2 怪物

 そんな感じで自己紹介も終えたら、ガテャンと大きな金属音が唯一のドアから聞こえた。

 オレ達はお互いに顔を見合わせると、ドアに視線を向けて身構える。


「なんか、王様とか騎士とかそんなんが、『ようこそおいでくださいました勇者様』とかじゃないかな?」


 メイが絶対そんなことないって顔で口を開く。

 オレはドアから目をそらさずに答えた。


「マンガじゃそうかもしれないが、オレの直感だとヤバイ気がするな」


 ミソギさんは無言のままでオレの隣に立つ。

 サクラさんが困った様子で少し下がった。


「アタシも同意見だな。なによりこっちはすっぽんぽんだしな」

「下着は着てるじゃん」

「なんも変わんねぇよ。いっそお前等もブラ取れ。男なら誘惑できるかもしれん」

「ロリコンだったらサクラさんお願いね」

「うるせー」


 そんな言い合いをしている間にも、ドアが軋みを上げながら開いていく。

 どうやらすぐ外なのか、明るい陽射しに青い空が見える。

 そして、やたら鼻につく獣の臭いも。


「オォォォォォォオオォォォ‼」


 ドアを開けて部屋に入って来たのは、身の丈2mはある巨体のひしゃげた顔をした鬼だった。


「どうやら『勇者様』路線じゃないらしいな」

「いや、あんな見た目でも心優しいとか──ゴメン、ないわ」


 明らかにこっちを格下の獲物として見ている。

 というか――どうにも、目付きがイヤらしい。


「オーガ……ん~ホブゴブリンとかかな」

「名前はどうでもいいだろ。問題はこの状況をどうするかだろ」

「お願いしても、見逃してはくれそうにありませんね」

「……だよな」


 化け物はニタニタと不気味な笑みを浮かべ、獣の皮で出来てるらしい腰ミノは内側から大きく膨らんでいる。

 生物的な違いは関係ないらしい。


「ギンギンだね~~。ウチの腕くらいありそうだね、あのおちんちん」

「デカ物は動きが鈍いのがセオリーだけど、逃げられるか?」


 オレの問いかけにサクラさんが首を横に振る。


「無理だ。アタシの運動神経をなめるな。70代の教授と競争して負ける自信があるぞ」

「なんで自慢気なんです?」


 しかしそうなると……これをどうにか倒さないとダメか。

 オレが身構えると、隣でミソギさんも構えをとる。

 結構様になっていた。


「一応護身術として総合格闘技を習っています。まあ、あんな鬼を相手にするのは想定していませんでしたけど」


 2mクラスの大男なら人間でもいないことはないが、このホブゴブリン? とかいうやつは人間とは肉体が──筋肉の付き方が異なる。

 パッと見は確かに二足歩行の人型だけど、人間ならそんな所は鍛えられないというところが筋肉で盛り上がっている。


「打撃は効きそうにないな。無理しない範囲で関節を攻めるのがいいかも」

「マドカさんも何か格闘技を?」

「オレは実家が古流剣術の道場でして。一応刀がない時の為の格闘もガキの頃から仕込まれました」


 そんな会話をするオレとミソギさんのちょっと後ろでメイが髪留めのゴム紐をいじっている。


「とりあえず、どんな理屈かはわからないけど、髪留めが無くなってなくてよかったよ。よいしょっと」


 ゴム紐から小ぶりの針を数本引き抜く。


「コレ、睡眠針ね。一刺しで人間ならすぐ昏倒するけど……3本くらいいっとく?」

「……何でそんなもの持ってんだ?」

「ウチ忍者の家系らしいんだよね。んで、秘伝書? とかいうのを、代々受け継ぐ決まりがあるとかで、ウチもいろいろやらされてたの。この針もその一つ。護身用に持ってたの。裸になっても、髪留めとか割と気にされないんだよね。だから隠しやすいってわけ」


 …………………。

 この状況で冗談……ってわけじゃなさそうだ。

 少なくともメイは本気で言っている。

 家の剣術を習う時に、同時にあれこれ叩き込まれたのだが、その中には嘘つきの嘘を見抜く術もあった。

 ……いろいろツッコミたい事はあるが、今は置いておこう。


「とりあえず……オレとミソギさんでひきつけるから、その針を試してみてくれ」

「おっけー。効きが早い方がいいから首筋かな~~?」


 視線をチラリとミソギさんに向けると、解ってるとばかりに頷きが返って来る。

 二人で前に出ると、ホブゴブリンが舌なめずりをしてミソギさんに手を伸ばしてくる。

 殴るとか痛めつけるというよりは捕まえる動きなのは、やはり犯すことが目的だからだろうか。

 めっちゃ気持ち悪い。

 デカ物相手のセオリーは、やはり足からだ。

 ミソギさんと左右に分かれてホブゴブリンの膝を狙う。

 最初は脛を打撃しようかとも思ったが、人間らしからぬ肉体は脛にも膨れた筋肉をつけている。

 ならばやはり筋肉の付きようがない関節が狙い目だろう。

 膝は正面からだと骨が固い。

 しかし、横からの衝撃には弱いものだ。


「しっ!」


 ローキックの要領で思いっきり膝横に蹴りを叩き込む。

 普通の人間なら膝が壊れかねない威力だ。


「オオオオォォォォォォオオオオオァァァァァァァァ‼」


 膝こそ壊れなかったものの、やはり痛かったのかホブゴブリンの目に怒りが浮かぶ。

 大きく振りかぶった拳をオレめがけて振り下ろすが、やはり動きは早くはない。

 軽く体を捻れば当たることはない。


「ふっ!」


 ムキになってオレを追うホブゴブリンの背後に回り、ミソギさんが膝裏に連続でキックを放つ。

 膝カックン的要領で、ホブゴブリンがその場に膝をついた。


「よいしょっと」


 その隙にメイがホブゴブリンの首に肩車の要領で飛び乗った。


「ガァァァアアァァ‼」

「はいはい。暴れないの」


 メイの手が閃いて、指の間に挟んでいた針が3本、確かにホブゴブリンの首筋に刺さった──のだが。


「オオオオォォォォォォォォオオオオォォ‼」

「わわ⁉ 人間なら一本でも刺されば、その場でぱたっと寝ちゃうんだけど」


 やはり化け物は化け物か。


「あ、まず……」


 ホブゴブリンの目が、この場で一番動きのないサクラさんに向く。


「も~~、しょうがない」


 手を伸ばしてサクラさんを捕まえようとするホブゴブリンの目を、メイが自分のブラジャーを外して塞いだ。

 その隙にミソギさんがダッシュでサクラさんを抱えて逃げる。


「オオオオォ…ォ……」


 ホブゴブリンがメイを振り払おうと身震いを―─しようとして、その場でぶっ倒れた。


「は~~、やっと効いたみたい」


 メイがほっとした様子でホブゴブリンの目からブラを外す。

 ホブゴブリンは鼾をかきながら完全に寝入っていた。


「うえ、なんか付いてる」


 ブラに鼻水なのか涎なのか粘つく液が付いていて、メイは嫌そうにブラを手で抓んで遠ざけている。

 っていうか、いい加減胸を手で隠せ。

 プルンプルンとメイの動きに合わせておっぱいが揺れる。

 ……歳の割に大きい。


「んで、コレどうする?」


 サクラさんが恐々と寝ているホブゴブリンの頬を指でつついている。


「どうするって?」

「このまま殺すのかってこと。って言っても素手じゃ無理か。デカすぎて首絞めるのも出来る気がしないな」

「そのあたりは、あちらの方にお聞きすればいいではありませんか?」

「あちらの方?」

「ええ。このホブゴブリンさんが開けたドアの向こうで様子をうかがってる方」


 ミソギさんの言葉で全員の視線がドアに向く。

 そこには人のよさそうな笑みを浮かべた初老の男性と、油断なくこちらの様子をうかがう、20代前半と思われる女性がいた。

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