☆5 チームメイト

 一拍置く事も無く周りの景色が変わる。

 高く高く、ひたすら上を目指して、ひかりたちは飛び続けていた。たまに、下から追い抜いて行く人、上から降りてくる人とすれ違う。忙しそうに飛んでいく人もいる中で、ほとんどの人が、すれ違う度に二人に目を向け、何かしら挨拶をしていってくれた。軽く手を振る、ウィンクをする、にっこりと笑う。それだけのことが、何故かくすぐったくて、心地がよくて、洸を何をしていても笑いたくなるような新しい感情に誘った。

 そしてまた人々が脇を掠めて通る時に鳴る、風同士がぶつかって立てる音が心地よい。鋭く鳴る、鳥の声にも聞こえる音だ。聞く度に体中の血を沸き立たせ、洸の体をもっと早くと急き立てた。体も心も、飛ぶ事に喜びを感じていた。空気の中、吹く風の中こそが自分の居るべき場所だったのだと言わんばかりに、胸が高鳴る。

(何て、いい気持ちなんだろう)

 博士の部屋で、能力の開放をして感じたのが〝静〟の開放だとすれば、これは〝動〟の開放だ。あの時は、体の中の力が脈々と息づいているのを感じた。今、この空中では、力が体から外へと出たがっている。興奮に体がはちきれそうだ。

 薄く纏った光が、当たる風の衝撃をやわらげてくれているおかげで、洸は顔に当たる風の感触を楽しむことができた。スピードはかなり出している。洸は龍巳たつみとエアフィアのアドバイスの元、確実に飛行のこつを掴み始めていた。

「なあ!」

 龍巳の声に、意識が引き戻される。頬を撫で、服をはためかせる風の感触が喜びを感じさせる。龍己も、心地よさげに風を切っていた。

「もう病みつきっしょー? この感じ! もー、一度味わったらやめられないって」

 龍己はもろに顔に吹き付ける風に髪を遊ばせ、眼を輝かせていた。元気のいい声と高揚した気分につられて、洸も頷き返していた。

「うん、すっごく気持ちいい!」

 答えに満足したのか、龍巳は満面の笑みを浮かべ歯を見せる。

「よーし、そんじゃ見てろよ。すっげーの見せてやっから」

「は?」

 おらっと掛け声をかけて、龍巳は翼をたわませる。緊張した翼が震えて、それから龍己の体を弾丸のようにはじき出した。

 速い!

 目を丸くしている洸の前で、龍巳は風に乗ってスピードを上げる。

「た、ちょっ、待って! 分かってんの! 前!」

 上から見たのでは白い線としか見えなかったが、この位置から見れば四角ばっている通路だとよくわかる。分かっていないはずはないのに、龍巳はスピードを緩めず、一直線に通路に突っ込んでいく。警報のようなアラームが鳴り出す。通路の先に取り付けられた青い光が目を射る。

「おらおらおら―――っ! どいてろよおお!」

 堪えきれない笑みを顔に表し叫びながら、龍巳はぶつかる直前、上半身を持ち上げひねった。

「たつみん流! トルネード・キーック!」

 爆音が辺り一面に鳴り響いた。白い破片が――破片といえども、洸の頭くらいはある――煙の中から降り注いでくる。洸はあっけに取られた表情で、慌ててぶつかりそうになった破片を避ける。あんぐりと開いた口が塞がらない。

「いえー! すっきりした!」

 龍巳は意気揚々と戻ってきた。埃のような白い粉を、小麦粉の袋をひっくり返したみたいに全身に被っている。得意げに粉を叩き落としながら、彼は洸の様子を窺った。

「どう? どうだった? なぁ? ばっちり木っ端微塵、いってた? いやあなかなか満足のいく蹴り応えだったんだけどさー」

 放心していた洸が、龍巳の胸倉を掴んだ。

「ばか! 何やってるの!」

「え、いやちょっとこの距離はマズいんじゃないかな。なに? 俺が分かってないだけで、ロマンチックなの? この状況」

「ふざけないでよ! あんたね! 今あの中には人が……」

「あ、居ないから」

「……はあ!?」

 怒声と疑問の入り混じった声をあげて、洸は龍巳の胸倉を更に引き寄せた。

「せ! 説明しなさいよ! あたしすごくびっくりしたんだから!」

「うぐぐ……あれ、説明しないっけ?」

「断言するけど。一ミリも説明してない!」

 龍巳は笑いながら説明した。

「テストだよ」

「テストぉ?」

「そうそう、訓練訓練。対犯罪者チームに所属するためには、なんちゅーの、『一定の能力が求められる』ってわけだ。俺は飛行系の能力持ってるからー、今のは、飛んでる中で、きっちり狙いを定めて、そんで硬い物、強度のあるもので、大きい物を壊せるか、っていうテストだよ。狙ってる対象がゆっくりだけど動いてるからね、意外に、うまく力を集中させないとできないんだよ。あれ」

「じゃあ、あの中に人は……」

「ゼロ。だぁれもおりませーん」

 安心しなよと言われて気が抜けて、洸は龍巳のTシャツを離した。かなりの力で掴まれていたので、しわくちゃになってしまっている。龍巳は、あーあー伸びちゃったとシャツをはたいて伸ばした。

「ほら、先っぽのライトがさ、本物が赤。練習用が青、ってわけてあんの。おまけに本物はとりあえず今、ここでできるかぎりいっちばん硬くできてるから、俺が蹴ったくらいじゃびくともしないよ。あと、練習用は壊れても、砕けたら強度が落ちるようにできてるから、破片ならぶつかっても平気。さすがにふつーの人だとけがするかもしんないけど、それもそんな酷くはならないだろうし」

 洸は思い出してみる。龍己が狙った通路の先についていたライトは、確かに青だ。自分の目にも、しっかりと青い光が焼き付いている。

「そ、っか」

「うん。そゆこと」

「じゃあ、龍己が前もって説明しといてくれたなら……あたしはあんなに、慌てる必要もなかったわけね」

「え? ……ラブシーン再び?」

 胸一杯に息を吸い込む。

「余分に人の肝を冷やさせるんじゃない! このまぬけーっ!」

 辺りの空気を振るわせるくらいの大声で、洸は龍巳に向かって叫んだ。


 *


「………それで、目的地まではあとどれくらい?」

 ふうと洸は息を吐く。大声を出したせいで、喉が痛い。

 龍己はしゅんとして耳を押さえていた。

 通る人の邪魔にならないよう、二人は壁際に寄っていた。

「ねえ、龍己ってば。あとどのくらいかかるの?」

「えええっと星村ほしむら、サン? んあ、違う。ひーちゃんか。あれっ? いつのまに着替えたんだっけ。どうして飛んでんの? すげぇ、風系の能力者だった?」

「大丈夫? あたしもう一回叫ぼうか?」

 洸のセリフを聞いて、龍巳は即座に思い出した! と声を上げた。洸の声は思った以上に龍巳にダメージを与えたようだった。やりすぎたか、しかしひょっとしたらこれは何らかの武器になるんじゃないかと洸が考え始めたとき、龍巳の頭の中は無事にまとまったようだった。

「ああ危ねええええええ…………何だかふわふわの雲の上で、金ぴかの神々しい光が差してて、何だか綺麗な神様に笑顔で『ようこそ』とか言われた…………」

「三途の川ってパターンじゃなかったんだ」

 おっそろしかった、寿命がここで尽きたのかと思った。そう言って龍巳は薄ら寒そうに震えていた。

「なぁ、ひーちゃん。もう叫ばないでね? おれ、これからちゃんと説明するからさ。俺がかなりマズいことをしでかさない限り、もうこれ以外手段がないって時以外はやって欲しくない」

「そりゃ、そんなにダメージ与えると思ってなかったから。わかったよ、やらない。……まあそれで、もう一回聞くけど。目的地はあとどのくらい?」

 問い直した洸に、龍己が距離を測るように見上げて答えた。

「えーと、もうすぐだよ。あと何分もかからない」

「そ、じゃあ。もうひと頑張りだね」

「そんじゃ行きますかね」

 龍己は翼を振るう。

 後を追って洸も飛んだ。龍巳の言ったとおり五分も経たないうちに、二人は目的地に着くことができた。

 スピードを絞り、龍巳は緩やかな動作で翼を止めた。

 それを見ながら、洸も力を絞り止まろうとしたが、まだ調節が上手くできず、前転をするように一回転してしまった。

「わ! っと」

「だいじょぶ?」

「うん、平気」

 龍巳は握った拳の背でガラスを叩いた。自分に何かを気付かせるための動作だと思い当たると、止まるのに必死で気付かなかったが、龍己が叩いていたのは入った時と同じようなガラス扉だった。

 透き通った扉の向こう側は廊下になっており、小さなプレートの張られた、丸みのあるデザインのドアが幾つも並んでいた。プレートを左から順に目で追うと、『第194チーム室』『第193チーム室』『第192チーム室』となっていて、ずっとそれが続いている。

「ここ。チームルームの階なんだ」

 龍巳が叩いた扉の横にある差込口に、また金色のカードを通す。扉が開き、二人が廊下に降り立つと、ひとりでに閉まった。その階は、廊下からして今までの場所と違っていた。賑やかの一言に尽きる。壁には何やらポスターが貼ってあったり、人の声が聞こえて、空気にさえも元気が漲っているようだ。人の通りも多く、一人だったり二人だったり、それこそ四、五人のグループで連れ立っていたりと、何人もの人たちが行きかっている。

 龍巳が先に立って歩き、洸はその後を、興味を隠せず見回しながらついて行く。壁は、温かみのあるクリーム色で塗られていた。パステルカラーが基調になっているようで、壁には奇妙な、それでいて愛嬌のある模様が描いてあった。

 二人の少年が、会話をしながら横を通る。片方の少年は緑色の肌をしていて、もう片方の少年は、瞳の色が黄色だった。

「なぁ、今週外に出るだろ」

「えー、この前行ったばかりじゃんか。コンタクトしなくちゃいけないんだから、めんどくさいよ」

「そんなこと言ったって、俺だって粉、はたくんだぞ。いいじゃんか、新しいゲームが出るってうわさだし」

「だってあれ気持ち悪いんだよ。上手く目が使えなくなるんだ。せっかくの能力がつかえなくて、どうしろって言うのさ」

「俺だってそうだよ。いくら特別製だからっても、息苦しくって。あーあー、はやくもっといいの作ってくれねぇかなあ」

 耳を自然とそばだててしまう。彼らの喋り方だとただの世間話にも聞こえてしまうのだが、どう考えても、普通の場所では聞けない話だった。

 龍巳はそんな会話には慣れっこなようで、目もくれず歩いて行く。どこまで行くんだろうと思っていると、一番端のドアの前でぴたりと足を止めた。

 ドアのプレートには、『第199チーム室』と書かれている。

「さあ、ここが俺らのチーム室だ!」

 ばーんっと龍巳が腕を広げる。洸は体が硬くなるのを感じた。緊張した面持ちで、龍巳の横に並ぶ。

「ねえ、あのさ、一体どんな人が居るの?」

「それは会ってからのお楽しみ。そんじゃ、ごたいめ~ん!」

 龍己は洸がためらう間もなく、勢いよくドアを横に引っ張って、部屋の中に一歩足を踏み出した。

 ぐべちょ。

「っ!?」

 龍己の顔面のまん真ん中に、ねばねばぐちゅぐちゅした、不気味な緑色の物体が命中した。半透明なのが不気味さをさらに際立たせて、触れようとは髪の毛一筋ほども思えない。

 単純な仕掛けだった。ドアの前、入ってすぐ下の所にある塵取りを踏むと、繋がっているほうきの上に乗せられていたその緑色の物体が吹っ飛ぶという、ちょっと考えればすぐに思いつくようないたずらだ。

「あらら……見事にひっかかっちゃいましたね」

「ははっ、龍巳ってば単純よねー」

「そんなのにひっかかるなよ」

 部屋の中から、声が聞こえる。最初の二つは少女のもので、最後の呆れた高い声は、少年の物のようだ。

 龍己はぐちょぐちょが顔にぶつかった時から、ショックで硬直状態に陥っていたが、声を聞いて復活して、ゲル状の物体を顔からひっぱがした。緑色の物はべろろんと伸びて剥がれたのだが、意外としぶとく、剥がれる時に龍巳の顔の皮膚まで伸びたので、洸は飛び上がりかけた。

「何すんだよお前ら! そんなことするとひーちゃんに合わせてやんねぇぞ!」

 龍己は怒ったように言ったが、目が笑っている。洸は見逃さなかった。

「え! やっと来たの新入りっ!」

 好奇心がいっぱいの元気な声と合わせて龍己を頭から押し潰し、一人の少女がその上から勢いよく顔を覗かせた。赤銅色の髪の毛が、活発そうな笑顔の横で揺れる。

「あ! えっと、あなた? そんな所に居ないで、早く入りなさいよ」

 少女は龍巳を潰したまま、洸に向かって手招きした。

 龍巳は少女に潰されたまま、ぽつんと悲しげに呟いた。

「俺ってばいっつも虐げられてる……これはあれだな? 悲劇の男として生まれついてしまった運命なんだ」

「喜劇の男の間違いじゃないの」

 洸に鋭く突っ込まれて、龍巳はさらにへこんだようだった。

「はは! あなた、センスいいわね」

 少女は明るく笑い声を立てた。肩につくかつかないかの位置で、ふわふわと揺れている巻き毛がとても似合っていた。ぴったりと体に沿うデザインの丈の短いワンピースを着て、ウエストには、太いベルトを締めていた。ベルトには、左右に箱のような形をした小さなバッグが下がっている。淡い桃色のワンピースの下から膝丈のスパッツが見えていた。

「私、リタよ。フルネームは、リタ・アローズ」

 洸を部屋に招き入れ、少女は名乗った。

 手が伸ばされ、洸はまだ少し緊張していたが、喜んでその手を取った。

「あ、えっと、あたしは星村 洸。洸って言うの。よろしく、リタ」

「よろしく、洸」

 暖かい手の平に触れ、少し緊張が和らいだ。

「リタさんってば、ずるいですよ。あたしにも挨拶させて下さい」

 そう言ったのは、金茶色の髪の毛をした子だった。長い髪をポニーテールにして、背中に何やら大きな楽器を背負っている。見た感じは、琵琶の西洋版といったような物だ。

 袖口が広くなっているクリーム色の長袖のシャツに、細かな刺繍の施されたゆったりしたズボンを身に着けている。民族衣装に近い、RPGの登場人物を思わせるデザインだ。

「こんにちは。洸さん、あたし、スーザン・ティアマトです。スーって呼んで下さいね」

「うん、よろしく、スー」

 部屋には和やかな空気が広がっていた。壁際にホワイトボードが置かれ、壁には表が張り出されている。二段になっているロッカーは、各々好きなように飾り付けているようだった。部屋を見回していると、何だかちくちくと刺さるような不快な感覚が這い寄ってきた。

「ひーちゃん? スーとリタとはずいぶんと仲良さそーだねぇ」

 龍己は何とかへこみ状態からは脱出し、恨みがましそうな顔をしながら、不平を言った。

「俺はクラスメイトだっていうのに、絡みにくそうにするしさ」

「だ、だって、今まで話したこともなかったし」

 二人の話が喧嘩に流れる前に、リタが割り込んで仲裁する。

「あら、二人だって普通に話してるじゃない」

「リタに聞いてないよ」

「龍己さん、落ち着いて下さいよ。クッキー食べます?」

「ほら、スーもこう言ってるじゃない」

「う~、食べる」

 差し出された丸いクッキーに手を伸ばし、龍己は動物のように齧っていた。

「洸、思ったより早かったわね。あなたは全く自分の力に気付いていなかったから、もっと時間が掛かると思っていたわ」

「B・B……さん」

「さんはいらないわ」

 壁際の椅子に座っていたB・Bは笑う。さて、と彼女は立ち上がった。

「それじゃ、みんな席について。自己紹介をきちんとしましょう」

「あ、そうよね。まだ名前しか言ってないもの」

「龍己さん、早く席について下さい」

「へいへい。どーせ俺はヤラレ役ですよ、いじめられっ子ですよ、下っ端ですよ。『イー』って言ってればいいんですよ」

「スー、はっきり言ってやんなさいよ。邪魔だって」

 龍己を席に追いやり、皆が思い思いに席に着いたところで、B・Bが洸を手で示した。

「じゃあ皆、よく聞いて。この子がさっき言った新しいチームメイトよ」

 洸は促されて、慌ててスツールから降りた。

「えっと、星村 洸です。歳は十三で、えーっと……」

 何を言えばいいんだろう?

 洸は助けを求めるようにB・Bを見た。彼女はきれいなウインクを返してきた。

 意図が見えない。

「あ、その、能力は、星使いです」

 洸はやっとの事でそう言い終えた。

 ほっと胸を撫で下ろしてまた椅子に腰掛けると、よろしくー、とリタとスーが洸に向かって拍手をしてくれた。

「じゃあ次は、このチームのまとめ役」

 B・Bの声に、リタが軽やかに立ち上がった。

「リタ・アローズよ。歳は十四歳。能力は、超能力サイコキネシスよ」

「え! サイコキネシス……って、エスパーってこと?」

 漫画や映画の知識しかなくて、なんとなく肩身が狭い思いをしながら洸が聞くと、リタは頷いた。

「まぁ、そういうこと。能力の中では有名だけど、つまりそれは使える人間が多いって訳で、あまり珍しくはないわ。主に、物を曲げたりとか飛ばしたりとかができる。ちょっと見てて」

 そう言うと、リタは自分の椅子を見つめた。表情が打って変わって真剣なものになって、洸は身を強張らせた。リタがおもむろに椅子に向かって両手を突き出すと、椅子は僅かに光を発した。

「うわあ!」

 洸は驚きに声を漏らした。空中に浮き上がった椅子が移動して、リタの指先で浮いている。椅子を下ろしながら、驚いてもらえたのは久々ね、とリタは言った。

「ここじゃ、これくらい普通のことだもの。みーんな驚いちゃくれないわ」

「じゃあ、次は私、いいですか?」

 おずおずと、スーが了解を求めるようにB・Bを見ながら立ち上がる。

「ええ、どうぞ。彼女はかなりの力を持った歌い手なのよ」

「スーザン・ティアマトです。歳は十、二……じゃなくて、えと、十三です。ついこの前が、誕生日だったので……。能力は、皆に比べれば未熟なんですけど、一応、吟遊詩人ぎんゆうしじんをやっています」

「全く、そんなに謙遜しないの! スーはすごいわよ」

「そんな……私なんか、まだまだですよ」

 スーは、照れたように顔を赤らめ、はにかんだ。白い頬にえくぼができて、それが好感を持たせた。

「吟遊詩人? って」

「はい。物語にも出てきますよね。楽器を奏でて歌を歌い、その音色を使って様々な力を引き出します。音楽の魔法、と言いますか……」

「へぇー」

「じゃあ次は聡貴さときね。チームの中で最年少のメンバーよ」

 B・Bの手の示した先には、龍巳の隣の椅子に座った少年がいた。手には文庫本を開いている。濡れているような黒い髪。それに随分と小柄な体つきだ。上着代わりにチェックのシャツを羽織っていて、カーキ色のハーフパンツを穿いている。目は吊り上っていて、彼が顔を上げると、瞳が光を反射して鋭く光った。少年は鋭い雰囲気に似合わず気が進まないようで、目を伏せると本の方に戻した。

「……いいよ、僕はいい」

 開いた口から出た声は、まだ明らかに声変わりをしていない。

「飛ばしちゃってよ、B・B。適当にやってくれればいいから」

「おお! そんじゃ俺が紹介してやるよ!」

 龍巳は勢いよく立ち上がった。少年の顔が引きつり、拒否の言葉を口にしようとした時点で、もう、龍巳は肩をがっちりと掴み喋り出していた。

「はい、注目!こいつの名前は三隅みすみ 聡貴さときっついます。持ってんのは蛇の力!」

「龍己、いいって言ってる……」

「恥ずかしがるな! そんなことじゃ、一人前の芸人にゃあなれねぇぞ!」

「は? 僕は、そんなのになるなんて言った覚えは無いぞ!」

 龍巳は怒鳴る聡貴を慣れた調子でスムーズに無視し、説明を続けた。

「えー、聡貴の力は、俺らの中で唯一自分の体のみを使いまーす」

 聡貴は龍巳に紹介されるのが堪えられない、とでも言うように身をよじっていたが、龍己は楽しそうに生き生きとした表情で、絶対に離すものかと聡貴の肩を掴んでいた。

「さっちゃんは牙があってえ、もち! 毒あり」

「さっちゃん!?」

「気にすんな☆」

「うわぁ星つけるなぁ!」

 二人は漫才まがいの行為を繰り広げていたが、洸は少々聡貴が可哀想に思えてきた。それほど彼は必死の抵抗をしていたのだ。リタもそんな様子を見かねたのか、苦笑しながら声を掛けた。

「はいはい、漫才はもういいでしょ。次々」

「ええ~」

 龍己が物凄く嫌そうに渋っているその隙に、聡貴は彼の腕から逃げ出した。龍巳は決して腕を緩めてはいないのに、だ。洸には、一瞬妙に聡貴の体が歪んだように見えた。

「えっ!?」

「ああくそっ、酷い目に遭った。覚えとけよ龍己!」

 聡貴は鋭い牙を剥き出して、龍巳を睨みつけた。龍巳は懲りずに手を振っているばかりだ。

「無理ー。たつみんはあんまり頭良くないんでー」

「……ッ!」

「あ、あの、聡貴?」

「……ああ」

 彼は今にも堪忍袋の緒が切れそうな顔をしていたが、洸が呼びかけると、こちらを見上げて呟いた。表情にはもうすでに冷静さを取り戻している。洸の身長は女子の平均くらいなのだが、聡貴は洸より頭一つは背が低かった。

「僕は三隅聡貴。十一。この中で一番下。半蛇半人。さっき馬鹿竜の言ったとおりに、蛇の力を持ってる。人より関節の数が多くて、意図的に簡単に外すことができるから、さっきみたいに抜け出す事ができるんだ。ついでに牙に毒があるって言うのも本当。自分の意思で毒の強さも加減できる」

 そう言うと、彼は口を大きく開けて見せた。白くて尖った牙が光って、蛇というより吸血鬼みたいだと洸は思った。

「うわ、すっご」

「ちーなーみーに~」

 龍己は懲りずに近寄ってきて、さっと手元から何かを取り出した。それは、ごく普通の卵だった。

「え?」

 洸は不可解に眉を寄せる。龍巳が卵を出した瞬間に、聡貴の目の色が変わっていたことには気づかなかった。

「ほいっ」

 掛け声と共に、龍巳が聡貴目掛けて卵を投げると、聡貴の瞳孔はさっと細くなり、猫のような――蛇のような目になった。しゃあっと鋭い声を出して、彼は素早く卵に飛び掛った。卵を丸ごと口の中に収め、聡貴の細い喉が、ぐっと太くなって卵を飲み下すのを、洸は口を開けて目にしていた。

「……あ」

 聡貴はすぐに理性を取り戻し、自分が今何をしたか分かると、顔を赤くした。

 龍己が輝かんばかりの笑顔で説明をする。

「さっちゃんの大好物は卵。こんな風に我を忘れちゃうほどの大好物でーす」

「……たーつーみ!」

 聡貴は握り締めた拳を震わせると、龍己に飛び掛って、彼に防御をする暇も与えずに首筋に噛み付いた。

「あぎゃー!」

「ふんっ!」

 リタが慌てて止めに入るが、時すでに遅し。龍巳は床の上をのた打ち回っていた。

「死~ぬうう~っ!」

「ちょ、ちょっと聡貴! いくらなんでもやりすぎじゃ」

「大丈夫だよ。ぎりぎりまで弱くしてあるからしばらく動けないだけだし……それに」

 聡貴は、ひくひくと動いている龍己に向かって、まだまだやり足りない、と言った表情で顎をしゃくって見せた。

「リタだって、あいつにはゴキブリ並みに生命力があるのを知ってるだろ」

「確かに、まぁそうね。否定できないわね」

「あの、いいんですか? 私、回復の歌、歌ったほうが……」

 納得してしまったリタと今にも死にそうにうごめく龍巳との間を、おろおろと楽器を抱えて視線を彷徨わすスーの肩を、リタが叩く。

「大丈夫よ、スー。あいつに使ってちゃ、あんたの力がもったいないわ」

「ゴキブリ並み、って」

 そうなのだろうか? 確かに神経は図太そうだが、それが体にまで影響しているということなのか。さすがの洸も目の前の出来事には焦っていたのだが、B・Bもよくあることのようで全く気にせず、次の人物を紹介しようとしていた。

「じゃあ、次は……あら?」

 B・Bは椅子から立ち上がると、まだひくひくしている龍巳を置いてある掃除機を跨ぐように跨いで、部屋の隅に居る人間に近寄って行った。

 洸は初めてそこに人間がいることに気づいた。今まで気づかなかったのだが、見ると履き古したスニーカーと色褪せたジーンズが突き出している。ジーンズには、大きさも色も様々のワッペンが張ってあった。

 一人の人間が部屋の隅で壁に背を預け、これだけ騒いでいるのにもかかわらず、いびきをかいて眠っていた。体格から見て、男性のようである。ジーンズの嘘みたいな長さを見ると、かなりの長身らしい。青いパーカーを着ている。それだけは下したての新品で、何だか変な感じだ。パーカーの前についたポケットに両手を突っ込んでいる彼は、あまり外見に頓着のない性格らしい。

 B・Bは軽くため息をつき、フードを被った頭をぺんと叩いた。

「起きなさい。デリスト」

「……ん?」

 青年、いや、まだ少年というべきだろうか。彼が頭を上げるとフードが落ちて、現れた眠そうな目がぼんやりとB・Bを仰いだ。

「あぁ? ここ、どこだ?」

 いつの間にか寄って来たリタが、B・Bよりはるかに強く少年の頭をひっぱたいた。ほれぼれするようないい音がして、少年は痛みに頭を押さえる。

「っつ、いってぇ」

「なぁに寝ぼけてんのよ! 全く、新しいメンバーが来るからって待たされてたの、忘れたの?」

 リタは仁王立ちで大柄な少年の前に立ち、厳しく叱りつけた。

「ああ。そうか、そうだったそうだった」

 少年は思い出したと、目を覚ますためか頭を振った。

「やぁねまったく。まるでクマみたいよ。年がら年中ぐーすか寝てて!」

「そう怒るなよ」

 まだ眠そうに目を擦る少年に、リタはさっさと立てと肩を叩いた。傍から見ていると、大きさは真逆だが親子のようだ。

「ほら、自己紹介、自己紹介」

「はいはい……あ、君が新入りか。もしかすると、水系?」

 少年は洸に目をとめた。青い目と髪を見て、そう判断したらしい。短くされた髪の毛は水色で、瞳は白に近い、氷のような青だ。両方とも、染めたものでないことは考えるまでもない。

 洸は左右に首を振った。

「あ、違います。星使いなんです」

「そーか、残念」

 そう言うと、少年は膝に手を当てて立ち上がったが、洸は彼の顔を見るために、首を逸らさならなかった。ズボンの丈が短いのか、くるぶしが覗く。

 それほどに、彼の身長は高かった。

 ジーンズの埃を落とすと、彼は自己紹介を始めた。

「俺はデリスト。デリスト・リタルダンド。年は十六。よく老けてるって言われるけど。ここの中で一番年上だな。能力は水系、氷より。得意なのは物を凍らせることと、氷を呼び出すこと……と、そんな感じだな。よろしく」

「よろしくお願いします」

 洸は頭を下げた。デリストは洸に笑いながら手を振った。

「ああ、いい、いい。呼び捨てにしてくれ」

「あ、うん。じゃあスーもいいよ。敬語」

「私は敬語じゃないとなんだか落ち着かなくて。気にしないでください」

「そうなの?」

「……おーいそこのおにーさーん」

 スーが洸に返事を返すと、下のほうから声が聞こえてきた。龍己はまだしびれたままで動けないのか、丸太のように床に転がっている。

「助けてよー」

「悪いけどな、俺には何にも出来ないよ。治せるのはスーの回復魔法だけだ」

 デリストは広い肩をすくめた。すると龍巳は床に寝転がったまま文句を垂れ始めた。

「何だよーケチー」

「ガキの戯言なんざ聞こえないね」

「けーちーけーちーふけ顔―」

「何とでも言え」

 デリストは余裕たっぷりで聞いていたが、龍巳の次に発した言葉で、笑顔に罅が入った。

「でかぶつーのっぽーウドの大木ー」

 空気の凍りつく音が聞こえた。気まずい雰囲気が漂う。

「……お前、氷付けにして北極海に捨てるぞ」

 俺が『氷使い』だってことはお前だって知ってるだろ。

 そう続けるデリストの声は、恐ろしいほど低くなっていた。

「うわぁ……」

 温和だった彼の変わりように驚いた洸の側に、スーが近寄ってきた。

 彼女はひそひそと声を潜めて囁いた。

「洸さん、デリストさんにあの言葉は禁句なんです。気にしてるんですよ」

 確かに、デリストは十六歳にしては非常に背が高かい。見た目の印象で言えば、二メートル近い。百九十は確実にあるだろう。

「でも、さ……こういう所だったら、大きい人ってそう珍しく無いんじゃ……いっぱい居るんじゃないの?」

「実はですねえ、それには海より深い理由があるんです」

 何故か、大変嬉しそうにスーが耳打ちしてくれた。

「あのですね、過去、デリストさんには好きな人が居たんです。その人はとっても小さい人で、昔のデリストさんの腰ぐらいまでしか背がありませんでした」

 自分は長い手足を持て余しがちなのに対して、相手は小さいながらとても活発で、いつもちょこまかと動き回っていた。うっとりと目を輝かせながら、スーは夢中になってロマンスを洸に語り聞かせた。

「その溌溂とした姿にデリストさんは目を奪われ、次第にそんな自分の気持ちに気づいていきました。それで、ある日彼は告白したんです! その人に!」

「ふ、ふうん……」

「しかし残念ながら、彼を待っていたのはそっけない返事でした。その、振られた台詞が何だと思います?」

「いや、わかんないけど……」

「『あたし、電柱みたいに大きい人なんて嫌だわ』……ですって」

 それはキツイ。

 恋愛の方面には疎い洸でも、それぐらいは分かる。

 好きな人に『電柱』呼ばわりされたとあっては、トラウマにもなるだろう。

「でも、ねぇ、別に背が高いのって、そんなに、気にすることじゃ無いんじゃない?」

 ここからでも、彼の耳が動いたのが見て取れた。

 洸の言葉に反応したデリストは、協力者を見つけた目で瞬間移動したかの如くすばやく洸の傍に来た。

「そう思うか!?」

「え、あ、まぁ……バスケとか、背が高い方が有利なスポーツもあるし……」

 ほらみろ! と彼は龍巳に向かって得意げな顔をして見せた。

「へーぇ、でもデリストバスケできたっけぇ?」

「…………教われば、できるさ。たぶん」

「えー今なんて言ったの? んー?」

「…………練習すれば」

「あれー? デリストってー、俺たちの中じゃー、いっちばん足遅くないっけー?」

 やーいやーい、と龍巳が鬼の首を取ったかのような喜びようで床の上からはやし立てる。

「……っこのノータリン!」

「うわ! 言ったなこんにゃろう!」

「何度でも言ってやるよ! このノータリン、ノータリン、ノータリン!」

「うわー、むかつく! やーいノッポノッポ! 電柱!」

 二人は本気で低レベルな言い争いを始めてしまったので、洸はすみやかにその場を離れ、リタたちの傍に避難することにした。

「どう? 感想は」

 リタが軽く首を傾げて聞いてくる。洸は答えるのに相当の苦労をして言葉を選ばなければならなかった。

「えーっと、その、皆、個性的だよね」

「そりゃーそうよ。みんな、何かしら変な能力持ってるんだもの。多少変わってるのが当たり前よ」

「でも、とにかくみなさん優しい人ばかりですし、楽しいことは楽しいですよ」

 スーが慌ててフォローする。楽しいと言えば楽しいのだろうが、しかし、その前に気疲れしてしまうのではないかと洸はこっそりため息をついた。

 そこにB・Bが声を掛けた。

「さあ、これで自己紹介も終わったわね」

「ええええええっ! B・B! 俺は? 俺は!?」

 龍己は未だに寝転がったままで、デリストの大きな足で踏みつけられていた。彼はB・Bまで薄情な、と叫ぶように彼女の言葉を遮った。

 B・Bは龍巳に目をやったが、セリフはにべもない。

「あなたは洸と一緒に行動していたし、元々同じ学校だったでしょう。十分よく知られていると思うけれど」

「うっ。でもほらいちおーっ」

「仕方ないわね」

 B・Bは言い募る龍巳に苦笑して、ようやく痺れの切れてきた龍己はよっしゃと立ち上がった。

「俺の名前は羽良龍己。お茶目な十三歳! もうすぐ十四歳! 能力は竜の血を引いてまっす! よろしく!」

 びしっとポーズを決めてみたが、当然のごとく誰も見ていなかった。

「やっぱり俺って悲劇のオトコ……」

 彼はそう言うと部屋の隅の方へ行き、一人いじけ始めた。体育座りで『の』の字書いている。

 龍巳から発せられる暗いオーラを、リタはやだやだとぱたぱたと払った。

 洸はつい笑いがこみ上げてきて、くすくすと笑いを零した。さっきまで、思いつめていたのが何だか馬鹿らしかったのだ。

 もう少し気楽でも、いいのかもしれない。素直にそう思えたのだった。

「さてと、これで全員ね」

 B・Bは全員の顔を見渡した。

 羽良龍己

 リタ・アローズ

 デリスト・リタルダンド

 スーザン・ティアマト

 三隅聡貴

 そして、星村洸。

 新しいチームの誕生だった。

「皆、仲良くしなさいよ」

 B・Bは微笑んだ。

 洸は笑顔の皆に囲まれて、やはり嬉しそうに笑った。


 思ったよりもずっと、楽しくなりそうだった。


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