8 襲撃


「少しいいだろうか?」


 次の日、御者席で馬車を走らせているとリットさんが声をかけてきた。

 チノちゃんはどうか知らないが、他の面子は朝方まで仕事していたらしくみんな馬車の中で眠っている。


「その……昨夜はありがとう。君たちの商売内容までは把握してなかったもので、あれだ。その、動揺してしまってな」

「いえ、まあわかりますよ。オレも当初は似たようなものでした」

「そうなのか? てっきり慣れたものかと」

「いや、まあ慣れてはきましたが、まだ達観はできませんね」


 まあ、からかわれてはいるが。

 主にメイに。


「オレ達が知り合ったのはこっちに来て──っと、割りと最近なんですよ」

「そうなのか? てっきり、同じ村から来た友人なのかと思ったが」

「知り合って一月程度ですよ。まあ、妙に馬が合うというか、しっくりくる仲間ですが」

「では、あの商売は?」

「……発案はミソギさんです。メイもサクラさんも賛同──というかノリノリでした。反対したのはオレだけです」

「反対だったのか?」

「ええまあ。さすがに知り合った女子がああいった商売をするとなると、複雑な気分ですし。かといってオレはできませんし。そうなると受付というか、そんなものしかできないですから。一応、買い出しとか見張りとか、その他雑用はオレがメインで引き受けてますけど」

「ふむ。しかし君は──」

「マドカさん、そこの道を左へ」


 リットさんが何か言いかけたところで、ミソギさんが寝ぼけ眼で口を挟んで来た。


「いつものですか?」

「はい……ふぁ」


 小さく欠伸をするミソギさんの言葉に従って、馬車を左の道に向ける。


「まだ寝てていいですよ」

「すみません、そうさせていただきますね」


 ミソギさんが再び馬車の中に戻ると、リットさんが不思議そうな顔で首をかしげる。


「その……君たちの進行に文句を言うつもりはないが、今の道は右の方が、次の町まで早く着けるぞ? 左は林道を大回りするから半日近く違うのだが」

「ええまあ。それは知ってるんですが、ミソギさんがあんな感じで声をかけてくるときは、ミソギさんの指示に従った方が良いです。本人は単なる勘と言ってますが」

「ふむ?」




「まさかがけ崩れとはね」


 町についての翌朝、オレ達より先に出た商人一行の馬車が後になって町についた。

 例の道を右に行ったら、途中でがけ崩れが起こっていて通れなくなっていたらしい。


「おかげで無駄に大回りして、徹夜で進む羽目になったよ。昨日……いや一昨日か。のキャンプに戻ろうかとも思ったんだが、あんまり行程が遅れるのもちょっと良くなくてね」

「徹夜ですか……大丈夫ですか?」

「まあ、きついけどね。君たちと合流できたのはありがたいよ。こちらの護衛も、多少交代で寝てたけど、周囲の警戒レベルが下がるから」


 馬車を並べて御者の商人と話していると、リットさんが感心した様子で頷いていた。


「これが昨日言っていたことか」

「ええ。ミソギさんの直感は良く当たるんですよ」


 リットさんにはそう言っておくが、実際には良く当たるどころではない。

 本人は何となく頭の中に、イメージみたいなものが浮かぶだけと言っているが、オレ達はできるだけ従うことにしていた。

 と言っても別にミソギさんに絶対服従というわけでもない。

 実際、今朝の出発前に嫌な予感がしますとは言われたが、オレ達はこうして先に進んでいる。

 ……まあ、今朝の予感はだいたい想像がつくのだが。


「マドカちゃん、この先」


 メイが幌から顔を出して言う。


「ああ。数はわかるか?」

「10かな~~……人間だね」

「だよなぁ。……寝ててもいいぞ?」

「ん~ん、アタシもヤる。木の上に3人いるから、マドカちゃんだと面倒でしょ?」

「なにを──っ、これは!」


 オレ達に少し遅れてリットさんも気づいたらしい。


「馬車をお願いします」

「え、あ、おい──」


 オレはバイコの手綱をリットさんに押し付けると、さっさと馬車から降りて馬車の前へと駈け出していく。

 どういう運動神経なのか、目の端に道の脇の木の上を飛び移るように移動するメイの姿が見えた。

 先行して少し走ると、道の脇の茂みが揺れ、そこから手に剣を握った小汚い姿の男達が4人、姿を見せる。


「お──ぶべっ⁉」


 何か言いかけたが、むき身の剣をこちらに向けてニヤニヤ笑う奴の言い分なんて聞く気はない。

 走る勢いのままに刀の柄で顔面を思いっきり殴る。


「な──⁉」

「……」


 そのまま刀を抜いて、一緒に出てきた男達を一息で切り捨てる。

 これで4人。

 ……さすがに人を殺したのは初めてだが、あまり嫌悪感はないな。

 こちらを害する気まんまんの相手だからだろうか?

 樹上から3人の男がべちゃっという音と共に地面に落ちてくる。

 メイが何かで仕留めたのだろう。

 ピクリとも動かない。

 これで7人。

 木の上でメイがにこやかに手を振っている。

 少し離れたところから、残り3人の男が逃げているのが見えた。


「悪いが逃がす気はないよ」


 刀とは別に使えるかもと、腰に差していた鉈を引き抜いて躊躇なく投げる。

 真ん中の男の背に突き刺さり、男が倒れると同時に左右の男も倒れた。

 遠目には解らないが、メイがオレに合わせて何かを投げたらしい。

 これで10人っと。


「……盗賊か」


 追い付いてきた馬車の上から、リットさんが声をかける。


「とりあえず、オレが切った奴以外は生きてると思うので、ロープ取ってください」


 盗賊で生きていたのは5人だった。

 死んだのは最初に顔面を殴った男以外にオレが切り捨てた4人と、メイが攻撃したもの──木から落ちた奴の内、1人が頭から落ちて首の骨を折っていた。

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