第十九話 自分にびっくり!
後代さんに頷いて答えたけれど、後代さんには伝わらない。でも、何か私なりに応えたい!
その思いにかられたまま後代さんに歩み寄ると、無理だとわかっていても、その手を握ろうと手を伸ばし、重ねた……その時。びりっと、まるで電気が体を駆け抜けたみたい。重なったはずの二人の右手は、霧のようにぼやけている。それと同時に私の目の前は、まるで夜空に瞬く曳光弾の光のように輝いた。
これは……そう! 私が死ぬ直前に見上げた空だわ!!
でもそこに重なるように、まったく別の光景が見えてくる。
描きかけのキャンバスを見上げ、そこに伸ばす絵筆を持った右手が震えている。これって、床の上に倒れてるということ? 寒い……寒さなんて感じないはずなのに……寒い! 視界が、だんだん真っ暗になっていく。
これって!!
『眩しい……熱い……。この光景って。もしかして、深田さん?』
はっとして顔を上げると、後代さんと目が合った。
『私が見えますか?!』
でも後代さんの答えはない。見えてはいないんだ……でも確かに今、お互いが死ぬ直前の光景を見たんだわ。
後代さんは見えていないはずの私をまっすぐ見つめる。
『深田さんがそこにいるって、私の気持ちが通じたって、はっきりわかるわ!
あいつのことを許せない、同じ気持ちだということも!』
そう、言葉が届かなくても気持ちは同じです!
これって「他の幽霊と重なることで、その人の力をもらってしまう能力があるのでは」という雨守先生の推測とは少し違う感じもするけれど……でも、これがきっと私が持っていた力なんだわ。
後代さんは意識がなくなる直前まで、絵を描こうとしていた。その後代さんにとって、目の前で皆の絵が壊されていく様を見せつけられるのはどんなに悲しかったか。止めることもできなかったことがどれだけ悔しいかったか、今はよくわかる。
後代さんのためにも、私は私にできることをしたい!
雨守先生はこのままにしておこうとおっしゃられたけど、それは生きた人が触ったらいけないということよね。アラシがやったという証拠を、なにか見つけられないかしら?
私は蹴り破られたパネルの一つ一つをくまなく見つめる。幽霊だとこういう時、床下に体を沈めることも出来るから触れなくても裏側まで見える。でも、靴の跡がつかないようにしたのかな? 大胆なことをする割に変なとこに気が回るわね。
足跡は見つからないけど……あれ? これは! タンポポのタネ?! タンポポの綿毛が付着していた!
私が生きていた頃は梅雨入り前には花の時期が終わっていたのに、今は夏の間も見るもの。それも花も大きくなって、いろんな場所で。
昨日アラシは登校坂の脇で待ち伏せていたわ。その時に着いていたんじゃ?!
『後代さん! 見つけたわ! アラシがやったという証拠を!!』
これをるみちゃんに伝えれば……でもうっかり憑依してるみちゃんの意識を失わせてもいけないし。だけど触れるだけでもいいんじゃないかしら?
後代さんと気持ちが通じたように、意識を「タンポポ」って集中させれば、きっとるみちゃんに届く!
そう思いつくと同時に居てもたってもいられなくなった私は、壁を通り抜け、隣の準備室に飛び込んだ。るみちゃんは窓際の流しに向かって立っていた。
『るみちゃん! あったわ! アラシがやったって証拠が!!』
「キャッ!」
いけない! 無我夢中で慌ててるみちゃんの肩に手を重ねて念を送ったからッ!!
るみちゃんはびっくりして、手にしていたどりっぷぽっとを流しに落としてしまった。ぽっとの落ちる音と一緒に、流しに熱湯の湯気が立ち込める。
「大丈夫か? 浅野!!」
後ろですっかりしょげていたはずの副島君が叫んだ。守護霊のくせに私、何してるんだろう?
「だ、大丈夫です、副島先輩。」
ああ、良かった。火傷もケガもしなかったみたい。るみちゃんは胸を抑えながらゆっくりと振り向き、口を開いた。
「びっくりしちゃって。急に、頭の中に……タンポポの綿毛が。」
るみちゃんに伝わっていた!
「な、なにを言ってるの? るみちゃん。」
るみちゃんの代わりに流しに落ちたどりっぷぽっとを片付けながら、奥原さんが顔を覗き込む。
『るみちゃん、皆に伝えて!』
私の声とほとんど間も開けず、るみちゃんは皆に訴えた。
「パネルよ!
壊されたパネル調べてみようよ! きっとタンポポの綿毛がついている!」
「どういうこと?」
戸惑う奥原さんをるみちゃんは振り返る。
「あいつだよ! 山風先輩だよ!!
昨日、登校坂脇の茂みから出てきたじゃない?
久美子待ち伏せてた時に服に着いたはずなんだ!
あのあと学校に戻って壊したに違いないもん、
だからそれがきっとパネルにもついてるよ!」
そうそう、やったわ! 早く皆で……。
「でも、雨守先生がこのままにって……。」
副島君、奥原さんの声が重なった。でもすぐに正木さんが顔を上げた。
「浅野、調べてみようよ。でも、雨守先生が戻ってからにしよう?」
ん……それは、そうだけれど。るみちゃんと並んで、ちょっとしゅんとなってしまった、その時。準備室の戸が開いた。
「雨守先生!」
私達の視線が集まる中、無表情の雨守先生は戸口に立ったまま、静かに口を開いた。
「最初に言っておくが、感情的になっておかしなことをするな。
君たちがすべきことは、絵を描くことを絶対に止めないことだ。
どんな横暴にも、それをあきらめたら負けだ。」
え? ど……どういうことですか?
「雨守先生、職員会でどう決まったんですか?」
「あいつの仕業に決まってますよ!!」
正木さん副島君は先生に詰め寄った。でも、雨守先生は動じることもなく、静かに答えた。
「俺は警察を入れるべきだと言ったんだがな。
だが美術部、写真部、書道同好会の展示発表を損壊したのは、
外部の者とは限らない。
校内で起きたことは校内で解決するんだそうだ。」
「それって答えになってないじゃないですか?!」
目を剥く正木さんを先生はまっすぐ見つめる。
「大事にしたくないのが、どこの学校でも共通する姿勢だ。
一般公開まで時間がないが招待した客も多い。
不祥事を表に出さないよう、発表のできない会場は閉めておく……だそうだ。」
「そんなの納得できないですよ!」
頭を激しく振る副島君の肩に手を置き、先生は皆を見渡した。
「反論したのは俺だけだったが、非常勤講師の発言は参考程度だそうだ。
だがこのままでいいはずがない。俺に預けてくれ。
くれぐれも
雨守先生が言いかけている間に、るみちゃんは戸口近くにいた先生を押しのけるように廊下に飛び出した。
「浅野ッ!」
するとすぐ続くように正木さん、副島さんも飛び出して行ってしまった。
『先生! 私、見つけたんです! パネルにタンポポの綿毛がッ!!
昨日、彼がここに来る前につけていたはずなんです!』
雨守先生は叫んだ私を見つめ、驚かれたように目を大きく開いた。でもすぐ、立ちすくんだまま一人残っていた奥原さんに教室へ行くよう促す。
「もう発表はできないからな。片付けを始めよう。」
どうしてそんなに、落ち着いてらっしゃるのですか?! 失礼ながら私、ヤキモキしてしまいます!
先生は不安げな女の子と奥原さんを先に教室に送ると、そんな私に振り向いた。
「已むを得んとはいえ、俺の言葉足らずだったな……。」
その時突然!
先生が何かまだ言おうとしてらっしゃるのに、離れ過ぎた限界がきたのか、私はいきなりるみちゃんの下へと引っ張られていった。
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