7 騎士

 さすがにしばらく一緒に生活していると、お互いの事も、わかってくるものである。

 まずメイだが、明るくコミュニケーション能力が高いが、基本的にがめつい。

 オレ達の商売はお金の代わりに、何かの品物か有益な情報でも受け付ける事があるのだが、メイだけは頑なに銀貨以外は受け付けない。

 最初は売り上げをみんなで山分けーーというか、共同資金にしようかという意見があったのだが、メイは個別の収入にすべきだとして譲らなかった。

 まあ、そうなると受け付けのオレが無報酬になるので、一部を共同資金として、そこからオレの個人費用も賄うことになったが。


 次にミソギさんだ。

 穏やかで優しいお姉さんだが、時折、予言めいた話をすることがある。

 ゴブリンが村のどこそこから、こっそり襲撃してくるとか、天気が数日荒れるとか。

 そんな予言が、かなりの的中率を誇る。

 旅立ちに対して、ミソギさんだけは村に残ってくれないかと、村長にだいぶ引き留められたほどだ。


 そしてサクラさんだ。

 一番歳上で頭も良く、必然的にオレ達のリーダーを勤めてもらっている。

 ……のだが、サクラさんは基本的に怠け者だ。

 オレの感想というより、本人がそれを公言している。

 食事当番などはちゃんとやってくれるが、やらなくていい事は、とにかくやらない。

 仕事も基本的には受け身で、お客さん任せな事がほとんどだ。




 リライア王国は、この世界では小さい国らしい。

 しかし、それでも国土はオレ達の世界の日本と同程度はある。

 というか、確かに元の世界でも日本は国土的には小さい国だろう。

 それでも北海導の端から㖦京まで馬車で行くとなればそれなりの日数がかかるように、一週間かけてもまだリライア王国の首都への道のりの三分の二ほどまでしか来てはいなかった。

 まあ、急ぐ旅ではないし、そもそもこの国の首都もとりあえずの目的地でしかないから、別に構わないのだけれど。

 基本的にこの世界での人々の移動は徒歩か馬車になり、必然的に一日移動できる距離のおおよその位置に宿泊するための小さな宿場やキャンプなどがある。

 何が言いたいかというと、つまりはこの一週間、皆の仕事を見てきてしまっているということだ。

 村でも見てきたが、あの時は部屋の端で縮こまってこっそりしていればよかったが、見張りも兼ねる今は、お客が無茶をしないか、しっかり見てなければならない。

 基本的に余裕のある路銀ではないので、当然ながら部屋は皆一緒。

 小さ目の宿でも2人部屋で、オレだけ個室というわけにもいかず、キャンプ場なんかだと焚火の前で皆で、なんて事もざらだ。

 オレも高校生だし、学校の友達と本やら動画やらはまあ、見たことはあったんだが、普通に昼間に会話してた知人が目の前でとなると──なんとも言えない複雑な気分になる。

 ……昨夜はそれをメイに見抜かれて、いらんことをされた。

 オレはオレの考えというか、アレの理想というか……とにかく、ただなんとなくで済ませたくはないのだ。

 そんな事を反芻しながら出発の準備をしていると、昨夜は宿に出向していたサクラさんが戻って来た。


「おかえりなさい。どうでした?」

「だいたいいつもと変わんないな。やっぱりもっと大きい街じゃないと、これ以上の情報はなさそうだ」


 そう言いながら俺に銀貨の入った袋を放る。

 それを受け取って、重さに首をかしげた。


「ちょっと多くないです?」

「オプション料だよ。順番だっつったのに、二本挿しで後ろにも挿れてきやがったからな。おかげで腰がガクガクだ」


 サクラさんは腰をさすりながら苦笑する。

 がっついてると言っても差し支えない男性達を思いだしているのだろう。

 前にも触れたが、この世界は魔物が闊歩する危険な世界だ。

 自分たちが暮らす場所から他の街へ行くのは、たやすいことではない。

 それでも、物流の都合はあるから、人の行き来はあるが、基本的に村で農業やってるような人達は、よほどの理由でもなければあまり他所へは赴かない。

 そして大きな街でもなければ、娼館というものはないのだ。

 ちいさい町や村は……まあ、それはそれでいろいろ何とかしているのだが、それでも男性はやや欲求不満気味にはなる。

 そこに娼婦を名乗る旅人の集団がやってきた──しかもかなり格安ながら美人ぞろいなのだから、それはひっきりなしにお客も来るわけで、男もここぞとばかりにがっついてくるのである。


「あの……ちょっといいだろうか?」


 サクラさんと今後の打ち合わせをしていると、背後から声をかけられた。

 振り向くとそこには、風化したボロボロの外套をまとった女性がいた。

 鎧を着ているのか、外套は不自然にごつごつと膨らんでいる。

 フードに隠されたその顔は20歳前後の金髪の美女だった。

 肌が白く、眼は青い。

 姿勢の良さから、鎧も普段から着慣れていることがうかがえる。

 ……貴族。

 物腰というか雰囲気というか、一般の人間とは違うという気配が自然と漂っている。

 外套は一応身分を隠しているということなのだろう……バレバレだが。

 傍に従者なのか、同じくボロボロの外套を着て荷物を抱えた小柄な少女らしき人物を連れている。


「騎士様が何か御用でしょうか?」


 一見お子様なサクラさんに対応されてちょっと驚いた様子を見せるが、すぐに元の居住まいに戻る。

 子供として侮ることもなく、貴族として居丈高な様子も見せない。


「君たちはこれから首都リーラに向かうと聞いた。できたら私と連れを馬車に同乗させてはもらえまいか? むろん、料金は支払う」

「それはかまいませんが……でもアタシたちは商売をしながらの旅なので、時間がかかりますよ? 他の乗り合い馬車のほうが早いと思いますが」

「……いや、あまり早く着くのも都合が悪くてな。その、商売の方は邪魔をしないのでお願いできないか?」

「まあ、そういうことなら……」

「ありがたい。私の名前はリット。この子はチノだ。よろしく頼む」




「な、ななな、なあっ⁉」


 さっそくその夜にキャンプ場で商売を始めると、リットさんは驚愕の表情で戦慄いていた。

 どうやらどんな商売をしているかは、聞き込んでなかったらしい。

 ちなみに、今日も満員御礼、場車内はサクラさんが占拠したので、メイとミソギさんは目の前でそれぞれに旅の男達と抱き合っている。

 チノちゃんは年若いこともあり、毛布を渡して早めの就寝を促しておいた。

 ……こころなしうっすら目が開いて、毛布の中でもぞもぞ動きながら荒い息をしているように見えるが、気のせいだろう。

 一方でリットさんは驚愕の表情のまま完全に固まってしまっていた。

 初めて客を取った日の皆を見たオレに似ている。

 変に刺激しても良くない気がするし、放っておこう。

 と、思ってたら男の一人がリットさんに声をかけた。


「お姉さんはしないのかい?」

「はわっ⁉ ひえ⁉」。


 完全にパニくってるな。

 しかたない。


「あ~~、その人うちの嬢じゃないんですよ。行き先が同じだから馬車に同乗してるだけなんで」

「なんだそうなの。美人だからお願いしたかったんだけど」

「すいません」


 少々名残惜しそうにしながらも、男はリットさんから離れてメイの方へと向かった。

 次を待つのかとも思ったが、メイに一声かけると今の客と一緒にはじめてしまう。

 リットさんは……駄目だな。

 完全に硬化してしまった。

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