第十六話 なぜか不安は消えません!!
翌朝、始業前に美術部の皆は雨守先生の準備室に集まっていた。小体育館での例の一件を終えてから……。
「結局、美術部が利用されたって感じです。あのバカに!」
「あいつ、汚い手を使うよなぁ。まったく。」
息巻く正木さんと副島君に、奥原さんは恐縮して頭を下げる。守護霊の女の子はそんな奥原さんにぴったりと寄り添って、心細そうに皆を見上げていた。
「すみません、私のせいで。
でも下書きまで断ったら、なんだか余計しつこく付きまとわれそうで……。」
正副の二人は渋い顔で頷きながらも、まだ腕組みを崩さない。
「奥原は全然悪くないわよ。
それに今朝皆で行ったから、あのバカも奥原に手出しできなかったんだし!」
「でもあいつ、それで面白くなさそうな顔していたからな。
また何かしてくるかも知れないよな?」
るみちゃんも私も深く頷く。そう、私もそれが心配なのです!
「人が嫌がってる様子を理解できないバカ……か。」
雨守先生はひとしきり皆の不満を聞いた後、椅子にかけたまま開いた窓外に目をやり、呟いた。
「こうなったら昨日の動画、拡散しちゃいましょうよ!」
ほとんど同時に叫んだ私とるみちゃん。だってあの人だって!
でも先生は私達二人を真剣な目で見つめ返した。
「ネットにか? 駄目だ。それは絶対止めろ?
あいつと同じことしていいってことにはならない。
俺は浅野を犯罪者にしたくはない。」
「先生……。」
ああ、今、るみちゃんが嬉しくなってぽわ~っとなったの、よくわかる!
でも雨守先生はやっぱり鈍ぅございます。
「なんて顔してるんだ、浅野。朝早かったから眠いのか? 顔洗ってこい。」
「違いますよおおお。酷おおおい。」
嘆くるみちゃんをなだめるでもなく、雨守先生は淡々としていらっしゃる。
「それに真偽も確かめず面白半分に広げる奴も多いのが現実だ。
去年だったんだろ? 実行委員長の選挙って。
その時の対立候補者への中傷。
発信源のあいつは書き込みも消してるんだろうが、広げた奴らも共犯だ。」
その時、始業前の予鈴が鳴った。三年生はあわてて準備室を後にする。るみちゃんと奥原さんは一時間目がちょうど美術の授業だった。
「ほら、浅野、奥原。教室に行って皆に指示して準備始めててくれ。
俺は少ししてから行くから。」
「はーい。」
先生に応えて奥原さんを促しながら、るみちゃんは渋々先に教室に行ったけど……私は一人残っていた。
「やっぱり浅野から離れられるようになってたんだな。」
私に振り返った先生は、驚かれた様子もない。やっぱり昨日ご覧になって?
『お気づきになっていたんですね?
あの時、女の子とぶつかってからなんですが。』
先生は穏やかに、でも目は真剣に私を見つめてくださる。
「女の子のスキルを吸収したのか……君の特殊能力なのかもな。
物には触れられる?」
『いえ、そこまでは。』
「そうか。やはりあれは高難度なんだろうな。」
『あのう、雨守先生? どうかなさったんですか?』
実は、朝から先生の深刻そうなお顔が、気になっていました。
「ん? 俺には深田のほうが心配ごとを抱えてるように見えるが?」
ああ、やっぱりだ。先生はご自身のことより、いつも周りを気にかけてくださる。もしかして、それで先に二人を教室に?
少し、嬉しさも感じたけれど、今は不安の方が……。
『実はそうなんです。
アラ……いえ、山風君の、あの無神経さと言いますか。
相手の気持ちなんて全然考えていないところが。
いつもるみちゃんや私がそばにいるとはいっても、
きっとまたなにか奥原さんにしてくるんじゃないかって。』
「そうだな。
だが、ああいうバカのやることは予測できない。防ぎようがない。
俺に出来るのは、霊の声を聴くくらいだ。」
先生は何かお知りになったのかしら?
『では、なにかアラ……山風君のことで?』
「ああ。夕べ、あいつに関する『言霊』を拾い集めていた。」
『「言霊」……ですか?』
「人が発した言葉にも、僅かだが霊力はある。
怨念が込められていればいるほど、それはかなり長く漂い続ける。
山風が陥れたという生徒の『言霊』も同じようにね。
俺は夕べ、校舎でそれを拾い集めていたんだ。」
先生は、やっぱりお一人で調べてらしたんだわ!
『それって、その子の気持ちが、わかるんですか?』
先生はしっかりと私に頷いた。
「その子は海野広(うみのひろし)君。
去年の選挙後、年度途中で休学してる。今は家にいるらしい。
真面目な子だったんだな。
広められた悪口はほとんどが嘘八百だったが、たった一つ。
本当のことがあったらしい。」
『たった、一つだけ?』
先生の声は、一段低くなった。
「何かうっかり忘れて誰かが困ったとかいう、凄くたわいないことだがね。
困ったとかいう奴がしっかりしていれば良かっただけのことだ。
しかし嘘ってのいうものは、
本当のことが一つでも混じると全てが真実に聞こえるものでな。
海野君は広まってしまった中傷に反論もできず、泣き寝入りだ。」
『その時、先生方は何もされてなかったんですか?』
「もちろん海野君は当時の担任に相談した。
だが、君にも落ち度があっただろう?だとさ。
そんな言い方をされたら、海野君にとって教師は味方ではない。」
『酷い!』
まず私の話を聞いて下さった雨守先生と、全然違うじゃないですか!
「そしてそのままその先生は転勤したしな。
今の彼を心配する者は、誰もいない。」
『じゃあ、その海野君はまだ?』
「ああ。晴れない恨みを抱えたままだ。
俺は生きてる人間の恨みを聞くのは専門外だが、
このままでいいはずはないな。」
『そうですよね……。』
先生のおっしゃるように、あんな無神経なアラシの考えることなんて、確かに予測できないわ?
私の不安は、きっと美術部皆のそれでもあったと思う。
でも幸いなことにアラシは文化祭準備に忙しくなったのか、それからしばらくは何もしてこなかった。
そしてついに迎えた文化祭。
その前夜祭の、例のいんちき即興描きまでは……。
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