最終話 まだ続く、未来へ!

「へーえ。

 冬休みが明ける直前に全焼しちゃった学校があったんだぁ。

 原因不明の火事だって。怖いね。

 あ、でも怪我人は先生一人だけで、それも軽傷で済んだって。奇跡だね。」


 始業式があった日の夜。

 るみちゃんはねっとで県内のにゅーすを眺めながら、特に感情も込めずに独り言のようにつぶやいていた。


『人の学校のこと、言えないじゃない?』


「まあね。」


 るみちゃんの学校も、比留間先生の例の事件から一月も経たないうちに、今度は全国版のにゅーすを賑やかしていたのだもの。


 あの男が務めていた某大手進学予備校が、どうやら全国的に同様のことをしていたのでは?という疑惑に発展していたのだから。


 るみちゃんの学校で起きたことは、氷山の一角でしかなかった……ということみたい。


 あの日。

 るみちゃんも、あの男に襲われたわけだから、警察署で調書を取られた。

 私達が何をしたとは一切話さず(説明のしようがないし)、不審な男を呼び止めたら襲われたとだけ、るみちゃんは説明した。


 男と片桐がその後、どんな話を警察にしたかはわからないけれど、お互いに相手が悪いと言いあって結果的に全て話したんじゃないかしら?


 証拠だけはそろっていたもの。

 メモリーには三年生の個人情報。

 それに片桐が破いたメモも、私が司書室に戻しておいたし。片桐のすまほだって、後々男を強請るための記録がたっぷり残っていたし。


 せめてもの救いは、静香さん達三年生の情報が悪用されるまでに至らなかった、と言うことだけかしら……。


 今度は自分の学校の記事を読んでいたるみちゃんが、また他人事のようにつぶやいた。


「あ~、うちの校長先生、辞職だって。

 今日の始業式、出てなかったもんなぁ。

 まあ二度も監督不行き届きじゃ、しょうがないよねぇ。」


『色々見て見ぬふりしてきた罰が当たったのよ。』


 あれから学校は大騒ぎにはなったけど、ようやく膿を出し切れたのか、山田先生をはじめ良心的な先生方を中心に立て直すんだとか。


「流石にあのいい加減な田代先生も、今日は背筋伸ばしていたもん。

 いいことだよ。」


 そんな言葉の割に、るみちゃんの声は乾いていた。


『るみちゃん、あのね。』


「どうしたの?」


 私は胸につかえていた思いを吐き出したかった。


『うん。

 忍さんの話に始まって、私、片桐を許せなくなっていて。

 見境なく、あの人を懲らしめようって気持ちが先走っていたのかも。

 るみちゃんを危ない目に遭わせちゃったし。』


「薫ちゃんは私を守ってくれたじゃない。

 でも、それを言うなら私だって同じだよ。

 結果的に上手くいったからいいようなものの、薫ちゃんに無理させちゃってた。

 それになにより、例え相手が悪人でも、人を陥れたことに変わりはないもん。」


 じっと聞いていたるみちゃんは、ふっとため息を漏らした。


『そうなの。そこなのよね。だからかな? どこか嬉しくはないのよね。』


「うん、なんだか空しいんだよね。」


 るみちゃんも、同じ思いだったんだわ。


『「でも!」』


 二人とも同時に顔を上げていた。


「ん? なに? 先に言って、薫ちゃん。」


『いえ、るみちゃんこそ。』


「じゃ、おでこで。」


『うん。』


 ぴた。


 ……これから先も、誰かが困っていたら見捨てられないよね。

 ……平気で人を傷つけるような人は、許せないもの。

 ……うん、同じだね。 

 ……これからはもっと落ち着いて、もっとこれでいいかなって確認して。


「『また二人でやっていこうね!』」


 また一緒に声にして、一緒に笑いあった。


 これが、るみちゃんが十八歳になる年の、私達二人の約束。





************************************



 そして月日は瞬く間に流れ。


 四月に入部してくれた新入生……五月に出産を迎えた朋子さん、和真君……六月には……七月に……八月、九……。


 そんな、るみちゃんと私が出会った大切な人達が、巻き込まれた問題や事件の解決のお手伝いを、陰ながらしてきて。

 だんだん「空しさ」なんて覚えず、最後には皆が笑えてよかったって思える結果を迎えられるようになって。


 それが嬉しかった。


 時にはるみちゃんと一緒に泣いたり、喧嘩したり。

 でも最後にはあの日のように笑いあって。


 ああ……。


 幽霊でもやっぱり消えていく間際には、走馬灯のように今までの思い出がよぎるものなのかしら?

 でも、悔いはない。

 あの日の約束のまま、今日までこられたんだもの。 


 私、るみちゃんの守護霊で幸せだったよ……。


 これで私は成仏……あれ?


 るみちゃんが泣いてる。

 るみちゃんの涙が、私の顔にぽたぽた落ちて、通過していく。


「良かった! 目を開けてくれた! 薫ちゃん! しっかり!!」


 え?

 なにがあったの?


 あれ?

 るみちゃん、志望校のおーぷんきゃんぱすに参加する前に、お寺で十二神将スケッチしたいって朝から……。


 そこで地震があって……本殿が半壊して……。


 参拝に来ていた人達を、るみちゃんと裏手の小高い丘に避難させて……。


 それで……。





 


「深田ッ! まだ終わっていないッ!!」


 その声は……。


『あ、雨守先生?!』


 体中に巻かれた包帯に血を滲ませ、ボロボロになった雨守先生が、私のすぐ目の前に立っていた。

 上空に集まった、数えきれない幽霊達を睨み上げて。


 そうだわ!

 ここは善明寺、天上殿!!


 るみちゃん達が突然あの人達の霊波に襲われた時、守ろうと戦って先生も傷つき、同様に私も狙われ、気を失っていたんだわ!


 今、後代さんは別の場所で、長崎で私を襲った少女の幽霊と戦っているって!

 その子の名はリン。

 先生はリンが破壊しようとしているこの天上殿を守りに来ていた!!


 リンの狙いはこの世界を消し去ることだったなんて!!


 先生は私に振り返る。


「深田。俺に憑依して天上殿の上、奴らのところまで飛べるか?」


 あまりにも突拍子もない言葉に、目を丸くしてしまう。でも、私なら。


『で……出来ると思いますが、一体なにを?』 


「そこで俺を中心に、残った全霊力で『闇』を出す!」


『先生?! わ……わかりました。』


 さっきまでの攻防で、先生の霊力はもう限界のはず。先生が、彼らを葬るためにご自身も『闇』に飲まれる覚悟をお決めになったのなら……私は喜んで。


 すると先生は不敵に笑った。


「勘違いするな? 俺は『闇』に飲まれる気はない。もちろん深田、君もだ!」


『……はい!』


 先生はもう、自分は消えてもいいだなんて考えてないんだわ!

 ああ、嬉しい!!


「中央に集まりだした。奴ら一点集中でここを破壊する気だ。

 最後のチャンスだ!」


『はい! 先生? 意識飛ばさないでくださいね!!』


「上等! 行こう!!」


 空を埋め尽くす幽霊達の真ん中へと、私は一気に飛翔した。


 先生と一つになって。







守護霊、深田薫の憂鬱 終

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守護霊、深田薫の憂鬱。 紅紐 @seitakanoppo3

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