第二十一話 変な人ばっかりですッ!!

「るみちゃんの言ったとおり……綿毛、ついてた。」


 美術教室に残っていた奥原さんは一人、目を赤くはらしながら、割られてばらばらになった皆のパネルを、それでも丁寧に整えながら束ねていた。


「証拠を突き付けるにも、相手の逃げ道をふさいでからだ。

 それも証拠としては弱かったがな。」


 雨守先生の言葉に、皆黙ってうなだれたまま一緒に片付けを始める。暗幕もおろして一段落した時、雨守先生は皆に尋ねた。


「皆はあいつをどうしたいんだ?」


「先生は、信じてくれるんですか? その……。」


 正木さんの思いつめた声に、雨守先生は後代さんに視線を向け、迷いもなく答えた。


「これは山風がやった。信じるもなにも、それは事実だ。」


 後代さんも深く頷く。そして先生は改めて皆を見渡した。


「皆、俺の質問にも答えろ。山風を?」


 皆、しばらく黙っていたけれど、うつむいたまま横目で見合わせると、一緒に口を開いた。


「謝らせたいです。」


「そうか……そうだな。謝らせるなら、心からの言葉じゃないとな。」


「先生! それじゃ……。」


「俺も彼には謝らせたいからな。

 だがあまりにも理解できないことをするような奴だ。

 まだなにか、やらかさなければいいが……。」


 そう言いながら先生は黒い上着のポケットに手を入れ、そこから出した小さなビニールの袋を奥原さんにかざした。

 そこにはタンポポの綿毛!

 私が見つけたものだ!!


「先生、それ、もう証拠には……。」


 力なく呟いたるみちゃんを一度見やると、雨守先生は視線を落とし、奥原さんの守護霊の女の子に向かって言った。


「証拠にはならなくともお守りにはなる。いざとなったらこれを見せてやれ。」


 女の子は力強く頷いた。奥原さんは少し戸惑いながらも、先生から渡された小さな袋を、胸のポケットにしまい込んだ。


「やっぱり、久美子のとこ、また来ますよね?」


「わからん。だがその時はどついてやれ。」


 尋ねたるみちゃんに、雨守先生は今度は私を見つめてそうおっしゃった! 

 ど、どつく? 私、そんなことできませんよ?!

 でもるみちゃんは自信満々に胸を叩く。


「任せてください! 一番敏感なところ蹴り上げて……。」


 言いかけてるみちゃんは顔を赤くした。だって、先生の、その、股間を見つめながらなんてことをっ。はしたないわっ?!

 雨守先生はお気づきにならなかったのか真顔でしたから、余計に恥ずかしいです!!


「おい冗談だ、浅野。暴力はやめとけ? 逃げればいい。 

 だいたい一番敏感なって……まあ、敏感に感じるだろうがな。」


 最後はまた私を見つめておっしゃるから、さらに恥ずかしく……いいえ、違いますね?!

 一部分でも重なることで、きっと私には相手の心がわかる!

 彼が何を考えているのか!


 雨守先生はるみちゃんの後に立つ私に、大きく頷いて下さった。そして教室の隅の後代さんも、同じように。


 そうだわ! 私にも、まだできることが。私にしかできないことがあるんだわ!


************************************


 帰りの登校坂。

 あれから美術部の皆は、浮かれた周りの喧噪から離れ、次の展覧会に向けて黙々と準備に取り組んでいた。

 だから今はもう、泣きべそなんてかいてない。それに。


「それにしても明日美術教室で『すき焼き』やろうだなんて、

 雨守先生、発想が可笑しいよね。」


 るみちゃんは屈託のない笑みを奥原さんに向ける。


「写真部と書道同好会の皆も誘ってなんて、雨守先生らしいじゃない。

 でも教室でそんなことして、先生あとで怒られないかな?」


 少し心配そうに眉を寄せた奥原さんの背中を、るみちゃんはポンと叩いた。


「どうせ一般公開の間は外も屋台のいろんな匂いが蔓延してるし、平気平気!」


 お肉は先生が調達されるそうだから、二人で他の物をスーパーに買い出しに寄っていこうってことになっていた。


「それにしても、つまんない文化祭になっちゃったね。」


「私たちはともかく、正木先輩、副島先輩には最後の文化祭だったものね。」


 あの二人の悔しさも、どれほどのものかしら。でも突然るみちゃんは目を丸くして顔を上げた。


「あ! それもあってのすき焼きか?!」


「『るみちゃん、今頃気がついたの?』」


 偶然奥原さんと私の言葉は重なった。可笑しくなって笑いあっていると……まただ!

 脇の茂みからアラシがぬうっと! 思わず身構える私達!!


「なんの用?」


 睨みつけるるみちゃんに、悪びれもせずアラシは仁王立ちになった。


「奥原の気持ちだけ確かめておきたいんだ。

 奥原は俺のこと、疑ってるのかどうかってな?」


「よくも、ぬけしゃあしゃあとっ!」


「浅野、お前に用はない。」


 すると奥原さんも、真剣な目でアラシを見上げ、毅然とした態度で答えた。


「私も山風先輩に用はありません。疑うもなにも先輩ですよね? やったのは!」


 アラシの頬がぴくりと痙攣した。そして声音を一段低くして唸るように呟いた。


「へえ……そうかい。なるほどね。思わせぶりなぶりっ子だったわけだ……。」


 な、なんのこと言ってるの?

 奥原さんのこと、好きなんだろうってことは薄々わかっていたけれど……それだけじゃ、ない?


 と、突然アラシは表情を変えた。あの前夜祭と同じ、恨みがましい目だわ?!

 そしていきなり奥原さんへとその腕を伸ばす!


 その瞬間、守護霊の女の子はばっと舞い上がるや奥原さんの胸ポケットからあの袋を取り出し、アラシの顔に叩きつけた。


「なっ! なんの真似だ! ふざけやがって!!」


 いきなり目の前に張り付いたビニールの袋を払い落とそうと、アラシは目をつぶったまま暴れる。


「なに一人でやってんだろ……って、そんなこといいや!

 逃げるよ? 久美子!!」


「う、うん。」


 二人は足早に駆けていく。

 アラシがようやくその袋をはたき落としたその手を見つめた時、そこにはあの綿毛が。アラシはそれを凝視して青ざめた。

 でも、それでかえって逆上してしまったみたい。うおおおおっと獣のように叫びだした。


「待てっ!!」


 アラシは二人を追いかけようと、私の目の前を横切って駆け出した!

 でもまだ私、どついてない……って先生ッ、私じゃアラシを止められませんっ!!

 すると走り出したアラシの目の前に!


「待つのは君だ!」


 突然、これもやはり登校坂の脇の茂みから、一人の男性が現れた!

 すっ、とアラシの前に立ちふさがる!!


「なんだ、てめえ? ひ、比留間ッ……。」


 え? 比留間って、あの比留間先生?

 でも学校で見る比留間先生と、印象が違う……。アラシを人だとも思わないような冷たい目つきで睨みつけている。

 でも先生が一体どうしてここに?

 といいますか、どうしてそんなところからッ?!


 比留間先生は自分より大きいアラシを悠然と見上げる。


「僕も見てるんだよ、君たちがやってるネット。

 奥原君が君に好意をもって告白するはずがないじゃないか。

 それに思いのままにならないからと、暴力はいけないなあ。」


 ちっちっちと、比留間先生は右の人差し指と中指をそろえて立て、額の前で左右に振った。


「なんだよ、比留間のくせにッ!」


「粗暴な人間から教師が生徒の安全を守るのは当然だよ。

 君も実行委員長を気取るなら、学校に戻って最後の見回りでもしたらどうだね?

 まさか今朝のは、本当に君の仕業じゃあ、ないだろうね?」


 不敵に笑って……これってまさかアラシを挑発している?


「ふ、ふざけるなよ。」


 アラシは歯ぎしりをしながら、振り上げかけた拳を下ろした。


「おや? なぁんだ。まだそんな分別はつくのか。」


 比留間先生は嘲笑した。


「山風君、いいね? 

 くだらない噂を流すのもいい加減にしないと、そろそろ火傷するよ?」


「ふん!!」


 ぺっ と唾を吐き、アラシは踵を返した。そして後ろにいた私を正面から通り抜けていった!

 その瞬間、ぞわっと身の毛がよだつ思いが。

 これが……彼の心?

 どう整理したらいいのかわからなくて、目だけが自分のものじゃないみたいに左右にせわしなく動くっ!


 と、一人残った比留間先生は、アラシの後姿を冷めた目で見つめながら、独り言のように呟いていた。


「あいつが問題を起こしてくれれば、あの担任もいよいよ立場がないはずだ。

 だが、奥原君を……」


 なんなの? この人……うわっ! まただ。

 比留間先生が何を言おうとしていたのか聞き取れないまま、離れすぎた私は一気にるみちゃんの下に引き戻されていった。

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