第三十二話 また、笑って過ごせますよね?

《作者注》

 今回のお話は、シリーズ第一話「非常勤講師、雨守。」の裏番組です。

 読んで頂いてあることを前提で書いてますが、あしからずご了承ください。

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 その日も朝から冷え込んだ十二月のとある月曜の朝。学校は、ちょっとした騒ぎになっていた。


 現職の国語科教師、比留間先生の逮捕。

 容疑は生徒へのストーカー行為と暴行。


 昨日、一昨日とニュースになったから、るみちゃんは正木さんと連絡を取り合っていた。予想していたとは言え、その一件から最初の登校日となる今朝、校門前にはカメラやマイクを持った人が何人も詰め掛けている。報道に関わる人たちよね。

 すぐにるみちゃんの歩みも阻まれるように、マイクやカメラが向けられてくる。


「ねえ君、比留間先生ってどんな先生だったの?」


「先生が生徒にストーカー行為だなんて、許せないよね? どう思う?」


 鬱陶し気にるみちゃんは、顔に当たるかというほど近づけられる何本ものマイクを手で払いのけ、歩きながら不愛想に答える。


「大勢先生いるんですから、名前なんていちいち覚えていません。」


「まさか! そんなはずはないでしょう~?」


 呆れたように眉を上げた一人の報道者に、るみちゃんは向き合うように立ち止まった。


「誰であろうとストーカーなんか死ねばいいと思ってます。

 でも、こんな風に不躾にマイク振りかざしてカメラ向けてくるような人たちも、

 全然大差ないと思います!」


 自分のことを言われてるのに期待外れの答えだと言わんばかりに、眉間に皺を寄せながら、尚も相手は食い下がってくる。


「いや、君。同じ学校の生徒が被害者なんだよ?

 同情とか、先生達への批判とかって、ないの?!」


「そういう欲しいコメントだけを選り好みするマスゴミへの文句なら、

 腐るほどありますが?」


 るみちゃんはネットに絵を上げながら、ふぉろわーさんたちの日常の声も拾い読みしていた。そんな中で最近の「にゅーす」というものの偏った報道の在り方を随分疑うようになっていた。

 私の時代は偏りどころではなかったもの。「大本営発表」……守護霊になってからるみちゃんと一緒に歴史を学んで、随分事実が捻じ曲げられて伝えられていたことに驚きを隠せなかった。

 そんな印象操作っていうのかな?

 とても怖く感じているもの。


 相手を睨みつけたままのるみちゃんの答えに、その人は呆れたように肩をすくめる。でも、彼らはすぐに別の相手を探し出すことにしたらしい。


「こりゃ駄目だ。他の子いこう。他の子。」


 そんな彼らの背中に向かって、るみちゃんは小さく悪態をついた。


「私の友達がその子なんだよ。

 久美子がどんな思いでいたか、私だって満足に寄り添えなかったんだ。

 あんた達に久美子や私の気持ちなんて、わかるもんか。」


 るみちゃんは一度、奥歯が鳴るほど強く噛みしめた。

 奥原さんが学校に来られなくなっていたのは、武藤先生の言葉で傷つけらたからだけれど。そこにつけ入るように比留間先生が動きまわっていたんだろうって、るみちゃん達は解釈している。

 るみちゃんはすぐに振り向くと校舎を見上げた。


「でも、今日はこんな騒ぎだから無理もないけど。

 久美子、明日は出てくるって言ってくれたもん。

 雨守先生が久美子を守ってくれたんだもの!

 先にお礼言っておかなきゃ。」


『ええ、そうよね。』


 比留間先生の逮捕は、本当に意外ではあったけれど。

 今まで奥原さんを見る目や、かける言葉の柔らかさが、るみちゃんや他の生徒へのそれと全然違っていたのは明らかだったし。

 文化祭の時に、奥原さんに歪んだ好意をよせていたアラシを容赦なく(雨守先生の言葉をおかりすれば)「公開処刑」したことも、今なら頷ける。

 先生のすることとは、およそかけ離れた「私怨」だと言えるもの。


 そんな比留間先生の暴行から雨守先生が守ってくださったって。すでに奥原さんから聞かされていたから、私たちはほっとしていた。


 すると、生徒玄関に向かうるみちゃんとすれ違うように、武藤先生が校門へと靴音を響かせながらまっすぐ向かっていった。そこでまだ登校してくる生徒をつかまえている報道陣に声をかける。


「学校からお伝えすることは、既に先日の記者会見で済んでいます!

 どうぞ、お引き取り下さい!」


「いや。先生、我々にも報道の権利がですねぇ。」


「他の生徒の、安全で安心できる学校生活を守る義務が私達教師にはあります。

 それを妨害されるおつもり?

 あなた、どこの新聞社? お名前は?!」


「お、おい。行こうぜ。」


 武藤先生に叱責され、報道陣は面倒臭そうな顔を隠すでもなく、校門から足早に去っていった。遠巻きに見ていた生徒達は思わず口にする。


「さすが、武藤先生だ。」


「やっぱり誰に対しても怖いわよね。」


 でも私は、武藤先生の言葉に疑問を感じていた。


『あんな綺麗ごとを平然と。普段の言動なんて真逆じゃない?!』


 文化祭では作品を壊された美術部の皆の気持ちなんて、少しも汲んでくれなかったし。

 就職を決意していた和真君に対しての言葉も、自分の進学実績を上げたいだけって感じで冷たかったし。

 何より奥原さんへの言葉は一番酷かったわ?!


 そんな武藤先生が、まだ平然としていられるなんて……。

 雨守先生も、武藤先生に暴言を反省していただくところまでは、叶わなかったのかしら?

 でも、それはまだどうなったのかわからないものね。

 あとで雨守先生に尋ねてみよう。


*************************************


 雨守先生は一人、窓際の流しでコーヒーを淹れていらした。

 その背中に、るみちゃんは満面の笑みで挨拶をする。


「雨守先生! 久美子、明日は一緒に登校するって!!」


『先生、ありがとうございました!!』


「俺は何にもしてないよ。」


 振り向いた先生を見るなり、るみちゃんは短く悲鳴を上げた。私も息をのんでしまう。

 先生の右の頬に、4センチほどの傷口が横に走っていたのですもの。私とるみちゃんの声がそろう。


「『どうしたんですか? その頬!!』」


「あ? これか。これは髭を剃ろうとして……。」


 嘘だわ! 

 先生、そんなところに髭なんて生えないじゃないですか!!

 誰より間近にそのお顔を見知っている私にそんな嘘など通用しません!!


 とっさに私は先生の背後に回る。

 先生はあわてて身をよじって私をかわそうとするけど、私が見えていないるみちゃんの手前、自然な動作で避けきれるわけがないじゃないですか!!


『やっぱり!』


 先生の背中に手を当てた瞬間、その時の光景が私には見えた。


「『比留間先生に切られたんですね?』」


「え?」


 先生だけじゃなく私も驚いてしまったけれど偶然か、又もるみちゃんと私の言葉はそろっていた。


 そうよね……るみちゃんも心配だったものね。

 うっすらと涙を浮かべて。

 でもるみちゃんは先生に笑顔を向けた。


「なんとなく、そんな感じがしたんです。

 久美子から聞きましたから。

 先週襲われたところを、雨守先生に助けてもらったって。」


 とぼけようとするのをやめて、先生は顔をしかめた。


「……まあ、そういうことだ。こんな傷受けるなんて、素人はダメだな。」


「そうですよぉ~。でも、いたそ~。大丈夫なんですか?」


 顔を覗き込みながら尋ねるるみちゃんに、先生はなんでもないように答えた。


「まあ、普通に痛いよ。

 でも展覧会の絵も仕上がってるし。今日の放課後は、部活ナシな。」


「はい! じゃ、そんな先生には。」


 るみちゃんはいきなりつま先立ちになって背を伸ばすと、そのまま先生の傷に唇をつけたッ!!!


「なにすんだ?! おまえッ!!」


 先生は素っ頓狂な声を上げながら一瞬のうちに真っ赤に顔を染め、さらに汗だくになっていた。


 先生と同じく、私もびっくりしてしまいましたとも!


 と、同時に!

 ちょうどその場面に準備室へと壁をすり抜けて姿を現した後代さんは、

 目を見開いて黙ったまま、静かに後退してまた美術教室に戻ってしまった!


 るみちゃんだけが笑顔で言う。


「早く治るようにおまじない! 

 お礼ですよ、久美子助けてもらったお礼ッ。」


 叫ぶようにそう言うと、るみちゃんも耳まで真っ赤にして準備室から逃げるように走り出した。


「うわー、どうしようどうしよう!

 顔合わせにくくなっちゃったよ~う!!」


 そんなふうに喚くるみちゃんに引っ張られながらも、私は可笑しくなっていた。

 恥ずかしくて顔を合わせにくいかも知れないけれど、それはきっと大丈夫!

 だって私、口づけした後もお話ししてるもの!!


 それにしても守護霊に似ちゃったのかなぁ、るみちゃん。

 ああ~、でも人のするところを見ていても、こんなに気持ちが高揚するものなのね?


 後代さんも驚いていたもの。

 きっと後代さんだって、先生に好意をお持ちのはず……。


 あの後、先生、大丈夫かしらッ!

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