☆16 アイテム入手
「
「やぁ、洸ちゃん」
彼女が呼びかけると、部屋の奥にある椅子から白衣を着た人物が立ち上がった。彼はにっこりと微笑んでいる。だがしかし、それはいつものふにゃりとした笑みでは無かった。微笑んでいる形を作っているだけで、彼の眼鏡の奥にある目には、光っていたはずの光は見えなかった。洸はコードを踏まないように注意しながら、ゆっくりと彼に近付いて行った。
「あの、手紙、見ました。……何ですか? 渡したい物って」
「ちょっとまって。ほら、これだよ」
洸は違和感があったが、それがどこだかは分からなかった。
笹舟は机の引き出しを開け閉めして何かを探した。そして彼が振り向いた時、彼の手には少しごつめの腕時計があった。それは白と水色の二色になっていて、色々なボタンが付いていた。丸い画面にはデジタルで時間が表示されている。
カッコいい。
おしゃれなデザインだ。洸はそう思った。
けれど、疑問が湧く。私にこれを渡す意味がわからない。
「腕時計……ですか?」
「そう。とても高機能なんだ。多彩な機能のついた、ね」
洸は手渡されたものを、巻いてごらんと促されるまま、訝りながらも左手首に巻きつけた。
「ここのボタンを押すと地図が出るんだ」
笹舟は洸の手を取って、右側の丸いボタンを押した。触れた手は氷のように冷たくて、洸は一瞬身体を強張らせた。
微かな駆動音がして、板状の地図が空中に現れた。
「覚えておいて。こっちを押して、このボタンで選んで拡大したい所を選ぶ。押すごとに拡大されるから。戻るときはこっち」
彼はいくつものボタンを押して実演し、洸は目を皿のようにして手順を頭に叩き込んだ。
「この地図上の所なら瞬間移動が可能になってる。地図を出したまま移動したい所を選んで、このボタンで実行する」
ひし形のボタンを指して彼は言った。
「そうだ、試しにイタリアの地図を出してごらん」
洸は笹舟のやった手順を思い出しながら、ボタンを何度か押した。
地図はめまぐるしく動いて、イタリアの地図を映し出した。すると、赤く点滅する点が地図上に現れている。そして、その点の横には文字が表示されていた。
リピスニア
「これって……」
「そう、君の目指すものの所だよ」
点滅を繰り返す赤い点を見つめていると、洸の頭の中に、あの紅い髪がよぎった。洸は右手をぐっと握り締めた。
「実を言うと、君の気持ちは分からなくもないんだよ。僕も幼い頃に親を亡くしているからね」
振り返って見ると、笹舟は傷ついたような表情で笑っていた。目には僅かに悲しげな光が宿っている。
「使いたいのなら使いなさい。使いたくないのなら使わなければいい。捨てるのも、使うのも、君の自由だよ」
彼は右手を差し出して、洸の腕にある時計を示した。
洸はボタンを押して地図を閉じた。彼女が顔を上げると、その深く青い目は、少しも迷いの無い輝きを放っていた。彼は微笑んだ。また、悲しげな光が強くなった。
「どちらにしろ、幸運を。怪我なんてしないようにね。無茶しちゃ、駄目だよ」
「……ありがとう、ございました」
洸は囁くような声でそう言うと、髪を翻して部屋を出て行った。
笹舟は途端に疲れを感じ、倒れこむように椅子に腰を下ろした。その回りを、労わる様に青一と青二が飛び交う。
「僕は何をやっているんだ? こうしなければならなかったはずなのに、これは必然の行動で、僕は何一つおかしなことをしていないのに、今やった事は全て間違っているような気がする。どうしちゃったんだろうな……」
彼はひっそりと笑った。彼は全身から力を失って気絶した。
「ありがとう、ドクター。あなたは役に立ったわ」
B・Bは笑顔でつかつかと近寄ると、目を硬く閉じて青い顔をしている笹舟の額に手を置いた。
「さあ、全て忘れなさい」
傍目には何も起こっていないようだった。しかし、彼女の声が手を伝って彼の脳内に暗示を施す。
あなたは何も見なかった何もしなかったただ眠っていたそう夢も見ないほど深く私を疑っていたことも調べていたことも何もかも覚えていはしない………
B・Bは手を放した。
笹舟の顔色は変わっていない。未だ、青ざめている。しかし表情はぽっかりと穴が開いたような、何かを無くしたかのような顔に変わっていた。
「あなたは前と同じように、私がここを出て行ったら目を覚ますわ。全てを忘れて、ね」
彼女は笑みを深くする。思い通りに事が運ぶことに、喜びを感じているようだった。
「そうだと信じていたわよ……洸。あなたは決して親を裏切らない。いいえ、裏切れない。絶対に。その為に、たとえ友を捨てる事となっても、正義感の強いあなたは彼女を追うことしか、出来ないのよ」
影のように、気配を消した。
時間が少しだけ経過した。笹舟は薄く眼を開いて、言った。
「おや、研究の途中だったはずなのに。寝不足だったのかな。覚えていないけれど」
そして、いつものしまりの無い笑顔を作った。彼の眉は八の字に下がり、瞳の色は悲しげだった。
「しかし、こんなにも悲しいのは何故だろうなぁ」
眼鏡の奥が記憶を思い出して暗くなった。
「お父さん! お母さん!」
幼い頃の、自分の声が耳に蘇る。悲痛な叫び声。
「死なないで! 死んじゃ嫌だよぉっ!」
昨日まで微笑んでいた人の顔から表情が消え、しだいに冷えていくのを小さい手の下に感じた。
笹舟は、下を向いて自分の両手を眺めた。
薬品の染みがある手を握り締める。
「……久しぶりだなぁ」
生暖かい液体が頬を伝って、染みの付いた白衣のえりに染みこんだ。
ごめん。
僕は、まだ命を延ばすことはできていないんだよ。
―――え?
いったい、何のことだ?
記憶の破片が音を立てた。
両親を亡くしたとき、僕はどこに居た?
ダイヤモンド・グローリーではない。あの頃、組織の存在なんか知らなかった……
じゃあここに来たのはいつだ?
必死に考えた。彼の中にまるで光が灯ったかのように、一つの記憶が蘇った。
――――自分の研究していたのは、人間のことだ。
そうだ。何か、人に関することだ。
一体何だ? 何故覚えていない?
必死に考えるあまり、頭を抱えて床に膝をついた。
考えろ。
考えろ考えろ考えろ―――――――
脂汗が額に浮かんだ。
ああ――――――そうだ、そうだった。
彼の中で氷付けにされていた記憶が、ふっと解けた。
「思い出した」。
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