第三十五話 人の気持ちも知らないで……?

 校長先生は雨守先生のことをなにか知っている!

 読み取らなければ!

 その背中に手を当て一気に深く押し込む。

 でも、ほどんど同時に校長室に入られてしまったわ?

 すぐに私の周りをあの幽霊達が取り囲んで来た。やっぱりこの人達も喜んでいる。校長先生と同じように!


 ええい! 鬱陶しいわね!!


 睨み返してもここが棲家だから? さっきと違って全然こたえていないわ?!

 むしろ私を弄ぶようにわざとらしく、だんだん激しくその霊体をぶつけてくる!


 ああ! 代わる代わるぶつかって来られるたびに、制服がズタズタに切り裂かれていく。胸がはだけて肌に幾重にも切り傷が。腕が、足が、絡めとられて八つ裂きにされそう!

 ……でも、まだよ?! あともう少し!!


 校長先生が革製の椅子に深々と腰を下ろした時、私はその背中から手を抜いて、その勢いのまま窓から校舎の外へと飛び出した。


 降り出していた雪が、転がり倒れた私を通りぬけ、地面に落ちて消えていく。

 感覚なんてないはずなのに、「寒い。」……動きが、鈍る。

 どうにか手をついて立ち上がり、肩で息をするように乱れた霊体を整える。

 良かった。傷も消え、制服も元に戻ったわ。雨守先生に頂いたこの姿、あの人たちに奪われてなるものですか!

 それより、今読み取ったことへの嫌悪感から吐きそうになる。


 武藤先生は!

 あの武藤先生は……ずっと悪いことに手を染めてきたんだわ。先生として、許されない罪を犯していた!


 校長先生は……いえ、校長先生だけじゃなく、過去この学校に関わっていたあの幽霊たちも!

 武藤先生の、あるいは過去の似たような悪行の数々を知りながら、見て見ぬふりをしてきた人たち!!


 きっとその後ろめたさから、校長先生はすがっていたんだわ。

 「学校に巣くう悪を、人知れず表舞台から葬る非常勤講師がいる」、そんな噂に。


 雨守先生がその人だったということなの? 

 武藤先生が自ら退職をしたのは事実だから、きっと噂のとおりに違いない。


 雨守先生が武藤先生に何をなさったのかは校長先生は知らないようだけれど、「先生」と呼ばれる人たちが、こんなおぞましいことをしていたなんて。雨守先生を利用していただなんて!

 許せない。さっきからずっと、気分が悪い……。


 でも、校長先生から手を抜くまでに掴んだことがあるわ!


 校長先生は雨守先生をこの学校に呼んだ時、期待で気持ちが舞い上がっていたに違いない。

 わざわざ自分自身で、この学校での教員住宅を雨守先生に案内していた!!


 車で移動していたけれど、その道筋ははっきり見えたもの! 

 これできっと先生に会いに行ける!!

 どこまでるみちゃんから離れられるかわからないけれど、また先生を連れてこなきゃ!!


 私はこの身を浮かせると、自分でも信じられない速さで、さっき見たばかりの風景を追っていった。


*************************************


「深田……。どうしたんだ?」


 二つの段ボールの箱以外、何もない部屋の真ん中で、雨守先生は荷造りをしていた。

 突然現れた私に先生はひどく驚かれたようで、手にしていたガムテープを落としてしまった。

 それがコロコロと私の足元に転がってくる。

 無意識にそれを拾い上げて、先生に差し出した。


『……はい。』


「はい、じゃないよ深田! 今自分がしたこと、わかるか?!」


 さらに目を丸くした先生の声に、私も我に返った。先生に会えた嬉しさと、この部屋を見ての驚きが入り混じってしまって、自分でもどう切り出していいか、わからなくなっていたから。


『あ……今、持ってましたね? 私。』


 あの女の子から、るみちゃんから離れられる力……それだって制限がなくなっただけじゃなく、物を持つ力までもらってしまったんだわ?


「おおかた君が何をしたのか見当はついたが、一体どうしたんだ?」


 その言葉に今までこらえていた感情が、つい溢れそうになる。

 だめ。押さえて、おさえるの、私。

 前みたいに言い合いになってしまったら、また先生不満を抱えてしまうだけだわ?


『いえ、どうしたということでは……。

 先生、後代さんがいなくなったこと、ご存知なんですよね?』


 先生はぽつりと答えた。


「後代なら、成仏したよ。」


 やっぱり! でも。


『どうしていきなり? どうして私達に何も言わずに?』


「それは単にタイミングの問題だよ。

 人は成仏するときは一人だ。

 彼女を責めるな。」 


 後代さんを責めてなんかない! 

 むしろ先生、あなたが何も言ってくれないから。


『先生まで、また消えてしまうつもりなんじゃないかって、私。 

 ずっと不安で不安で、いてもたってもいられなくて……。』


 想いを押し殺しながら、どうにかそれだけ言えた。


「そうか、それでここに。

 無茶させてしまったな。

 俺の心配など、無用なのに。」


 心配など、無用ですって?

 ついに抑えていた気持ちが爆発してしまった。

 何もない部屋の真ん中で、両手を大きく広げて先生に詰め寄る。


『心配するに決まってるじゃない!

 あなたが好きなのよ? それは私だけじゃない!

 それなのにこれはいったい何?

 今だって、黙っていなくなる準備をしてたじゃないッ?

 どれだけ関わる人の気持ちをないがしろにする気なのッ?!』


「ないがしろにできないから、学校を辞めるんだ。」


『そんなの意味がわからないわよ!

 ないがしろにしたくないって思うなら、ここにいてよッ!!』


 先生の胸に、両の拳を何度も打ち付ける。


「それは無理だ。」


『どうして? なぜこんなに急に辞めなけらばならないの?』


 先生は私の肩にそっと手を置いた……そこから広がる穏やかな波紋が、私の気持ちを抑え込む。


「長居すれば君をまた、危険な目に遭わせてしまうからだ。」


『わ……私が? どういうこと?』


 思いもしなかった先生の言葉に、体が動かない。

 じっと先生を見つめたまま、動けない。


 ずっと先生は、最初から優しい目を私に向けていたんだった。


「黙って消えるようなことはしないって、言っただろ?

 君にだけは話すつもりだった。」

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