第十八話 なにを企んでいるの?!
「ホント、よく言ったよ久美子! 雨守先生のくだりも、今日は許す!!」
るみちゃんたら、同じことを何度も言っている。
まだ興奮冷めやらぬ様子のるみちゃんは、並んで歩く奥原さんを見上げ、その背中をポンポンと叩いた。
前夜祭のあと、美術教室で展示発表の準備を終えてからだから、もう辺りはうっすらと暗くなり始めている。
守護霊の少女が嬉しそうに見上げる奥原さんは、頬を赤らめ、はにかみながら答えた。
「だからあれは勢いなんだってば。
雨守先生があの場にいらっしゃらなかったから、言えたんだし……。」
前夜祭には生徒会顧問の先生……それも副顧問の先生が二人ほどついてただけだから、雨守先生は奥原さんの発言はご存知ない。
だけど私は一人、まだアラシのあの時の「目」が気になっていた。奥原さんの背中に向けた、あの恨めしそうな目。あのまま大人しく引きさがるなんてことがあるのかしら?
と、まさにその時!
登校坂を照らし始めた街路灯の下に差し掛かった二人の前に、脇の茂みからアラシがぬうっと姿を現した。
まさか、待ち伏せされた?!
とっさに私と女の子、そしてるみちゃんは一歩前に出た。先に口を開いたのはるみちゃんだ。
「なんの用ですか?!
雨守先生が笑いながら酷いことを言っただなんて嘘を全校の前でつくなんて、
いったいどういうつもりですか?!」
すると驚いたことに、アラシは至極真面目な表情でるみちゃんを見つめ返してきた。
「あの先生のことはともかく、いきなりだったことは奥原に詫びたいんだ。」
「いきなりじゃなくたって、
久美子は先輩の気持ちなんて受け止めませんからね!」
るみちゃんはアラシに食ってかかる。同じように女の子もアラシを睨みつけていた。
でも奥原さんは、そんなるみちゃんの肩に手を置いた。
「いいよ、るみちゃん。」
そしてアラシを見上げる。
「お話しだけなら、伺います。」
驚いたるみちゃんに、奥原さんは頷いて返しただけだった。
それを見て、アラシは頭を掻きながらるみちゃんに告げた。
「浅野だっけ? 疑うのは構わんが、すこしの間だけ離れてくれないか?
俺は奥原に謝りたいんだ。」
「久美子に手を出したら大声出しますからね?」
「分かってるって。」
渋々るみちゃんは二人を見つめながら後ろに下がる。
でも私はここで、アラシが何を言うのか確かめよう!
「あ~、うん、そのへんならいい。」
アラシはるみちゃんを遠ざけていた手をおろすと、おもむろに姿勢を正し、奥原さんを見下ろした。
何を言うかと思えば……照れ臭かったのか、やたら手をふったり、眉間にしわを寄せたり頭を掻いたりしながらも、ただ奥原さんに本当に謝っただけだった。
そしてアラシはまた学校へと坂道を戻っていってしまった。
なんだったのかしら……本当に、なんだかあっけないわ?
「先輩、なんだって?」
坂道を駆け上がっていくアラシの後姿を横目で見つめながら、るみちゃんは怪訝そうな顔を奥原さんに近づけた。
「なにって……小さな声だしはっきりしなかったけど、謝ってたんだと思う。」
「なにそれ? でもまたなんで学校に?」
「俺はまだ実行委員長の仕事があるからって。」
「ふーん。まあ、一応委員長だもんね。」
なんだか薄気味の悪い思いを抱えながらのその夜。
るみちゃんがまた下着姿で椅子に胡坐をかきながら、自分で言ってしまう「えろ絵」なるものをぱそこんで描いていると、魔法の板が振動した。
「ん、正木先輩? こんな時間にどしたんだろ?」
呟きながらるみちゃんは板の面を撫でる。すると板から彼女の声が響いた(この板、本来はこんな電話の役割をするのよね)。
『浅野! ネット見てみなよ?』
言われて再びるみちゃんは板の面を撫でる。
「え? これ山風先輩の書き込み?」
なになに? 私も覗き込むと、そこには。
《向こうから俺にコクってきたのになあ》なんて書き込みが。
なによこれ? なんだか既にたくさん拡散されてるみたい。でも。
「そんなはずないじゃないですか!
なに言ってんのかしら?
妄想もいい加減にしろってんですよ!」
妄想炸裂中だった自分は棚に上げて、るみちゃんは呆れた声を上げる。それに正木さんの声も同調する。
『だよねぇ。こんな程度で済めばいいんだけど……。』
でも、その翌朝。
登校した私達はとんでもない光景を目の当たりにした。
昨日、展示準備を終えたばかりの美術教室が、変わり果てた姿に!
皆の絵は壁から落とされ、パネルごと足で踏みぬかれたように穴があけられていた。
それに賛助作品として展示されていた雨守先生の絵は、カッターナイフでズタズタに切り裂かれていた。
誰もが言葉を失くしたその教室の奥に、黙ったまま瞬き一つせず、まるで誰かにとり憑こうとするかのように、恐ろしい目をした後代さんが立っていた。
その後代さんが教室の入口に、凍るような視線を向けた。
するとすぐそこに、血相を変えたアラシが他の男子生徒と一緒に美術教室に駆け込んできた。
「ここも荒らされたんだって? いったい誰が? ひでえことしやがる!」
「ここもというと?」
冷静な表情のままの雨守先生の問いかけに、アラシと一緒にやってきた男子が息を切らせながら答える。
「僕、警備係長なんですけど、上の階の書道同好会と写真部の展示も同じように荒
でも彼が何かまだ言いかけてるのを無視して、るみちゃんは叫んだ。
「山風先輩! 昨日あの後、学校に戻りましたよね?!」
「ああ。……なんだ? まさか俺を疑ってるのか?」
不本意な言葉に驚いた、という表情のアラシに向かって正木さんも続ける。
「奥原にフラれたことの腹いせなの?!」
「私のだけならともかく、先生の絵まで……酷い!」
ボロボロになった雨守先生の絵に、震える手を伸ばしながらしゃがみこんでしまった奥原さんも、いつになく感情を露わにしている。
そんな美術部の皆を見つめ、アラシは声を荒げた。
「ちょっと待てよッ!
荒らされたのはここだけじゃないんだぜ?
実行委員長の俺が、俺の文化祭を壊す真似するかよ?!
疑うにもほどがあるぜ!」
そして、警備係長の子を促して怒ったようにどすどすと足を踏み鳴らして去っていった。すぐに雨守先生は切り出した。
「これじゃあ美術部の一般公開は無理だな。
学校が警察入れるかどうか知らんが、とりあえず入口だけは閉めておこう。」
「こんなの悔しいですよ!」「あんまりです!」
「お前達の気持ちはわかる。だが冷静になれ。」
泣きながら訴える正木さん、副島君を雨守先生が見つめた時、放送が。
緊急の職員連絡会を開くから、先生方は職員室に集まるようにと。そして生徒はそれぞれの企画や担当場所で待機、ということだった。
雨守先生はため息交じりに、るみちゃんの頭を片手でつかむと、わしわしとその髪をかき回すように撫でた。
「だとさ。今日くらいは俺も出ないとな。皆は、準備室でコーヒーでも飲んでな。
浅野、淹れ方わかるな?」
「……はい。」
皆、泣きながら準備室に移っていく。こんなのってあんまりだわ?
と、じっとるみちゃん達を見ていた後代さんが口を開いた。
『深田さん、聞いて。』
『はい?』
後代さんは今も私が他の幽霊が見え、その声が聞こえていることを知っている。
『これをやったのは彼、山風よ。私には止められなかった。』
やっぱり!!
悔しそうに後代さんは唇を噛む。
『先生には伝えてあるわ。でも幽霊の証言じゃ、証拠にならない!』
後代さんは床を睨みながら激しく首を振った。
じゃあ、先生は知っていらっしゃりながら、さっきは皆みたいにアラシを疑う真似をせず……?
次に顔を上げた時、後代さんは見えるはずのない私に、まっすぐその瞳を向けていた。
『気をつけて。
自分でやっておきながら平然とここに来られるなんて、まともじゃない。
彼、きっとまだなにか企んでいるわ。』
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