★14 不安

 紅恋くれんは目を覚ました。

 開いた目に映ったのは、木の棒だった。

「……?」

 その棒にはなぜか見覚えがあり、しかもどうやら、うねるように細工が施されているようだ。おまけに、四角くなっている。紅恋はしばらくするとそれが邸のテーブルの足だと言う事に気がついた。それを見て彼女は自分が邸の中、広間の中央に横たわっていた事が分かった。

 何があったのだろうか。

「あたし、何で……」

 ここに居るの?

 そう、自分は細工物市に行っていたはずだ。珍しく、黒衣と一緒だったのだ。情報を求めて床に手をつき、体を起こした。すると、周りには切り裂かれたような大きな跡が縦横無尽に走っていて、一方の壁とその下の床には赤い錆色になった血が、血跡が残っている。

 紅恋は無残な様子を呆然と見つめた。それと共に記憶の扉が開かれる。洪水のように記憶は溢れ、戻って来た。まるでぶつ切りのスライドのように展開される。音は無い。

 雑貨屋さんの前にいた青い髪の女の子。

 驚いている、全く同じ顔が鮮やかに、再生される。

 帽子が吹き飛んだ。一緒に美しい青が、ぱっと広がる。

 憎しみを込めて向けられた瞳。

 あの、言葉。

 紅恋は顔をしかめ頭を抱えた。

 痛い。あの子の痛みが伝わってくる気がする。あの瞳に全てが込められていた気がする。憎しみ、悲しみ、怒り……。それであたしは走り出した。道路が飛び退る。

 邸には驚くほどすぐに着いて、飛び込んで後ろ手に扉を閉めた。

 それから、あの男の子が来たんだ。怖かった。

 あたしのせいじゃない。あれはあたしのせいじゃないのに。何で。そんな風に動揺していたから、近寄られてまた力が出てしまった。

 嫌になる。思わず、涙が目に滲む。

 そしてそれからは覚えていない……。

 しかし、この刃物で切り裂かれたかような跡から察するに、きっとまた、あの子が出てきたのだろう。

 そして……。

 紅恋は声を上げて泣き出したくなった。こらえるように口をぎゅっと結んだ。

「……だいじょうぶ」

 自分に言い聞かせるように、大きく息をついた。黒衣がもうすぐ帰ってくるだろう。それまでにここを片付けなくては。自分を奮い立たせ、片付けないと、と思いを強めるために口に出した。思い切って腕に力を込め、立ち上がる。

 すぐに霧のような白い物……彼女が浮かび出てきた。

 彼女の手にはモップと水の入っているバケツがある。

 紅恋は笑って彼女と掃除をし始めた。消えていく赤を見つめて、悲しさが波紋のように、静かに広がっていくのを感じながら。

 もう嫌。

 全てを投げ出して、早くあなたに抱きしめられたい。

 早く帰ってきて。


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