5 訓練
「なるほど、あれがゴブリン」
森の中、20m程離れた場所に、身長1m位の二足歩行の生き物が5匹いる。
ぱっと見た感じは、毛のない猿という印象だが、肌が緑色で額に小さな角がある。
棍棒……と呼ぶには細い、木製の棒を持っていて、服の類いは無く全裸だ。
……結局、オレ達は1人も欠ける事なく、倉敷さんからの依頼を受けることにした。
一応、1週間程考える時間をくれるというので、それぞれ地元に戻ったのだが。
「ホブゴブリンは2m以上はあったのに、大分サイズが違うな」
「種類は同じです。まだ確証はありませんが、ホブゴブリンは突然変異種だと思われます」
サクラさんの問いに答えたのは、最初に倉敷さんと一緒にいた若い女性だ。
彼女の名前は
陸上自衛隊に所属していて、今は倉敷さんの下で異世界を行き来しているらしい。
アオバさんは転移者というわけではなく、異世界では1日数時間程しか活動できない。
基本的には、㖦京のゲートと転移の祠、近くにあるラライサ村を回って、転移者の救助を行っているのが仕事なのだとか。
先にも述べたが、この世界にはあまり物品を持ち込めないため、自衛隊所属の彼女でも戦闘は厳しいそうだ。
なにしろ、銃器が持ち込めない。
防具も化学繊維がアウトだから、かなり限られる。
現状、鋼のナイフと練革の鎧がベストな装備だそうだ。
当初は、人海戦術的に多数が少量の物資を運び込む案があったらしいが、こちらで見張りを置かないとゴブリンなどが、運び込んだ品を持ち去ってしまうらしい。
そして見張りを置くなら、数時間交代で1日だけでもかなりの人数を用意して、休みやらなんやらを考えて、更にその数倍の人数が必要で、さらに運び込んだ物資から、拠点や機材などを作り上げる人間――もちろん数時間しかこの世界には居られない以上、多人数での交代がしかもスムーズな引き継ぎ込みで必要で――。
と、莫大な人数を使い、その割には遅々として進まないプロジェクトになるので、諦めたそうだ。
そもそもこの世界からの持ち出しができない上に、居着く事ができるのも転移者だけでは、メリットが皆無なのだ。
ラライサ村が田舎とは言っても、この場所がある国――リライア王国という国の領土である位のことは教えてもらえてわかるし、下手を打って悪印象は与えたくない。
最悪、転移者を侵略者として捕縛し、処刑なんて展開は避けたいわけだ。
それで結局、転移者による近隣調査を行い、何かしらのメリットの考案を謀るということで落ち着いた。
というか、他にできる事がない。
しかしながら、すぐにオレ達が「じゃあ、行ってきます」「はい、行ってらっしゃい」という事にもならなかった。
理由は単純に、オレ達がこの世界の常識を知らないからだ。
言葉はもちろん、最低限知ってなければならないルールやマナー。
金銭の価値の基準、文化、などなど。
そういったあれこれを学ぶため、ラライサ村に2ヶ月程滞在することになっていた。
そして今は、旅するなら道中で100%遭遇するゴブリンについて、アオバさんからレクチャーを受けている。
ちなみにこの場には、アオバさんの他にはオレとサクラさんしかいない。
ゴブリンは基本的に、自分たち以上の人数の大人の人間は襲わないからで、だいたい5~6匹で行動しているからだ。
「ゴブリンから見ると、人間も森に生息する鹿や猪などと同じく食用の肉です。ただ自分たちより強いので、子供か少人数を多数で襲います」
「ん? 初めてこっちに来たとき、ホブゴブリンはアタシらを犯す気みたいだったが?」
「ゴブリンはちゃんとメスがいます。ただ、ホブゴブリンは突然変異で体が大きく、ゴブリンのメスでは受け入れられないらしく、結果もて余した性欲を人間の女性に向けるようです」
「なるほどな」
そんな話をしている間に、ゴブリン達がこちらに気づいた。
勝てる対象に思えたか、嬉々として走って来る。
「……ふっ」
軽く息を吐きながら、腰の刀を引き抜く。
そして、一番近くにいた一匹の首を切り落とす。
「――――う~~ん、やっぱりダメだな」
この刀は日本から持ち込んだものじゃない。
ラライサ村で農業用に使っていた鎌を譲ってもらい、オレが加工してみたものだ。
ちなみにオレに鍛冶の技術はないので、形をそれっぽく整えただけである。
さすがに刃を研ぐ術は身につけているので、完全なナマクラではないが、やはりちゃんとした刀鍛冶職人に作ってもらわなければ、単なる刀モドキの棒に過ぎない。
元が鎌だから長さも短く、小脇差ほどだろう。
当面はこの刀モドキで行くしかない。
村に自警用のショートソードがあり、ちょっと持たせてもらったが、重心が剣先側にあり、叩くように使う武器だと判断した。
感覚で言えば、長い鉈である。
これではオレの剣術は使えない。
そんな事を考えている間にも、更に二匹のゴブリンを切り倒した。
「切れなくはないけど、骨は避けた方がいいか。あと、ダメになった時用に予備はいるかもな」
刀モドキを軽くチェックすると、わずかに刃こぼれしている。
ゴブリンの肌は人間に近く、毛皮というほど毛が生えてはいない。
それでこれだと、鱗のある生き物や鎧を着た相手には、長くはもたないだろう。
いっそのこと、エストックとかレイピアみたいな刺突剣を使って、突き技メインで戦うか?
刀を見ながらそんな事を考えているオレの横を、拳大の火の玉が2つ、ゴブリンの残りに向かって飛んでいく。
火の玉は見事にゴブリン達の顔面に命中し、そのまましばらく燃え続ける。
火の玉を当てられたゴブリン達は、ジタバタとその場でのたうち回っていたが、やがてバタリと倒れピクリとも動かなくなった。
火を吸い込んで肺が焼け、酸欠で死んだのだろう。
「……結構狙えるもんだな。破壊力が無いから心配だったが、この精度で狙いがつけられるなら、なんとかなるか」
サクラさんがひとりごちる。
今の火の玉は、サクラさんが使った魔法である。
この世界には、魔法が存在する。
体内に呼吸と共に取り込まれた魔素を、特定の性質を持たせて体外に放出する技術で、この世界の人は皆使えるそうだ。
呪文を唱えるとか、神なり悪魔なりの力を借りるとか、そういったオカルト染みた要素はなく、魔素さえ取り込んでいれば、コツ一つで使えるらしい。
らしいと言うのは、同じく魔素を取り込んでいるはずのオレやメイは、どうにもそのコツがつかめず、魔法を使えていないからだ。
ミソギさんは使えたのだが、感覚的に疲れるらしく、あまり積極的に使いたくは無いそうなのだ。
一方で、サクラさんは特に負担は感じないらしく、オレ達の中では一番上手く扱える。
とりあえず、この場のゴブリンを全滅させたことで、アオバさんが拍手してくれる。
「素晴らしいです。だいたいの人はここでギブアップされるのですが……」
オレ達以外にも、過去に調査を引き受けた人はもちろんいたのだが、やはり大抵はただの一般人で、それなりの大きさの動物――それも、こちらに襲いかかって来るような生き物を殺すというのは、難しいらしい。
「まあ、オレは家が古流剣術の道場ですから。修行の一環で家畜の屠殺場に手伝いに行かされたりしましたし」
「アタシは実家がど田舎だからな。普通に飼ってる鶏やら合鴨なんかを絞めて捌くとかしてたから、必要があれば戸惑いはしないな」
「メイさんは、修行もかねて罠の狩猟免許を取得しているそうで、ミソギさんは、特に特別な事はありませんでしたが、ちゃんとゴブリンと戦えてました。正直、いままでで一番期待が持てるチームですね」
メイとミソギさんは、昨日ゴブリン討伐を済ませている。
とりあえずこれで、問題はないらしい。
今日の訓練は終了ということで、オレ達は村に戻った。
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