☆17 移動
身体が震えた。
怖いのか?
自分に問いかけたが、洸は否定した。
まさか!
「……武者震いって奴」
そう言って、不敵に笑う。
とうとう、仇討ちが出来る。彼女は歩幅を大きくした。
「あれ、ひーちゃん!」
後ろから声が聞こえた。
洸のことをそう呼ぶのは一人しか居ない。
ぎくりとして飛び上がりそうになるのを、懸命に抑えた。
「た、つみ……」
「やーまじ、探したから! どしたの? つーかもう平気? 今日トレーニング来なかったし、リタもスーも心配してたよ」
のんきな竜はすたすたと近寄って、彼女に話しかけた。彼は上の服を着替えていて、それは灰色の長袖のTシャツに変わっていた。しかし、それでも隠し切れない包帯や絆創膏が所々から覗き、そのやけに清潔そうな白が痛々しかった。
そうだ。彼はあいつを追ったのだ。あの後、いったいどうなったのだろう。
「あたしは大丈夫。それより、どうだったの。あの子を追っていって」
何か、重要なことを聞けるかもしれない、と洸が期待に満ちた瞳で彼を見つめると、
「あ、うん、一応……行き止まりに追い込むことは追い込んだんだけど、そこから何にも覚えて無くて、気が付いたら道路で俺寝ててさ。そこにはもうあいつ、影も形も無かったから、どうにかこうにか組織の人と連絡とって帰ってきたんだ。だから多分、俺、負けたんだよね」
「ああ、そうなの」
何の情報も得られなかった。やはり顔は曇ってしまう。少しがっかりして、洸は答えた。「でも、怪我がなくてよかった」
「所でさ、あいつ一体、何なわけ?」
「えっ!? ああ」
龍巳に妙に真剣な目で鋭く見られ、声が途切れた。
どうしよう。何か言い訳を考えないと。
だが意外なことに、龍巳はうろたえる洸の様子をしばらく見ていると、肩をすくめて声の調子を元に戻した。
「まあ、言いたくなけりゃいいよ。そりゃ、誰だってあるよな。いいや、やっぱ」
「そ、そう」
目を外され、ほっとして洸は息をついた。
すくみあがってしまうような目だった。
普段の明るさやふざけた様子からは、連想できないような表情に洸は驚いていた。それより、龍巳といつまでもここで話しているわけにはいかない。決心が揺るがないうちに早く別れて行かなくてはと思って、まだ戸惑いながら口を開いた。
「あたし、ごめん。まだ調子よくないみたい。ふらつくから、部屋行って休むことにするね。皆には、大丈夫だって伝えといて」
「そうか。うん、お大事に。早く出て来いよ、な」
龍巳は手をひらひらと振って、横に折れている通路に入って行った。
洸は、彼の温かい言葉にずきんと痛んだ胸を押さえた。苦しい。
あたしが仇を討ちに行って、そしてあいつを殺したら、もう、皆とは一緒に居られないんだ。きっと皆には、ショックを受けた顔で見つめられるんだろう。
想像するのは簡単だった。
嘘だろう、と驚いているデリスト。呆然とした聡貴。
口を手で覆って今にも泣き出しそうなスー。怒った顔をして、目を潤ませているリタ。
そして、悲しそうにこっちを見てくる、龍巳。
「なぁ、ひーちゃん。嘘だろう?」
問いかけてくる声は現実のようで、全てが刃となって身体を切り裂かれるような思いだった。
だって、あたしは許せない。
いくら何でも、親を殺した殺人者を。
殺すことはいけないのかもしれない。
でも、我慢できない。
殺意が渦を巻く。
我慢が、できない。
洸は苦痛に耐えながら、自分の部屋に滑り込んだ。
ヒップバッグから錘を出して、両手両足の錘も外す。それらをテーブルの上にほうり、何故か浮いた額の汗を拭った。そして、洸はごくりと唾を飲みこむと腕時計のボタンを押した。
画面に
時計の画面が点滅し、身体が透明になっていくような感覚に包まれ、頭の先からぐんぐんと引っ張られる。洸の体が転送されるその瞬間、人影が部屋に飛び込んできて、洸の腕をしっかと掴んだ。
振り払う間もなく、ぐんと強く引っ張られた。
そのまま、掴んできたその人物と共にリピスニアに飛ばされてしまった。
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