第四十四話 だましあい?
『ええ? もう送っちゃたの?』
「うん。さっき作ってたんだよ?
『警察に連れていかれそうだ。トイレに逃げたがメモリーを取り上げられた』
って。」
するといきなり天井からどたンばたンと盛大に何かひっくり返ったような物音が!
「相当びっくりしたみたいだね。」
暢気な声で天井を見上げたるみちゃんに思わず目をむいてしまう。
『それは驚くわよ!!
そんな作文するなんて、るみちゃん言ってなかったじゃない?!』
「ごめん、どうせなら心臓止まるくらい驚かせた方がいいかなって。」
『私が驚いてるわよ! ああん、もうッ。まだ心の準備が~っ!!』
片桐もきっとそうだろうけれど……。
飛び上がって司書室に顔を半分だけ覗かせた。スカートの中、きっと下から丸見えだろうけどるみちゃんだけだもの。この際いいわ。
椅子から転げ落ちたのか、片桐は書類が散乱した床にペタンと座り込み、乱れた髪を掻きむしりながら「すまほ」を見つめている。
「どうして? あいつ何をしたというの? まさか私達のことがばれた?」
わなわなと唇を震わせる片桐だけど、ふと、その目の動きが止まった。
「何これ、アドレス違うじゃない?
……でもメモリーのこと言ってるんだから、あいつしかいないわよね?」
るみちゃん! まずいわよ? 動揺してるけど疑ってるわよ?
さっきのメールで誤魔化してなかったじゃないの!!
もう、どうするのよ~ッ!!
その時、片桐のスマホが鳴り響いた。
片桐はビクンっと一度その身を震わせると、半分泣き出しそうな顔で体を硬直させたまま、じっとそのスマホを見つめる。
画面には……あれ? これ、るみちゃんの番号じゃ?
慌てて体を反転、るみちゃんに叫ぶ。
『メールするんじゃなかったの?! なにをしようというのよ?』
「いやあ、電話番号まで教えてもらってたからさ。この方が早いかなって。」
るみちゃんたら私を見上げて苦笑い。
あ……忍さん、アドレスと一緒に電話番号も覚えてくれていたんだわ。私、そのままるみちゃんに……って!
『もーう! こんな計画変更、先に教えておいてよ~ッ!!
片桐、固まったままで電話に出ようとしないわよ?』
「そこはごめん! 薫ちゃんの力で!!」
なに拝んでるのよぉ!
すかさず司書室に飛び込んで片桐の背後に回って肩に手を置き、沈める!
《出たほうがいい! でないとまずいことになるわよ?》
はっとしたように片桐は電話に出た。るみちゃん、何を話す気なのかしら? 片桐の肩に手を置いたまま、隣に私も顔を並べて耳を澄ませる!
『片桐さんの携帯電話でよろしいでしょうか?』
わ! 普段と全然違う丁寧で落ち着いた言葉遣い! なんだか大人びて聞こえるわ?
片桐はすでに瞬きというものを忘れている。
「はい……ど、どちら様ですか?」
『私、〇〇警察署の本郷と申します。』
本郷って誰? あ、もしかして年末一緒に見た刑事ドラマに出ていた婦人警官かしら?
肩に置いた手にこの女の更なる動揺が伝わってくる。でも、なんとか気をとりなおしたのか、片桐はゴクリと唾をのみ込んだ。
「け、警察の方なら、なぜ110番からじゃないんですか?」
『出先なもので私個人の携帯電話から失礼しています。』
すぐにるみちゃんは答えた。私、こんなふうに平然と嘘をつける子にした覚えはないわよ?
でも、片桐は自分で尋ねておきながら、るみちゃんの答えを疑っていいのかどうか判断がつきかねてるみたい。
「け、警察の方が、なんの用でしょうか……?」
『実は駅で女子高校生への痴漢行為がありまして。』
「ち、痴漢ですって?」
片桐は素っ頓狂な声を上げた。それにるみちゃんは気をよくしたらしい。さらに落ち着き払った声音になった。
『ええ。それが容疑の男性にトイレに立て籠られてしまって。
男は自分の無実は片桐さんが証明してくれると言うだけで、
まったく名乗ろうとしないんです。
恐れ入りますが、こちらまで出向いていただけないでしょうか?』
片桐の心臓の鼓動が激しくなったのがわかる。
「どどどどどうして私が、男の無実を~お?」
『それが痴漢行為の際、
被害に遭った女子高生はポケットからUSBメモリーを盗まれたと言うんです。
その男が持っていたのを、その子が奪い取ったのですが、
男は偶然同じものを片桐さんから受け取ったのだと一点張りで。』
「う……くは!」
『大丈夫ですか?
身に覚えのないことであれば結構です。ご迷惑をおかけしてすみませんでした。
女子生徒は自分のものだと言っていますので、
署でこのメモリーの内容を確認します。』
「まっ、まって!
待ってください、開けないで!
ぷっプライバシーがッ!
もしかしたら、私が渡したものかもッ!」
『はい? おこし頂けるなら……え? 何? あらそうなの?
片桐さん、静雅高校の司書さんなんですか?』
るみちゃんたら一人芝居を始めたかと思えば、あらまあ、ここの学校の名前!
「どッ! どうしてそれを?!」
片桐の声は裏返っていた。
『いえ、この子がそちらの生徒なので。
もしかしたら司書の片桐さんかな、なんて教えてくれたものですから。
どうやらご本人様でしたね。では、ご足労頂かなくても結構です。』
「え? そうなの?」
一瞬、ほっとしたかのように片桐の全身の緊張が解けたのがわかる。でも、それはほんの一瞬で終わった。
『この子も署より学校の方が安心でしょうから、これからそちらに送ります。
その時、一緒にメモリーの内容をご確認ください。
男にはその旨伝えて、これから一応身柄を確保します。
では後程。』
またも上半身を美術教室に向けて突っ込む。
『人が悪すぎるわよ? るみちゃん、なにお芝居やってるの?!』
「劇場型詐欺の真似ってやつだよ。で、片桐さん、どんな様子?」
『すまーとふぉんを握りしめながら震えてるわ。あ、ちょっと待っててね。』
なにやら片桐が唸りだしたから聞き取らなきゃ。
「だッ……大丈夫よ。
メモリーを、ファイルを、開けさせなければいいんだわ。
私が渡したものだって、一言証言すればいいだけなんだわ。」
どうやら自分に言い聞かせているみたい。
そして改めて黒い「すまほ」の画面に浮かんだいくつもの点を一筆書きのようになでて……。あ、画面が点いた。
何をする気かしら……って、ああッ!
『るみちゃん! いけない、誰かに電話してる!!』
何度も体を反転する私!
「やばい! 男にかけてるに違いないよ!!」
るみちゃん今頃何言ってるのよ? 段取り急に変えたからこんなことに! やっぱり私達じゃ詰めが甘かったのよ~ッ!!
るみちゃんの電話が嘘だったとばれたら、打つ手がなくなっちゃうじゃない?
鳴り続けていた呼び出し音が途切れた。すまほから男の咳払いが聞こえた。
『き、君か。珍しいな。メールじゃなくて電話だなんて。』
万事休す!! 確かめられたらもう終わりだわ? 今、きっとるみちゃんも下で固まってるはず。
『実はその、言いにくいんだが、メモリーを無くしてしまってね。』
あっそうか!
男の手にメモリ―がないのは事実なんだもの。男もきっと動揺してるんだわ!
どおりで前に見た尊大な態度は消え失せて、小声だったわけね。
片桐はすまほを睨みつけた。
「そんなことよりあなたそんな所で何やってるのよッ?!」
『そ、そんなことだって?
私が悪いとは言え、重大なことだろう?
それで今後のことを相談したくて、今そこに向かっているんだが。』
「まさかあれから逃げたの? 余計疑われちゃうじゃない!」
『え? 逃げたいのは山々だが、逃げてなんかいない。』
「余計なことしないで! 私が警察に一言認めれば済むことなのよ?!」
『な、なにを言いだすんだよ。まさか、裏切るのか?!』
男の上ずった声が響く。でもそれを掻き消すように片桐も叫んだ。
「あなたこそなに言ってるの? もともとあなたが悪いんでしょう?!」
その勢いで片桐は電話を切っていた。よ、良かった。ばれなかったわ?!
その片桐はというと、しばし目を細かく左右に動かしていたけれど……。
突然何かを思い出したように、いきなり床の上を、机の上を両手で漁りだした。
「そうだわ! 警察が! メモリー持ってここに来るんだった!」
なにをし始めたのかしら? きっと椅子から転げ落ちた時に散らかしたであろう書類の波をかき分けるように、何かを探している。
「メモ! メモ! どこに行ったの? パスワードのメモ!!」
パスワード?
もしかして、生徒達の情報を見るための暗号?!
それって片桐が悪事を働いていた証拠じゃない!!
「もしもファイルを開けられたら私が真っ先に疑われる!
パスワードを盗んだなんて証拠が見つかったら私は……あった!!」
片桐は手にした小さなメモ用紙を、荒い息遣いと震える指で半分に破いた。
それ以上はやらせないわ!
思い切りその手を叩く。ぶわっと強い風が起きたように、紙片は片桐の指を離れた!
「な?! 窓も開いてないのにどこから風が? どこに飛んでいったの?!
早く、早く見つけなきゃ!」
飛んで行ってなんかないわよ? 私が全部持ってるもの。
「ああ! なんでこんなに散らかしてしまったのよ?
早く見つけて捨てなくちゃ! 整理しなくちゃ!!
落ち着くのよ私!
私なら上手く凌げるッ!!」
よし! この隙にるみちゃんと対策を練り直さなきゃ!!
急がないと……あれ?
私、いいもの見つけちゃった。
その時私は、るみちゃん以上に、悪い笑みを浮かべていたに違いない。
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