第二十二話 不気味の谷を越えて!!
その日の夜。
お風呂から出た後、るみちゃんは正木さんと会話再開(ほんとに凄いのね、相手の顔が映ったり、魔法の板を持ってなくてもお話できたり……私の時代では信じられないことばかりッ)。
勿論、話題はアラシのこと。
『あ~、さっきどこまで話したっけ?』
「私達から疑いかけられたって朝の書き込みから、
夜になったらアイツ鍵かけちゃたってとこまでです。」
るみちゃんは下だけ穿いて胡坐をかくように椅子に腰かけると、肩にかけたタオルで髪を乱暴に拭きながら答える。部屋には他に私だけとはいえ、とても人様には見せられない姿ですッ。
『ああ、うん、そうそう。
それでちょっと話戻すけど、
朝の件じゃ「小池先生も呆れてた」なんて私達バカにしてさ。』
「そこは事実だから反論できない分、嫌になりますねぇ。」
『だよね~。
おまけに浅野がお風呂入ってる間にさぁ!
私達美術部が滅茶苦茶なこと言ってるじゃんって発言も多くついちゃって。
そんな流れになったから悔しくてさ。
まあでも、そこに反論してもまた調子づくだけだし、スルーしたけどね。』
「私だったらキレちゃいますよ。
でもそんなふうに周りがあいつの言葉に踊らされてるのに、
なんで急に鍵なんか?」
『周りの連中は、また美術部に何か言われるのが嫌で鍵かけたんじゃないか?
なんて笑ってたけど。
でも実はさっき、あのバカと相互の友達から教えてもらったんだ。』
「流石、正木先輩!」
『あのバカ、フォロワーが皆自分の味方だとでも思ってるんだろうね。
でも去年の噂以来、あのバカのこと疑ってる人だって多いもの。』
うわあ……なんだか誰もがいくつも仮面をつけてる感じです……。今の時代の子ども達のおつきあいって、大変なのね。
「そのうちの一人が教えてくれたってわけですね?」
『そういうこと。でね?
あのバカと相互してる人の中に、
四年前にうちの学校を卒業した人がいるみたいでさ。
その人とだけDMでやり取りし始めんじゃないかなって。』
でぃーえむ? 確かその相手とだけやりとりできる、というものよね?
私たちの時代の文通みたいなものと理解しているけど。でも、それをするにはお互いに気のおけない仲でなければ……。
「あんな人でも、そんな相手がいたんだ?!」
るみちゃん同様にちょっと驚いてしまう。
『それも女の人で美術部だったって。
だからあのバカ、奥原に雨守先生尊敬してるって言われた前夜祭の夜さ。
「生徒が部活の先生を尊敬するなんてことがあるのか」って、
やたら尋ねてたみたいでさ。』
そりゃあ、アラシはどの先生に対しても敬意なんて持ってなさそうだもの。
『そうしたらその人が、「尊敬だけじゃなくなるかもね」だなんて。』
「まあ、尊敬が恋愛感情に変わるって、わからないじゃないですけどぉ。」
るみちゃんが引きつった笑いを浮かべながら白白しく言うと、間髪入れずに。
『浅野と奥原見てればわかるから。』
と、正木さんの乾いた笑い声が。やっぱり見透かされていたんだッ。
「でも、それじゃアイツ、雨守先生のことも恨んでたんじゃ……?」
『うん。
その人、さらにあいつを挑発するようなこと書き込みしてたんだってよ?
だけどあいつ、「あの先生は気味が悪いから二度と関わりたくない」って。』
でも雨守先生本人には何もできなくても、先生のパネルは一番酷く壊されていたもの……。アラシが先生も恨んでなかったはずはない。
正木さんは画面の向こうで、手の甲で器用に鉛筆を回しながら続ける。
『あいつが煮え切らないんで、その卒業生も「冗談よ」なんて返してたみたい。
まぁその時の書き込みは、もう消されてるみたいだけどね。
ああ、その人「陽子」ってアカウント。』
「名前は明るいのに、やってること陰湿な気しません?」
『そんな人が我が美術部出身と聞いただけで、私ぁもう残念だよ~。』
「まあまあ、正木先輩! 明日は肉食ってください肉!!」
『浅野が言うな。それ雨守先生のおごりなんだからね?』
そんなふうに正木さんと最後は笑いながら、その夜は更けた。
でも、私は一人、るみちゃんの寝顔を見つめながら気持ちが落ち着かなかった。二つのことが気になって、もやもやする気持ちがどんどん大きくなっていく。
一つは、アラシと重なってしまった時の、あの不快な気持ちのせい。
美術部の作品を壊した動機は私達の想像どおりだった。でも、関係ない写真部や書道同好会にはなんの恨みももってない。美術部だけを狙ったと思われないための姑息な工作に過ぎなかった。
それだけでも信じられないことなのに、私が震えたのは……彼は誰も信頼してないということ。親さえも。
それに先生達は誰一人自分に本気で向かって来ることはないと、それに周りの人間はネットで操れると、タカをくくっている。
去年の海野君への出来事で、そんな妙な自信をつけている。
そして、そんなアラシが奥原さんを気に入っていたきかっけは、去年の実行委員長の選挙のあと、アラシが落としたキーホルダーを奥原さんが拾って手渡してくれた……たったそれだけのことだった。その時、るみちゃんも一緒にいたはずだもの。そんな些細なこと私だって覚えていないなんだから、当の奥原さんだって忘れてるはず。
でもアラシは、相手の候補者を陥れたことで少なからず疑いの目を向けられて腐っていたから、そんな奥原さんの「行為」を「好意」だと勝手に受け止めて……(奥原さんが好みの美形ということも大きいけど)。
だから、奥原さんに対してアラシは今、裏切られたという思いを強くしている。
そして二つ目の不安。
でも、もしかしたらこっちの方が恐い。身の毛がよだつ思いがしたもの。
アラシが気を許しているらしい「陽子」という人。
陽子……太陽の子……それって「日の光」?!
私の推測が正しかったら、こんなに不気味なことはないわ?
雨守先生に、相談したい。
早く夜が明けないかしら……。
*************************************
「ご馳走様でした!」「ありがとうございました!」
翌日。満足そうな笑顔の写真部と書道同好会の生徒を見送って、皆は教室の流しで後片付けを始めた。
「先生は休んでてください。」
「そうか? じゃ、悪いが、頼む。」
正木さんに答えながら、雨守先生は私と守護霊の女の子をちらと見た。お話しがある、ということですね?
せめて展示ができなくなってしまった皆の楽しみだけは邪魔しないでと祈りながら、時が過ぎるのをただ待っていたから、先生の言葉を私は待ち焦がれていた。
でも壁をすり抜けて準備室に移ったとき、ぎょっとしてしまった。私の隣に、後代さんが続いて現れたから。
「ああ、そうか。深田は今知ったんだな。」
振り向いた雨守先生の言葉に、後代さんはその視線を追って私に目を向ける。
『深田さん、驚かせちゃったみたいね?
私もびっくりしちゃったけど、昨日、深田さんのビジョンを見たら。
私も美術教室にいるだけじゃ、だめだなって。
そう思ったらいてもたってもいられなくなって。』
「で。朝来たらここにいたんだ。驚いたよ。」
そう繋げる先生の言葉に、目を丸くしてしまう。
『じゃあ、もしかして昨日? 私が手を重ねたからですか?』
「ああ。それできっと深田の能力が少し、後代に移ったらしい。」
先生の言葉を受けて、後代さんは微笑んだ。
『動けるのはせいぜい美術教室の周り程度だけど。それでも嬉しい。』
「死んだ場所の縛りは、簡単に消えないからな。
それに、相手が見えて声が聞こえるのは相変わらず深田だけだ。」
『大丈夫。先生が間に立ってお話ししてくれるから、わかります。』
後代さんも一緒に話を聞いて頂けるのなら!
『それで雨守先生、私、昨日から気になることが……。』
雨守先生は聞き終えるなり私に頭を下げた。
「すまなかったな、深田。想像以上にあいつは歪んでいるようだ。
そんな奴の心をのぞかせてしまって。」
そんな! もったいのうございますッ!! 突然のことにうろたえてしまう。
『いいえ。でも、あんな気持ちで生きている人がいることに戸惑ってしまって。』
「それは無理もない。だが君が言うもう一つの不安も、気になるな。」
眉間に皺を寄せた先生の言葉に、後代さんは首を傾げた。
『四年前の美術部に、「陽子」なんて生徒はいなかったわ?』
やっぱり!
「深田の推測は、恐らく当たっているだろう。
山風が食いつきそうな話題を振りながら、近づいたんだろうな。
『陽子』というアカウント、日の光がさす時間という含みを持たせて……。
比留間だ。」
やっぱり!!
『でも、先生ともあろう方が、そんなことをするものですか?!』
そう! アラシの心もそうだけど、比留間先生の心だって信じられないです!
でも雨守先生は静かに首を振る。
「教師だって人間だ。闇を抱えてる者もいる。
武藤を面白く思ってない教師がいても不思議はないが……。
なんだか根が深そうだな。」
『不安要素が二つもあると、困りますね。』
先生と同じように眉を寄せた後代さんに、先生は顔を上げた。
「だが人を利用しようという奴が、自ら直接行動をとることはない。
今注意すべき対象が、山風だということに変わりはない。」
そして雨守先生は守護霊の女の子の前にかがむと、その頭をなでるような仕草をされた。
「なあ。奥原が家にいる時って、家族は一緒にいるかい?」
女の子はすかさず頷く。
「そうか。じゃあひとまずは安心だ。
でももしも何かあった時はなんでもいい。
身近な家のものを壊してでも家族に……。」
すると先生が言い終わる前に、女の子はにこっと笑いながら手で何かを折るような真似をして見せた。それを見て先生はくすっと笑う。
「そうか。えらいな。
そうやって今までもなにかしら知らせて守っていたんだな。
じゃあ、それで頼む。」
そして先生は立ち上がると、私たち一人ひとりを見る。
「明日で文化祭も終わる。」
『彼がスター気取りでいられるのも最後の日、というわけですね?』
静かだけれど、また息が止まるような恐ろしい光を湛えた目つきになっていた後代さんに、先生は頷いた。
「ああ、気持ちが大きくなってるだろうな。なにかしでかさないとは限らない。」
続いて先生の瞳は真っすぐ私に向けられた。それだけでも息が止まるのに!
「三人の中では一番動けるのは深田だけだ。もしもの時は、当てにしてるぞ!」
そんな目でそんなことおっしゃられたら私ッ! 昇天しちゃいますッ!!
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