☆11 祭り騒ぎの夜
何だこの騒ぎは!
町の中心、洒落た、味のある飲食店。表に出されたテーブルに座って、洸は頭を抱え、デリストは椅子でぐったり、
三人の買い物に対して熱心なことと言ったら無かった。片っ端から物をみて、一つの店で最低一つの物を買おうとしてるみたいだ。当然、一つじゃ済まない事の方が多かった。デリストはでかい分腕が長いので荷物持ちに駆り出され、聡貴も似たようなものだ。洸の横でげっそりしているのはそのせいだろう。洸も全く興味が無い訳ではないのだが、昨日の疲れがまだ取れていない気がしてどうにも楽しめなかった。その上、三人(主に二人)の怒涛の買い物を見せ付けられれば………。思わず、嘆息する。
それもこれも、あのホテルのベッドのせいだ。行き場の無い怒りは妙な場所に行くしかなかった。今さらになって思い出したが、あのベッド、スプリングがどうかしてるのか、体の下で、でっこぼこした。起きてから身体のあちこちが痛い。そのせいだ。
採点、二十点。百点満点中。
二度目のため息を吐きながら考える。本来賑やかな雰囲気は嫌いじゃない。不平不満を並べつつ、実は少し暗い気分が晴れたのも事実だった。ああ、彼らが居なければ。いや、せめてもう少しでもいいから大人しくしていてくれれば。周りはとんでもないどんちゃん騒ぎだ。元々賑やかだったのだけれども、あの二人が、がんがん煽ったせいだ。
「ひーちゃーん。どお? たのしんでるぅ?」
「わっ、たつ……み」
ぶらっと近寄り、がたんっと乱暴にテーブルに手をつく。龍巳は洸を見据え、にたあああっと笑ってから、「ひっく」しゃっくりをした。ろれつの回らない口調でにやにや笑っては左右に体を揺する。やけに赤くなった顔をして、体からとんでもない匂いがした。
「うっ……ちょっとまさか、酒飲んだの!」
「そんなことなぁいってー」
ばたばたばたばた、と手を振る。
「ちょびーっとだけ、じゅーすをさぁ、そこのおみせのてんちょーがおごってくれてぇ」
「っばか、気付きなよ。それ、絶対果実酒とかでしょうが!」
「おい、龍巳、お前死ぬぞ!?」
「んへー? んなことなぁいってばぁー。うひぃいいっく」
「あーあ。死ぬね。アルコール中毒で」
聡貴が嬉しそうに指を差して笑っている。彼ももしかしたら、ジュースと間違えてうっかり飲酒しているのかもしれない。洸はおぼつかない足取りで近寄ってくる龍巳を避けたが、すると、彼は唐突に天を仰いだ。
「うー、はらんなかがぐらぐらするー……」
「ぐらぐら!?」
「いやー、ぐつぐつー?」
「ぐつぐつぅ!?」
一体何よ。と思っていると、彼は少し身体を折り曲げ、
「うぷっ……もう我慢できない」
と言ったとたん、火炎放射器さながらに火を上に向かって噴き出した。5mほどの火柱があがり、騒いでいた人達が一瞬ぴたりと静かになる。
「うわ、きれいねー」
リタは大きなジョッキ――彼女はそれを物凄く当然のように持っていた―をテーブルに置くと、額を抑えた。
しかし、次の瞬間わっと一気に辺りは盛り上がった。
「すげぇぞ小僧!」
「どんな種があるんだ!?」
洸は頭を抱えたくなった。
龍巳はと言えば、気を良くしたのか、アルコールのせいで炎の勢いが強くなっているのか、上機嫌でテーブルの上に立って火を吹いている。
「ぜんっぜん心配すること無かったわね」
「リタさーん、あの、お酒はいけないと思うんですけどぉ」
「大丈夫よー。あたしが始めたのは十歳ごろからだし、これくらい普通よ?」
「そんな問題じゃないだろ。酒飲むと脳細胞が通常の倍近く死ぬんだぞ」
「やぁねー。そんな見えないところ気にしてどうすんのぉ? あんた細かい事考えてたらハゲるわよー」
聡貴は青ざめばっと自分の髪の毛を掴み、リタはそれを見てけらけらと笑うと構わずさらにジョッキを煽った。
「ああ……おれはB・Bに何て言われるか気になってしょうがねぇよ」
デリストは青い顔をしている。一応チームで一番の年長と言う立場から、責任を感じているのだろう。
「しかたないでしょ、デリスト。この2人が止めたって聞かない性格だってことは、B・Bだって分かってくれると思うし」
「そうだな……」
「後始末、大変そうですね……」
スーは買い物の時は楽しそうにしていたが、さすがにこれはやりすぎだと感じているのだろう。聡貴は眉を寄せているせいで、眉間にしわが寄っている。
「頭が痛くなってきたよ」
四人は盛大にため息をついた。
しかし、リタは三杯目に取り掛かっているし、龍巳にいたっては今にも角と翼を出して飛び出しそうな勢いで、洸は慌てて止めに行った。
まったく。困ったものだ。
しかし、リタはほんのり赤く染まった顔で、はーあ、とため息をついた。
「ったくみんな頭かったいわね~。いーじゃないのお祭りなんだから」
「譲ちゃんいい飲みっぷりしてんなぁ。よっしゃ、今日は特別だ。赤字覚悟でおごってやらあ。もっと飲め!」
「やったあ! ありがとオジさーん」
どうやら店の店主のような大柄な男がリタに向かって声を掛け、彼女は大喜びでそれに応じた。
四人は更にため息をついて頭を抱えた。
「どうした? 友達のほうはぜんぜんじゃねぇか」
「あーなんか酒飲んだこと無いらしーのよねー」
「何だと!? そりゃあおかしい。こんくらいの時分には最低でも一回は酒に口を付けたことがなきゃ」
「そーよねぇ! ほらっこの機会にあんたたちも飲みなさいよ!」
「無茶言うなよ。俺ら未成年だぞ」
「あーっもう! こんなとこでマジメぶってどーすんのよおーっ?」
リタは飲む手を休めずにぎゃんぎゃんと吠えた。
「ああ……龍巳の奴…」
デリストがもういやだと言わんばかりにテーブルに突っ伏した。彼はとうとう翼を生やしてぎゅんぎゅん飛び回っていた。ちなみにそれを見た人たちは大盛り上がりである。もっとやれー、という掛け声が飛び交っている。
「あーあ」
「おめえら、一体何者だよ?」
洸たちの周りには人だかりが出来始めていた。
「おう! 明らかに普通じゃねぇもんな。おい、気を悪くすんなよ。良い意味で言ってんだからよ」
「なぁ、雑技団志望か?」
「すげーよなあいつ! 空飛んでんぜ」
「あー……まぁそんな感じ…だよな?」
困ったデリストに同意を求められ、三人(洸、スー、聡貴)はこくこくと頷いた。
「だよな! お前らにもなんか特技あんの?」
「でも、お前ら皆、見かけだけでやってけるよな。お嬢ちゃんは二人とも可愛いし、でけーのもぼーずどもも見た目いいし、チビも可愛い顔してるからよ」
余りにぶしつけな物言いに、四人(リタはけらけらと少しも気にせずに笑っている)はもちろんむっとした。しかも数え方がおかしい。みんなの中でもプライドが高い聡貴は我慢がきかず、そのひげ面の男に向かって言った。
「特技ぐらいあるよ」
「おー? チビッ子か。おめぇ何か出来んのか?」
聡貴はチビッ子と言われて明らかに不機嫌な顔をすると、チビよばわりした相手に向き直り、そいつの腕に自分の腕をぐるぐると絡ませてやった。
男は随分度肝を抜かれたようだ。
周りはそれを見て色めきたった。
「すっげー!」
「なぁ、ボーズ! おめぇもなんかできんの?」
「え、ちょっと」
あたしのこと!? 洸は自分を指差した。
帽子被ってるにしても、こんな近くで見てボーズ呼ばわりなんて、信じられない!
「できるよ」
かっとして、洸は顎をそびやかしきつい目で言った。ボーズと言った男をに向かって指をつと向けると、エアの力で取り巻き、空中に浮かせてやった。
「おおおー!」
あたりは一気に盛り上がった。
「つーか、オッサン目ぇ悪すぎ。眼鏡かけやがれ」
男と勘違いされてもしかたないような言葉遣いで、洸は自分に指を向けた。
「あたしは女だっつーの!」
「うははははは!俺らは馬鹿だったな。譲ちゃんを男に間違えるとは!」
「オイお前らもなんかやれ!」
回りは大いに盛り上がり、お前たちもかと呆れ返っているデリストやおどおどと戸惑っているスーにも声が掛けられた。
そんな中、リタはゆらりと椅子から立ち上がると、微笑みを浮かべながらばさりと髪の毛をかきあげた。
「……フッ。かつて幾多の酒場で「流離いの歌姫」と呼ばれたあたしの実力を発揮する時が来たようね!」
「りりりリタさん!?」
「リタってばちょっと暴走しすぎ!」
「まぁ本職の吟遊詩人には敵わないかもだけど~。でも、見てらっしゃい!」
広場の真ん中にリタは飛び出し、マイク代わりに傍の八百屋から失敬したキュウリを握り締めて歌い始めた。
辺りがわーっと盛り上がる。
龍己は回転飛行に急降下、さらに急上昇と曲芸飛行を続けている。
「おわあぁあ……収拾つかねぇ……」
「ま、しょーがないって。ここは楽しんどくことにしたら?」
頭をがりがりかいて苦悩するデリストを励まし、洸はもはやヤケクソで楽しむことにした。
祭りだもんね。
たまには、いっか。
彼らといると、笑ってしまう。一人では、できないことだった。
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