第三十九話 蠢く影、そこに。
年が明けて二日、るみちゃんは奥原さんを誘って年始参り。雪もなく、空は気持ちよく晴れ渡っていた。
今朝、奥原さんの守護霊の女の子に伝えたけれど、私は彼女を「菊ちゃん」と呼ぶことにした。着物に菊の花の模様があしらわれていた、という安直な理由ではあったけれど、菊ちゃんはそれをとても喜んでくれたのが嬉しい。
るみちゃんと奥原さんの後を、私は菊ちゃんと手をつないで歩く。
訪れた神社は私が小さい頃、友達と(もちろん私にくっついてくる将太君も)一緒によく遊んだ場所でもある。
その広い境内に入ると、生前よりも身がきゅっと引き締まる感じがする。それは菊ちゃんも同じみたい。
詳しくはわからないけれど、きっとこういう場所には「結界」というものが張られているのでしょうね。ここに来るまでの道すがら、ただ彷徨ってるだけの幽霊達の姿はもう見あたらないもの。
るみちゃんには私以外の幽霊は見えないようだけれど、そのほうがいいのかも知れないわね。
参拝を終えて境内をゆっくり進む人の波に揺られながら、るみちゃんは奥原さんを見上げた。
「さあ! 春になったら新入部員、入れなきゃね!!」
「そうね。それにいよいよ私達も進路に備えなくちゃね。
あ……正木先輩、それに織衣先輩だわ? せんぱーい!」
背の高い奥原さんが、軽く背伸びをして人波の先に向かって手を振った。
「おー! 奥原ぁ、浅野ぉ~! あけおめー!」
すぐ人垣を縫うように正木さんと、織衣先輩と呼ばれた大人しそうな女子がやってきた。彼女は強張った顔を少し和らげ、奥原さんに微笑んだ。
「奥原さん、明けましておめでとう。えっと、あなたは浅野さんね?」
声をかけられ、るみちゃんは一瞬、きょとんとする。
「あれ? 私、先輩と話すの初めてですよね?」
「奥原さんからいつも聞いてたもの。やっぱり仲いいのね。」
にこっと微笑まれ、るみちゃんも屈託のない笑顔を返した。
「凸凹コンビですから~。」
るみちゃんは笑いながら私に体を寄せる。そうするのはしゃべらなくても私に伝えられるということが、わかってからのこと。
(こちらは織衣さん。織衣静香さんね。前の図書委員長なの。
久美子は委員だからね。)
なるほど。秋に生徒会の引継ぎがあったものね。
るみちゃんは、今度は正木さんに満面の笑みを浮かべた。
「今年もよろしくお願いします、先輩!」
「あと三ケ月で高校生も終わりだけどね~。」
「入試、頑張ってくださいよ~。」
「任せろー!」
奥原さん、るみちゃんに笑って答える正木さんに、なぜか織衣さんは小さくため息をついた。
「正木さんはいいわよ。一校、受かってるんだもの。」
「また織衣ちゃん、弱気になっちゃダメだって。
きょうび推薦なんて名前だけなんだから。
織衣ちゃんとこ、倍率だって高かったんだし。
せっかく気分転換に引っ張り出してきたんだしさ~。」
「気分転換もなにも、私の家、参道沿いでこの時期はうるさいもの。」
そんな生きた人同士の会話の間……、私はもう一人が気になっていた。その織衣さんの後ろには年上の物静かな女性の守護霊がついていたから。でも、何故か険しい顔つきをしていたから。
会社勤めをしていた方かしら?
事務職かな?
白いブラウスに紺色の上着、スカートという服装をしているけど、特に外傷はないみたい。
その人がちらちらと私と菊ちゃんを見ている。
あ、もしかしたらこの人、きっと「見える人」なんだわ。
私は織衣さんの守護霊に話しかけてみた。
『初めまして。
織衣さんの守護霊さんですよね?
私、るみちゃんの守護霊で、深田薫と言います。
こっちの女の子は奥原さんの守護霊の菊ちゃん。』
すると彼女はぴくんと体を伸ばし、私を見つめたまま、呟くように答えた。
『あなた……私の声は、聞こえる?』
『え? ええ、もちろんですが?』
急にさっきまでの表情とは打って変わって、その人は今にも泣きだしそうな顔になった。
『私、他の幽霊から声を掛けられたの、初めてで。
それに聞いてもらえるなんて、信じられなくて。
私は恩田……恩田忍!』
恩田さんは私にしがみつくように向かってきた。
うわ!
ちょっと、何が起きるかわからないから慌てて両手を上げて制してしまう。
『お、落ち着いて下さいね、忍さん。
あなたも織衣さんも酷く元気ないみたいですが、それは受験のせいですか?』
『それだけじゃなくて!
静香、思いつめてしまっていて、自殺しようとまで考えてるの。
思いとどまらせたいのに見守ってるだけじゃ、何もできない!』
『自殺を? 大変! 事情を聞かせていただけませんか?!』
忍さんは既に瞬きも忘れて叫ぶ。
『静香をまるで自分の道具のように扱ってる女がいるの。
前の不合格の原因も、その女のせいだもの!』
『それってまさか、学校でですか?』
『ええ! 学校でなの!!』
忍さんがすがるような目を向けたその時、菊ちゃんが私の腕を強く引っ張った。
『あ、忍さん、ちょっとすみません。菊ちゃん、どうしたの?』
菊ちゃんはぶるぶると震えている。尋常じゃないわ?
何か怖いものでも見たのかしら?
でも、この清められているはずの境内で?!
しゃがんで彼女とおでこを合わせる。
《いた! 男!》
『な、なに?』
同時に言葉よりも鮮明に菊ちゃんが見たままの光景が私に伝わってくる!
それは去年、奥原さんが国研に提出物を持って行ったとき、武藤に罵倒された場面だった(雨守先生と同じ「先生」だなんて呼びたくないもの。呼び捨てで十分!)
その時、顔を伏せるようにして奥原さんの脇を通り抜けていくその男の人を、菊ちゃんは見上げていた。
両の目の色が、わずかに違う男性。
紛れもなく、武藤の犯罪に加担していた男!
のうのうとこの青空の下、こんな神聖な場所に足を踏み入れていたなんて、許せない!!
《怖い!》
かわいそうに。
菊ちゃんは武藤の酷い罵声と、奥原さんが学校に来られなくなった時の不安を思い出して震えていたんだわ。
『お姉ちゃんがいるから大丈夫よ!
でもその男の人、奥原さんを陥れた悪い人の一人なの!
その人がどっちに行ったか教えて! いい?!』
私を見つめ、しっかり頷いた菊ちゃんを抱きかかえ、人の波を見えるようにしてあげる。菊ちゃんが指さす先に、境内を出ていくその男がいた!
『あの人ね?!』
《うん!》
『忍さん! ちょっと待っててください!
後でゆっくりしっかり聞かせていただきますから!!』
何事かと呆然と私達を見つめていた忍さんに頭を下げ、菊ちゃんを下ろすとすぐにるみちゃんの肩に手を置く。
(るみちゃん!
詳しいことは後で話すわ。ちょっと離れるけど皆をこの近くに留めておいて!
お願い!!)
(え? わわわわ、わかった!)
「先輩、立ち話もなんだから、そこの露店で何か食べましょうよ。」
機転を利かせてくれたるみちゃんの声を背に、私は「その男」へと飛んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます