第三十四話 私の知らないところで?!
『お姉……ちゃん?』
るみちゃんから離れられる能力をまた分けてもらおうと、女の子に体を重ねた瞬間のことだった。
私の中に響いた幼い声は、この子の声に違いないわ!
女の子を私に包み込むようにしたまま、私は心の中に呼びかけてみる。
『あなた、私がわかるの?』
すぐに答えは返ってきた。
『わかる。先生、話した。るみちゃん、守る人。』
『ええ、そうよ!』
でも……この子の声は、会話というより、私の心に直接響いたこの子の心そのもの?
『あなた、しゃべれるの?』
すると、先ほどと同じ。
私の頭の中に彼女の声で、言葉が一つひとつ、浮かんでくる。
『声、出ない。おとう、おかあ、斬られた。うち、声、出ない。』
……ごめんなさい!
何も考えずに聞いてしまったことを恥じて、なにを言っていいか言葉に詰まってしまった。声が出なくなったというその時に、少女が見た光景そのものが、私の目の前に血の色も鮮やかに流れたから。
私の時代より、もっともっと前だわ。
若いお父さんとお母さん、そしてこの子を取り囲んでいるのは盗賊という人達なの?
二人を守ろうとしたお父さんが斬られ、色白のお母さんは着物を引き裂かれ、露わになった肌に男達が……いやっ!やめて!!
幼い時にこんな惨い、酷い目に遭ったら……声を失ってしまっても無理はないわ?
そして無表情に見下ろす男の刀の刃が、この子の首に……。
発狂してしまうのではないかという時、また少女の言葉が響いた。
『お姉ちゃん、焼けた。』
え?
『ここ、まだ、痛い?』
体温など感じないはずの私の胸に、あたたかな、ふわっとした優しい波紋が広がった。
そうだわ……きっと同時にこの子も私の死に際を見たに違いない。自分より私を思い遣ってくれている。
いきなり涙が溢れてしまった。
『大丈夫、大丈夫なの。もう全然痛くないのよ?
この胸も、今の姿に戻れたのも、みんな先生のお陰なの!』
『うち、先生、好き。優しい、くれた。』
『そうよね! 私も好き。優しくしてくれたものね?』
『今、先生、いない。寂しい。』
『ええ、私も心配なの。一緒に探そう?』
『行きたい……だめ。』
『どうして?』
『くみちゃん、不安、なる。うち、行けない。』
この子は昨日ようやく学校に出てこられた奥原さんを気にかけている! 自分だって、先生に会いたくてたまらないのに。
それに比べて私、なんてまた守護霊としての自覚のない……。
『るみちゃん、大丈夫。うち、見てる。』
『え?』
『お姉ちゃん、るみちゃん。くみちゃん、助けた。次、うち、助ける。』
そんな風に感じてくれていたなんて。
『うち、先生、待ってる。』
『うん! きっと先生、また連れてくるから!!』
涙をふくことも忘れて女の子から体を離す。すると、女の子は丸くした目で私を見上げ、にっこりと笑った。もしかして、私が見えるように?!
手を振ったらすぐに振り返してくれた。力強く。私のほうが年長なのに、勇気づけられてしまったじゃない。でも、お陰でもう不安はすっかりなくなっていた。
さっきまでの私だったら、るみちゃんから離れてこの美術教室からさえ出られない。でも今なら。
恐る恐る前に進む。
出られた! また女の子の力をもらえたわ!!
嬉しくなって振り向くと、女の子はまだ私に向かって手を振り続けていた。私も力強く頷いて答えた。
何が何でも、先生を連れてこなきゃ!
でも、いったいどう探せばいいかしら。
雨守先生はおっしゃっていたわ。「幽霊は知っていた場所しか動けない」って。もし、先生が私の知らないところにいたら、探しようはない。
でも、先生はこうもお話ししてくださったわ?
人の発した声には『言霊』というものが宿るって。あれだけ霊能力の強い先生なら、校舎のどこかにきっとその痕跡は残っているのではないかしら?
今までにないくらい、私は神経を集中させる。先生の、あの低く透る声だけに。
すると先生に名前を呼ばれた気がして、準備室を覗いてみた……微かに、先生を感じるわ! 流しのあたりに。
近づいてみると陽炎のように揺らめく、握り拳ほどのほとんど透明なかたまりが一つ。これが『言霊』なのかしら?
そっと手を伸ばし、触れてみる。
いきなり「なんで怒られなきゃいけないかな」って小さくぼやく感情が!
これ、先生だわ!!
でも、なんなのですか?!
人が心配してるのに、私に対してそんな感情しか残してくれないなんてッ?!
ちょっとくじけそうになったけれど、そんな場合じゃないわね。
あの時私と先生は言い合いをしていたもの。先生だって、きっと面白くなかったはず。もし、そんな不満の感情が『言霊』に残りやすいのなら、先生がアラシと言い合っていた校長室前はどうかしら?
あの時だって、先生の思惑通りにはならなかったもの。
僅かな望みをかけて、すぐに校長室前の廊下へと飛ぶ。そこには、どういうわけか、にやにやと嬉し気な顔をした校長室の幽霊達があふれ出ていた。
なによ? 雨守先生がいないのが、そんなに嬉しいとでもいうの?!
怒りに任せて睨みつけると、びくっとしたように彼らは一斉に校長室に引っ込んだ。と、同時にどういうわけか先生達が大勢、いえ、この学校の先生全員じゃないかしら?!
校長室の隣の会議室からわらわらと出て来きたじゃない!
あの幽霊達と結託してるとでも……いえ、違うわ。あの幽霊達と違って皆、不安そうな狼狽えたような顔をしている。
この群れに接触してしまうのもあとあと面倒そうだもの。廊下の壁に張り付くように先生達をやり過ごす。
先生達は小さな声でささやきあっていた。
「武藤先生、何があったのかな? いきなり退職って。」
「急に病気にでもなったのかしら?」
「まさか! あれだけ図太い人が? ありえないよ!」
「迷惑だよな。あの人、三年の担任だよ?!」
「進路指導だけは抜かりのない人だったから心配ないだろうが。
生徒は我々でサポートしないと。センター試験はもう来月だ!!」
「そうですね。まずは生徒第一に……。」
え? 武藤先生、辞められたの?
なぜまた急に……まさか、消えた後代さん、雨守先生と関係が?
きっとそうだわ……同時に三人学校からいなくなるなんて、無関係なはずがないじゃない。
だって後代さん、武藤先生の名前が出ると、いつもとても冷たい視線に変わっていたもの!
あの月曜日!
るみちゃんと私が帰ったあと、何かあったんだわ!!
愕然としながら廊下の真ん中にふらふらと出てしまった私に、一人、ゆっくりと会議室から出てきた校長先生の肩が重なった。
《これでこの学校の膿はやっと排除された。
きっと、雨守先生のお陰だ。やはり、噂は本当だった。》
今のは校長先生の思いよね? 一体どういうこと?!
校長先生は不気味に微笑んでいた。まるでさっき見た校長室の幽霊たちのように。
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