★10 festival

 パソコンに目をやって、黒衣こくいは気がついた。画面上で点滅するメッセージ。『新しいメールが来ています』アドレスは情報屋協会のもの。件名は「緊急情報」となっている。

 緊急配信なんて今までには無かったことだ。黒衣は眉根を寄せ、椅子の背もたれに手を掛けた。何かあったのだろうか。気になって開いてみると、そこには、場違いな喋り口調で書かれたメッセージがあった。

「今日は、初めまして。そっちは楽しい? 今日、リピスニアでは夏のお祭りがあるのよ。知っていたかしら? 重要な話があるわ。あなただけに特別にね。今夜八時、広場にある鳥の看板のレストラン、『風切羽かざきりば』で会いましょう。来る来ないはあなたの自由だけど、連れの女の子が大切なら来たほうがいいわね。

 楽しみにしているわ。

 情報屋 ベリー・ブルーバード。

 追伸.情報っていうのは、青い髪の女の子の事よ。貴方には覚えがあるはず」

 文字を目で追うにつれ、段々顔つきが変わっていくのが自分でわかる。汗で手が滑る。そのせいで木製の背もたれを強く握り締めた。読み終わって黒衣は絶句していた。なぜこいつには俺たちの居場所が分かる? 情報屋のデータに……入っている訳が無い。ここの周囲、そして町全体にまで、誰にも見つからないよう十重二十重と術を張り巡らしている。それまでの経緯にも細心の注意をしたのだ。データ関連も、全て消えるように術を……。 それを、破られたと? まさか。しかし……。思い悩むあまり、頭をかきむしる。余り上品な癖ではない上にハゲるかもしれないので意識的に控えているのだが、我慢の限界だった。

 それだけでも冷や汗が滲むのに、それから青い髪の―――……少女だと? 一瞬で予想がつく自分が嫌いだ。画像が昨日の事のように蘇って口元を押さえる。そうしていなければ、不快感がほとばしりそうだった。嘔吐となって。以前のメールのリスト、その中に居た少女。紅恋くれんに酷似した、あの。多分間違いないだろう。それ以外には考えられなかった。

 やたらと目を引いた理由を、意識が脳内で囁いた。呪がかけてあったのかもしれない。注目の呪。

 今さら調べる気にもならないが、黒衣はグレーの鼠を固く握り締めていた。これ以上強く握ったら壊れてしまう。が、今は手当たりしだいなんでも破壊してしまいたい欲求に駆られていた。

 一体この情報屋は何者だ。何故こんなにも知っているんだ。

 頭が狂いそうだった。けれど、紅恋だけは。あいつだけは危険な目に遭わせるわけにはいかない。冷静になるよう、自分に強いる。呼吸を繰り返すうちに、心が平静を取り戻す。乱れるのを止められないまでも、客観視し、ある程度手綱を引けるようになる。逃亡を重ねた結果の賜物だ。褒められたものじゃないかもしれないが、こういう生活を続ける上では必要不可欠な物だった。

 紅恋の中にあいつがいる限り、危険な目には遭わせられない。危険に晒されれば、その瞬間、あいつは自分を守るため、自動的に出てきてしまう。その時、傷つくのは紅恋だ。  

 これ以上、自分が居ながら彼女を傷つける事はできない。

「黒衣ー、早く早くー」

 明るい声に我に返ると、自分がまた考え込んでいたことに気がついた。指先でボタンを探って電源を落とす。真っ暗になった画面を倒し、部屋の扉を開けると、そこには深く帽子を被った紅恋がいた。顔を上げると、赤く上気させた頬がこっちを見つめた。

「お待たせ!」

「紅恋、サングラスは?」

「大丈夫! ちゃんと持ってるよ」

 肩から提げた鞄から、小ぶりのサングラスを取り出した。受け取って、目の色をごまかす細工が狂ってないかを確かめる。異常無しと確認して、黒衣は紅恋にそれを返した。

「そうか、じゃあ行こう」

「うん!」

 姿をごまかす幻影の術を唱え、先に立って歩き出す。後から付いてくる紅恋に、顔だけ振り返って告げる。あくまでさりげなく、勘の鋭い紅恋が気づかぬよう、いつも以上でも以下でもない柔らかな声音で。

「……ああ、悪い。今夜、急に人と会う約束ができた。夕方になったら、先に帰っていてくれるか?」

「そうなの……? うん、わかった。用事ならしょうがないよね」

 黒くほの暗い瞳が弱く微笑む。それを見てか、紅恋はおどけてスカートの裾をつまんで、踊るように回ってみせた。

「大丈夫! 黒衣と一緒にお祭り行けて、すっごく楽しいよ」

 後ろから聞こえる声は明るい。が、続ける声は一転小さくなって、でも、と控えめに、意図を伝えた。

「早く、帰ってきてね」

「………すぐ戻る。遅くなんかならない」

 考えるまでも無く唇の間から返答が滑り落ちる。

「じゃあ、約束っ」

 紅恋は黒衣の手を取り、自分と相手の小指を絡めた。

「ゆーびきーりげんまん、うそついたらはりせんぼんのーます。ゆびきった!」

 歌うように手を上下させ、言い終えると勢いよく指を外した。

「針千本だよ」

「了解」

「魚じゃないからね」

「……………はいはい」

 彼は彼女に笑い返しながら、二度と笑顔を失わせてなるものかと決意をより強固にした。二人とも、幸せそうに、けれどどこか、何かから逃れるように笑っていた。

 何かから、目を逸らすように笑っていた。


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