第十七話 何を一人で酔っているの?!

 明日からの文化祭本番での各倶楽部の催しもの紹介や、学級ごとのダンス披露が繰り広げられた前夜祭も、まもなく終わろうとしていた。

 暗幕で囲まれた講堂は、お祭り騒ぎで浮かれる生徒たちの熱気に包まれていた。


 アラシは一人スポットライトを浴びて、講堂に設けられたステージの中央に立っている。

 その奥の壁一面の大きな紙に、アラシは大きな刷毛で赤く色を塗っていく。

 勇壮な曲に合わせてその巨体を大袈裟に動かすアラシに、声援まで飛んでいる。


 なによ? 美術部の皆で予め鉛筆で下書きしてあるのに!

 私だけじゃなく、講堂の後ろの壁に寄り掛かるようにして隣に並ぶるみちゃん達も、苦々しくその光景を見つめていた。


 と、最後に絵の中央の人物が手に握った太陽を塗り終えると、アラシはマイクを取った。


「みんな! 聞いてくれ!!」


 なんだなんだと言うどよめきの後、全校生徒はスポットライトを浴びるアラシに注目する。


「あいつ、何を言うつもりなんだ?」


 副島君の疑問は私の疑問でもあった。当のアラシは皆の視線が自分に集まっているのを確かめると、拳を振り上げて叫んだ。


「今日のこのステージバックは、

 美術の先生はお前にできるわけないだろうと、鼻で笑った!」


「ふざけないで、なに言ってんの?!」


 正木さんが目をむいて叫んだけれど、それは周囲で「本当か!」「酷い教師だ!」と口々に叫ぶ生徒の声でかき消されてしまう。

 アラシはそんな声を制するように両手を上下させると、気持ち悪いほどさわやかな笑顔を作って顔を上げた。


「でも俺の熱意を買ってくれた子が、

 この俺のために下書きをしてくれたんだ! 俺のためにだぜ!」


「下書きのこと黙っろってアラ……自分で言ってたんじゃないのっ?

 誰があんたのためなんかにッ!」


 るみちゃんが叫ぶ。そうよ、何を言ってるの?

 全校生徒の目は、不意に黙り込んだアラシに注がれる。これって、十分間をとってるのかしら? なんていけ好かない演出! 

 すると突然、アラシはこっちを見て叫んだ。


「その子の名は、二年生の奥原久美子~ッ!!」


 ええっ?! るみちゃんはもちろん、名前を呼ばれた奥原さんは呼吸を忘れたかのように硬直した。 


「皆~! これって愛だろ~お?!」


 アラシは止める様子もない。 


「バカ言ってんじゃないわよ?」


 怒鳴るるみちゃんの声は、周囲ではやし立てる生徒たちの声にかき消される!


「おーっと! いきなりの告白でーす!!

 さあ奥原さーん、どーこーに……。

 あっ! いた! こっち来て、一言どうぞ~!」


 司会の子まで調子に乗って!!

 もう一つのスポットライトが講堂の後ろに立っていた奥原さんを照らし出した。


 口笛やひゅーひゅー言う声が奥原さんを囃し立てる。皆、なんて嫌らしいの?!


「行くことないよ、久美子っ!!」


 るみちゃんは引き留めた。でも私はもちろん美術部の皆が驚いたことに、奥原さんはライトに照らされながら歩き出した!!

 囃し立てながら左右に開いていく人垣の中を進み、ステージ前まで進むと、奥原さんは壇上を見上げた。 


「私が   て るのはっ!」


 マイクなしで叫んだ奥原さんの声は、良く聞こえなかった。すると一段と囃し立てる声が大きく響き渡る中、司会の子が声を張り上げる。


「皆! 静かにして! 聞こえないじゃない!」


 そして奥原さんに笑いかける。


「奥原さん! ほら、マイク使って!」


 そのままステージから飛び降りた司会の子は、マイクを奥原さんに向けた。マイク越しに奥原さんの深呼吸の息遣いが、かすかに聞こえた。

 そして次の瞬間、彼女ははっきりとこう言った。


「私が尊敬しているのは、その美術の雨守先生ですっ!」


 一瞬、呆けた顔をしたアラシの顔に、手にしていた刷毛が弾かれたように飛ぶ。奥原さんについていった女の子が、壇上に上がってそれをはたき上げたのだ。

 べチャッと髭のようにアラシの顔下半分は赤くなった。ざまをみろですわ!


「よく言った! 久美子ッ!!」


 るみちゃんだけでなく、美術部皆は小さくがっつぽーずを作ってお互いに手を叩いて喜んだ。


「いや~、実行委員長の山風君! フラれちゃったね~っ!!」


 司会の子の声に、講堂は一斉の爆笑の渦に包まれた。髭はアラシの照れ隠しだと皆は思い込んだらしい。でもアラシも黙ってない。


「バカ言え。照れてるだけだよ。なあ奥原?」


 それには答えずくるっと背を向けると、奥原さんは目をつぶって人垣の間を歩き出した。


「無理もないよね~。

 いきなりコクられてびっくりしちゃった彼女にも拍手~っ!!」


 司会の子の声に、場内の興奮はまた一段と大きくなっていた。


 にやけながらアラシは壇上から降りて人の波の中に見えなくなったけど……一瞬、こちらを恨めしそうに睨みつける目を私は見逃さなかった。

 なによ?

 自分が恥をかいたのは、あなたのせいでしょう?

 それよりなによりこんな衆目の中で奥原さんの……いいえ、奥原さんだけじゃない。

 人の気持ちを弄ぶなんて、絶対に許せない!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る