れている。
テレポートの瞬間に龍巳が滑り込んで来て、その負担で腕時計は洸を目的地まで送る事が出来なかったのだ。
「何で付いて来てんのっ」
「だって、ひーちゃん明らかになんかおかしかったし」
付いて来て欲しくなんか無かったのに。
きっとこれからやることを知ったら、龍巳は止めようとするだろう。
(あたしの気持ちなんか知らないくせに……!)
洸はいらいらとしながら彼に向かってきつく怒鳴った。
「帰ってよ! これ使って、あんただけ送り返す事だってできるはずなんだから」
「やだよ。俺、帰らないからな。何しようとしてんのか教えてくれるまで」
龍巳にしては珍しく強情に言った。洸は一瞬つまったが、すぐに言い返した。
「あんたには関係ない!」
「関係なくなんか無いよ。だって、俺らチームメイトだ。仲間だろ?」
彼女は今度こそぐっと詰まった。そこを見計らって龍巳は続けた。
「なぁ、じゃあ約束する。聞いて、俺の意見を言うだけ。止めようとはしないから」
いざとなったら力を使って気絶させるなり何なりしよう。そして送り返そう。
思いを決めると、口を開いた。
(―――どうせ、実行したら、あたしはもう彼らの仲間ではいられない)
なら、言ってしまえ。
「あたし、両親を殺されてるの」
ヤケクソな思いに駆られて、彼女は自分の過去を吐き捨てるように語った。
自分の言葉と共に、その時の全てが鮮やかに蘇ってくるかのようだった。
辛さ、憎しみ、寂しさ、孤独感。
全てが蘇る。実際には全てではないかもしれないが、その時のことを思えば胸が痛み、今なお傷ついていることを知らせてくる。涙が零れそうだ。目が熱くなる。
泣くな、と自分をいさめて頭を振った。
かえって、話し出ししまってからのほうがすっきりしたようだった。過去を打ち明けられなかったことは、洸の中でやはり大きな負担だったのだ。
全て、両親の仇を取る為に、あいつを殺そうとしていると言うところまで語りきると嘲笑った。
「これで、いいでしょ。あたしはこれから両親の仇にとどめを刺しに行くの……止めないでよ。約束なんだから」
「止めないよ」
龍巳は黙って聞いていたが、洸の目を見つめると口を開いた。
「止めないけど、ひーちゃんにはちょっと言わせてもらう」
「……好きにしたら」
洸は肩をすくめた。龍巳の発言を止める権利なんてない。
「俺は、やっぱしそんな事はして欲しくないと思う。それにきっと、皆そうだと思うよ」
「止めるの? 止めないって言ったくせに、うそつき」
彼女は唇の片端を上げ、皮肉をこめた笑い方をした。龍巳は負けずに、きちんと話そうという態度で言葉を続けた。
「これは俺の意見だよ。聞くも聞き流すもひーちゃんの自由だ。やろうと思えば行動に移して無理やりに止める事はしない。約束、したからね」
ちょっと笑うと言う。
「これは偽善とかじゃないよ。純粋にそう思うんだ。人を殺すっていうのは、何も考えていないか、そうとうの覚悟が要るよ。一時的に燃え上がった憎悪に突き動かされてやった事には、必ず後悔するはずだ」
「分かったように言うのね。ていうか、あんた「憎悪」なんて文字が分かるのね。馬鹿のくせに」
「分かってるんだよ」
洸の皮肉を物ともせずに龍巳は言う。
驚いた洸から目を離さずに、彼は悲しげな微笑を浮かべて続ける。
「ひーちゃんのお父さんとお母さんはきっと、そんなことしたって喜ばないと思うよ。それよりも、自分たちの娘がそんなことに手を染めることを嘆くと思う。おれ自身、相当、罪の意識にさいなまれるって言うの? 辛かった。結構長く、物食べられなかったり、今でも悪夢を見るんだ。いっつも、睡眠薬を飲んでるんだよ」
「な、何言ってんの?」
「ひーちゃん、想像してるでしょ。その通りだよ」
「うそ、よね?」
洸は愕然として両手で口を覆った。
「俺は両親をこの手で殺した。四年前に」
龍巳は笑った。
なんて悲しそうな笑顔だろう。いつもの陽気さは影を潜め、唇は笑みの形を作ってはいるが、彼の顔は、さっきの洸みたいだった。泣いているように、見えた。
悲しげな笑みを湛えた顔で、俯きながら言った。
「父さんは酷い奴だよ。俺にドラゴンの力が発現したって事が相当ショックだったんだろうな。まともじゃない俺を、どうにかまともにしようと、もし翼を出したり、火に異常な興味を持ったり、角を出したり……そんな素振りを少しでも見せたなら、容赦なく引っ叩かれた。本当はあの組織にも近寄らせたくなかったんだろうけど、母さんが、俺にはちゃんと能力をコントロールできる力を持たせないと、いつ暴走してしまうか分からない。そう言って、やっと許したんだ。
俺は普通じゃないといけなかった。ありえない者でいちゃいけなかったんだよ。母さんは、竜の血が何故か極端に薄いみたくて、力が弱かった。翼も角も、頑張って凄く集中しないと出せないし、火にだって弱くて、気を抜いていると火傷なんかしたりもする。普通の人間とあまり変わらなかった。だからこそ父さんと結婚できたんだろうけど、正直言って俺には父さんのどこがよかったのか未だに分からない。だけど、俺の力は極端に強かったんだ。翼も角も、驚いたりほんのちょっと意識しただけですぐに現れる。だから学校とかでのトラブルも多くって、そのたびに物凄く叱られて、飯抜かれたりとか、今、ここでは具体的に言わないけど……ひーちゃんを怖がらせたくないから。ギャクタイされてさ。色々罰だって、怒られたよ」
「そんな、どうして」
洸は、怯えながら口に出した。
龍巳は目を細めた。そこから一筋煌く物が伝い落ちた。
「その日も学校でトラブルを起こした日だった。竜の身体の中には死ぬまで消えることのない炎が燃えているんだよ。逆に言うと、火が消えたら竜の血を引く人間は死んでしまう。けど、その火はほっとくとだんだんと小さくなるから、補給しなきゃならない。ある程度弱まると酷いめまいとか頭痛とかが起こって、異常に火を求めるようになるんだ。
あの日も学校で猛烈に頭が痛くなって、調理実習の時、ガスコンロの青い火がちらつくのを見ると我慢が効かなくて、顔を突っ込んでその場で火を食べちゃったんだよ。当然先生もクラスの皆もびびって……それで、学校から呼び出しが合って、たまたま母さんがいなくて、父さんが来たんだ。学校では怒られなかったよ、もちろん。帰ってきた時に、馬鹿野郎って怒鳴られた。
あざができるほどお仕置きをされて、でも、いつものことだから耐えてたんだ。けどさ、その夜、もう寝ようって時だったな。父さんは酔っ払っていて、俺の方を指して怒鳴った。「出来損ないの化け物」って」
龍巳はトラウマを打ち明け続けた。
「母親は力が無いも同然なのに、なんでお前ばかりそんな馬鹿な力があるんだ」「子は親を選べないと言うが、親も子を選べないんだな。選べるもんならもっとまともな奴にしたのに」って。耐えれば何時か終わるから、俺は悲しかったけど黙ってた。けど、母さんはとても耐え切れなかったみたいで言ったんだ。一言一言、はっきり覚えてるよ。きちんと繰り返せる。「あなた、いい加減にして。龍巳が可哀想よ。私たちの子供なのに……」父さんは脇に置いてあったビールの瓶の首を掴むと持ち上げて、それを、母さんに叩き付けたんだ。母さんの悲鳴。うるせえと言った父さんの声。自分が見ているのは映画かマンガだな、でなきゃドラマなんじゃねって思った。父さんは、瓶をテーブルに叩きつけて割った。瓶の口の方が俺に向かって投げられて、肩に当たって、ざっくり切れた……痕、ここにあるよ。手術をしなきゃ、消えないだろうってさ」
龍巳は左手を緩やかに持ち上げて、自分の右肩に触れた。まだ傷が痛む、という仕草だった。きっと、完治はしているだろう。でも、傷跡はずっと龍巳に痛みの記憶を残し続けるのだ。
「父さんは訳の分からないことをぶつぶつ言いながら、母さんを散々蹴飛ばした。止めさせようと思って父さんの足に飛びついたんだけど、邪魔だ、と振り払われた後に髪の毛を掴まれて、台所に連れて行かれた。そこで、ガスコンロの火をつけると、条件反射、ってやつ? その火にうっとりしちゃった俺の頭を掴んで押し付けた。
竜の血を引いてる俺だから、火が肌に触れても火傷はしなかった。父さんも分かってたんだ。美味いだろ、ご馳走だ、よく味わえ。そう言ってぐりぐり俺の顔を押し付けた。母さんはやめてって叫んでた。大丈夫だと分かっていても、やっぱり、見た目は凄い怖い光景だったんだろうな。火は、俺の口や肌から身体に染みてきた。身体が熱くなった。
普段は、たまに蝋燭の火を舐めてるだけで平気なんだ。
だけど、入ってくる火を追い出したりは出来ない。押し付けられてる間、俺はガンガン取り込んでいった。身体が熱くなった。その時に、俺は、何で、今こんなことをされてるんだ? ってすごく強く思った。めちゃくちゃ頭に来た。
竜って、すごく強い生き物なんだ。
俺は父さんを睨み付けた。それからまず、ガスコンロの火に向かって火を吹いた。バッと火が燃え上がって、一メートルくらいになって壁や回りにかけてあった鍋つかみとかを巻き込んで、ゴウゴウ燃え始めた。
火事さ。
あいつはガクガク震えだして、尻餅をつくと後ずさった。俺は後ろの壁に向かって、手をあげて火を放った。一段と火の勢いは強まった。スゲーきれいだって思ったよ。赤くて、オレンジで、暖かくてきらきらして見えた。本能が残ってるんだろうな。凶暴なドラゴンの本能が。そんで、父さんに向かって手を伸ばした。その時、立てないほどの傷を負った母さんが、俺の背中に飛びついてきて叫んだ。殺しちゃ駄目! って……」
龍巳にはきっとまだ、その母親の声が耳に聞こえるのだろう。顔をゆがめた。そして、また自虐的な微笑みを浮かべた。
「どうして? って俺は笑いながら聞いた。怒ってたから。すごく。今までのこととか、ずっと母さんを痛めつけたこととか。止めようとした母さんを突き飛ばして、父さんに向かって火を放とうとした。母さんは這ってきて、父さんを庇うように抱きついた。その時の俺は、憎しみしかなかったから……邪魔するなら、お前も死ねって、そう思って、俺は母さんごと父さんを燃やした。
すごい悲鳴だった。俺は、その時笑ったんだ。声をあげて笑って、燃えていく家を見ていたんだ。それからは、覚えてない。気がついたらダイヤモンド・グローリーにもういた。病院の中で俺は自分の力を呪った」
洸に、言い聞かせるような言い方をした。
「俺がこんな風に力を持っていなかったら、誰も死んでなかっただろうって、泣きまくったよ。父さんと母さんにしたことは、絶対にやっちゃいけないことだった。今でも夢でうなされる。死のうとも思った。死なないですんだのは、デリストと合って友達になったからで……これ、言ったら怒られるかな」
ちょっと笑い、洸に向かって告げた。
「あいつ、親に売られたんだって」
「えっ!」
「デリストんち、すんげー貧しかったんだって。デリストの力は凄く役に立つから、金持ちの家に道具として売られたんだって。けど、あいつはちっとも恨んでないって。俺、それ聞いて、凄い驚いたんだ。あいつ、笑いながら言うんだよ。
「いつもすまないと思ってたんだ。いつも、ただでさえ少ない自分たちの分の飯を削って、俺にくれてた。それでも少ないくらいだったんだけど、俺は嬉しくて、悲しくて、申し訳なく思いながら食べた。だから、親父とお袋の生活が少しでも楽になるのなら、そんなことはなんでもない」
そう言って笑ったんだ。それで、その後売られた金持ちの家が潰れて、行く当てがなくなったところで組織に来たらしいけど。
……リタはさ、もっと酷い。自分の親を知らないんだ。
まだ二、三歳の頃に力があることが分かって、どこかの国の超能力研究所に連れてかれてさ、ずっとそこにいたんだって。そこはよくない研究もしてたみたいで、組織が潰しに来たときに、他の実験台の子達と一緒に保護された。あいつの腕には、その時の、一生消えないナンバーが刻まれてる。
スーはそれでもまだいいほうだけど、それでも、親の乗っていた車が、逃げる犯罪者の車とぶつかって、交通事故。犯罪者はその時死んじまったけど、スーの親は生きてる。だけど植物状態で、余命いくらも無いんだって。たまに、見舞いに行ってるけど、やっぱり辛いだろうな。
龍巳は話している間、ずっと目を洸のそれから離さなかった。洸は彼の口から淡々と語られる衝撃的な事実に、ただただ驚くことしか出来なかった。
「辛い思いをしているのはひーちゃん、君だけじゃない。能力のある奴は、大きさや何かは違ってもそのせいで一度や二度は確実に嫌な目に遭ってる。それに、あいつらが何で今そうやって言えると思う? ずっとずっと悩んで、見切りをつけることができるようになるまで悩みまくったからなんだ。なぁ、父さんと母さんに悲しまれるようなことするなよ。本当に、人の命を奪うことは相当の覚悟が要るし、後味も悪いだけだ。それに、必ず何かを無くす。辛い思いをする。それでも、やるって言うのか? 俺は、ひーちゃんはもう十分に辛い思いをしてる。だから、これ以上大変になってどうするんだよって思うんだ」
彼の顔からは笑みは消えている。ただ、悲しげな表情だけが残っていた。
「悲しい思いや辛い思い。自分から背負いに行く事は無いだろ。俺ら皆、辛い思いはして欲しくないと思ってるんだ」
「……でも、あんたに、あたしの何が分かるっていうのっ!」
洸は声を絞り出すようにして怒鳴った。
「ずっと一人だったの! 七年前から、ずっと! お父さんもお母さんもいた、あたしは幸せだったのに、急にその幸せが奪われた! それも、事故なんかじゃなくて、お父さんとお母さんは殺されたの! あたしと、そんなに歳の変わらない奴にっ……」
泣いてはいけないと思っていたのに。目からは水が零れて、服にいくつも雫の跡を残す。
「他の人だって辛いかもしれない。でも、あたしだって辛いのよ! お父さんとお母さんを殺したあいつが憎い! 幸せを奪ったあいつが憎い! 殺してやりたい! そんな気持ちっ……あんたには、分からないでしょっ!」
水が目に見える物を歪ませる。
龍巳の表情は見えない。彼の声はひたすら静かだ。
「確かにひーちゃんの気持ちは俺には分からないよ。考えても、こうかなってイメージすることならいくらでもできるけどさ、他の誰にもひーちゃんの気持ちは分からないよ。自分の気持ちが一番よく分かってるのは自分なんだから。自分以上に自分の事を知ってる奴なんか、気味悪いじゃんか」
龍巳はその静かな声で語りかけてきた。
「人は、自分のためにしか動かないよ。誰かのためにって言っても、それをやるのは自分で決めることだろ。だからそれは嘘だよ。ある意味ね。だから、ひーちゃんはひーちゃん自身のために、自分のやりたいと思う事をやればいいんだ。それが間違っているとか正しいとかは誰にも分からない。だから、自分に従って生きればいい。それで結局後悔することになったとしても、きっと何かが得られるし、無駄なことじゃないと思う。これは単に俺の考えだから、別にこれを丸ごと信じる必要も無い。ただ、聞いて欲しかった。俺も、ひーちゃんにはずっと話したかったから」
「何で……?」
「そんなの決まってるじゃないか」
彼は、そこでいつものように笑った。
「だって、仲間だもん。だろ?」
「そんなっ、そんなこと、言われたら」
泣き止むしか、無いじゃない。
洸は思わず笑った。手のひらを交互に目に当てて、涙の雫を擦り落とした。
「きっと皆ひーちゃんの口から過去を語ってほしいと思ってるだろうし、皆、自分の口からひーちゃんに過去を語りたいって思ってる。いつになるかはわかんないけど、だから、言えると思ったら、言って、聞いてあげなよ」
龍巳の言葉に、洸は素直に頷いていた。
「それじゃ、送ってくよ。本当にやりたいんだったら、止めない。けど、皆、ちゃんと迎えてあげるから、心配すんなよ」
彼はそう言うと、目を閉じた。身体が大きくなり、肌は緑色のうろこに覆われていく。
服は緑色に溶け、翼も二周りくらいぐんと大きくなった。耳がとがって頭の上のほうに移動して行く。
洸は彼の変化を、驚きに目を見開いて見つめていた。
龍巳が目をもう一度開けたときには、彼は全長六メートル位もある、大きなドラゴンになっていた。
龍巳は深緑色の光るうろこに覆われた体をしなやかに動かし、身震いした。
そして洸の体を太い尾ですくいあげ、自分の背中にそっと下ろした。
「しっかりつかまってなよ?」
「あ、うん」
龍巳の声は変わってはいなかったが、何か、不思議な響きをするようになっていた。
彼は大きく羽ばたいて、空高く飛び上がった。風を切って飛んでいく冷たい背中に、洸は腕を回した。
衝撃的な話だった。
酷く辛そうな顔をしている龍巳は、龍巳ではないようにも思われたが、何故か、それが彼の本当の顔に見えた。
陽気な彼、寂しそうで悲しそうな彼。
きっと、両方とも本物の顔なのだろう。人間の感情は、一つではないのだから。
帰ったら、できれば、皆に全てを話そう。
洸はそう思って、目を遠くへと滑らせた。
自分がどうするのか、彼女自身にもわからなくなっていた。
ただ、行かなければならない。
漠然とした思いが、彼女の体を後押していた。
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