☆10 休息

 薄ぼんやりとした夢を見ていた。少しだけ幸せで、少しだけ不安だった。灰色の海の中で黄色がかった霧が浮いていた。その中で、腰の上まで水に浸かって、ぼんやりと眠っていた。手が差し出されたような気がした。届かなかった。嗤うみたいに、逃げていった。追いかけて、追いかけて、追いかけて、追いかけて――――

「……あー、退屈」

「そう言わないで下さいよ。トランプやってる最中に」

「だって、アンタ連戦連勝じゃない。幸運のカミサマでも背負ってんの?」

「さあ……あたし、余り強いほうでは無いですよ」

「嘘吐きだわ」

「うーん……あ、あがりです」

 ぱさ。またあー? 呆れたような諦めたような、間延びした声と共に意識が覚醒する。

「……ん」

「あ、ひかりさん、起きました? おはようございます」

 スーがにこやかに挨拶する。スーとリタ、二人が丸いテーブルに向かい合って、トランプをしていた。リタがゆらゆらテーブルに突っ伏し、手元に残ったカードを放り投げた。

「あんたには一生勝てる気がしないわ……ちくしょー」

「そんなぁ。えへへ」

「リタ、随分様子が違うじゃん」

 あん? ―――ほら、いつもと。寝そべったまま枕を胸に抱いて、それによっかかって声をかける。

「……ま、元気出す気にもなれなくってね」

 ああ、納得。寝返りを打って、天井を見上げる。なかなかに凝っている。天井には何だかよくわからない古びた模様が描いてあった。―――いや、違う。単なる雨漏りのシミだ。昨日は雨でなくてよかった。

 どうやらまだ、寝ぼけているらしい。まだ、眠いし。あくびをして、もう一度寝返り。と、思ったら布団を引っ剥がされた。リタは全く、人を起こすのに手馴れている。

「あんたねえ、今何時だと思ってるの? もう、夕方もいいとこよ」

 目を擦り擦り、洸はやけにスプリングのきいたベッドから下り、所々ごわごわ、がびがびしている絨毯の上を裸足で歩いた。よたついているのを見かねて、スーが「大丈夫ですか?」と聞いてくる。上の空で返事をすると、リタが呆れ顔で腕を組んだ。

「疲れたのはわかるけど、もうちょっと早く起きてもよかったんじゃない?」

「ああ、うん………」

 溜息を吐かれた。

 とにかくシャワーでも浴びて、目、覚ましてきなさい。言われるままにやけに重く感じつ体を引きずりながらバスルームまで歩く。

 昨日、そう言えばお風呂入ってないや。


 あの後。B・Bは携帯電話でてきぱきと組織に任務終了を報告、ナトルを連れたまま残されたメンバーの元へ移動、(そう言えば、その時洸はとても歩けるような状態でないリタを背負ったのだった)数分後にはナトルを引き取りに組織の数名がやってきて、B・Bが呆然としているメンバーを集め、今日は皆頑張ったから、二、三日ここで休みましょうと唐突に伝えた。そして何でだのどうしてだのと尋ねる気力もないメンバーたちを、組織と連携が取れていると言う古ぼけたホテルに案内し、てきぱきと手続きをし、女子と男子に一つずつ部屋の鍵を渡し、てきぱきと去っていった。

 とにかくとんでもなく疲れてしまったチームメイトたちは、疑問を抱く前にずるずるとそれぞれ部屋に篭った。部屋に着いたところで、洸の記憶は途切れている。

 でも自分はベッドに居た。

「ねえ、誰かあたしの事運んでくれたの?」

「あ、はい。疲れてたんですねえ、洸さん。部屋の入り口で倒れちゃうから驚いたんですよ。リタさんは放心状態だったし」

「ホント、面目ないわよ。この子一人であたしたち二人とも運んでくれたんだってさ」

「そんな、お互い様じゃないですか。あたし、いつも二人にはお世話になっちゃってますし」

「そっか……ありがと」

 いえいえ、とスーが微笑む。バスルームに戻ろうとして、あ、洸、とリタが呼び止めた。

「しっかり身支度しなさいよ、これから用事があるから」

「用事?」

「何でもいいから、綺麗に支度してきてね。服は除菌スプレーかけといてあげるから」

「は? あ、うん………」

 洸はバスルームに引っ込んで、一人首を傾げた。一体何だって言うんだろ。

 シャワーを浴び終わると、出入り口の脇の棚にいつもの服が畳んで置いてあった。着てみると、なんと着心地は洗い立てのようだ。さすが組織。感心しながら、洸はそれを着てバスルームから出た。

「さて、行きますか。あー、うーん。洸、髪が問題だわ。目を引くもの」

「はい?」

「そうですねぇ、じゃあロビーの所で」

「へぇ!?」

 何やら急に元気になってきた二人に引きずられ、洸はホテルのロビーに出た。その狭い、かなり狭い空間がロビーと呼べるかどうかは置いておく。洸がきょろきょろしている間にスーは売店へ行き、みやげ物として売られていた野球帽を買ってきた。みやげ物らしく国旗が正面にでかでかと描かれていて、はっきり言って、ダサい。がぽん、と帽子を被せられ、スーは満足気に頷いた。

「これでオッケーですね!」

 サイズがでかい。つばを引っ張り上げて被らなくては、目の前が見えなくなる。リタが背後から髪の毛をぐるぐる纏めあげ、いつのまにか手首に嵌めていたゴムで手際よくとめる。その上から被せた野球帽のバランスを取ると、洸の髪の毛は全く見えなくなった。

「何これ!? 前、見にくっ……」

「ごめんなさい、我慢して下さいね」

「さあて、これで準備が整ったわ。行くわよーっ」

「何で髪、隠さなきゃいけないの? ねえ、取りたいって、これ」

 洸はわけもわからず文句を言ったが、リタに目立つから取るなと微笑まれると何も言えなくなり、また二人に引きずられて、古ぼけたソファが置かれているスペースに連れて行かれた。

「お待たせー」

「おっそいなあもう。何でそう待たせんのさあ」

 元気一杯の龍巳たつみが真っ先に声をかけてくる。その隣には明らかに気が乗っていない聡貴さとき、デリスト。デリストも帽子を被って居る所を見ると、彼も「目立つ」と言う理由でリタに被ることを強要されたのだろう。目が合った。小さく苦笑、同情するような眼差し。洸も苦笑いを返した。

「ちょっとー、いい加減答えてよ」

「お祭りがあるのよ!」

「お祭り?」

「どうでもいいんだけど、そうみたいだね」

 聡貴は居心地悪そうに、少しでも座り心地を良くしようとぼろぼろのソファの上で身をよじっている。くだらないとでも言いたげにもぞもぞしながら、それでも本を開いている。

「今日、ここのオーナーが教えてくれたんだよ。安売りしたり、出店なんかも出るって。それ聞いたら、この辺が」

 と、指で龍巳、リタの二人を囲むように円を描く。

「騒いで騒いで。行くって言って聞かないんだ」

「お祭り、か………」

 正直、あまり気乗りしない。

「それならあたし、部屋に居ようかな……まだ、眠いし」

「何言ってんのさ! ひーちゃんてば、お祭りより面白い事なんかある?」

「人による。あたしにはある」

 間髪を居れない答え。だが龍巳はへこたれない。

「むぐうっ。そりゃー無いとは言わないけど、今はお祭りっしょ!」

「だから、あたしは眠いんだって」

「洸、あんたそんなに眠い眠い言って、三年寝太郎受け継ぐの?」

「うわ、嫌だ」

「なら行こ! デリストも聡貴も逃げるんじゃない! あんたたちだって一日中部屋にいたら気が滅入るでしょうがっ」

 そんなこんなで、半ば無理矢理乗り気な二人に連れられて、洸はそのお祭りとやらに行く事になった。

 あまり乗り気じゃないとは言い出せず、もやもやした気持ちのまま外に踏み出すことになった。

 どうして、そんなに気が乗らないのか、自分でもわからなかった。


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