第二段 仕返し

第十五話 脅威の無神経男。

「るみちゃんもいけないんだ~。狸寝入りして隠し撮りまでして~。」


 登校坂を二人、並んで下りながら、奥原さんはるみちゃんに笑いかける。


『そう言いながら笑ってる奥原さんも奥原さんですけどね。』


 るみちゃんは頭を掻いた。


「いや、だって目が覚めたらさぁ。

 打ち合わせから戻った先輩たち、すごく怒ってたじゃない?

 起きるに起きれなくなっちゃってさ。

 そしたら私だけおいてみんな準備室に行っちゃうし。

 でも雨守先生、聞き耳立ててろって言ったから、

 せめてそこはと思って録画してたんじゃん!」


 何をしてるのかと思ったけど、またあの魔法の板を使っていたのね。でも、アラシの上半身しか映ってなくてよかったわ。女の子が絵を描いてるところ……クレヨンが宙に浮いて動いてるところまで映っていたら、ちょっと面倒なことになったかもしれないもの。


「でも何度聞いてもすっごい悲鳴だね。」


 このところアラシから言い寄られていて困っていた奥原さんも、人が悪いくらい面白がっている。


「そうそう、それにこの顔! かっこ悪いったらないよね。

 でも山風先輩の声が大きくて、

 雨守先生何言ってるのかさっぱり拾えてないんだよね~。残念。」


「雨守先生の声だけ、別の機会に録音させてもらえばいいじゃない?

 『おはよう』とか。るみちゃん、寝坊しなくなるんじゃない?」


『ああ、それはいいかも。むしろ私が欲しいですっ!!』


「名案だけど、恥ずかしくてそんなの頼めるわけがないよッ!!」


 守ってる方も守られてる方も、真っ赤になって叫んでしまう。

 ところがそんな私達をよそに、奥原さんは顎に指をあて、少し考え込むふうを見せた。


「でも山風先輩、この時、いったい何に怯えて出て行ったのかなぁ?」


「雨守先生もなんでだろうって不思議がってたね~。

 やっぱり出たんじゃないのぉ? 放課後の幽霊。

 これもっと下まで撮ってたら、映ってたかもね~。」


 笑いながらるみちゃんは両手を手首からだらりと下げて見せる。酷いなあ、幽霊ってそんな仕草、ほんとはしないのよ?


「まさか。でも、そうだとしたら、ありがたいなぁ。」


「『え?』」


 るみちゃんと私の声が重なった。奥原さんはにっこり笑ってこう答えた。


「だって、守ってもらってるって感じるじゃない? 私達。」


「そっか。それもそうだね。」


『そう思ってもらえるなら、私も嬉しいなあ。』


 直接は見えなくても、言葉は交わせなくても……ね。奥原さんの横に並んで、一生懸命足早に歩いてる女の子も笑顔を輝かせた。


「でも久美子はまだ気をつけなきゃね!」


「え?」


 急に真剣な目になったるみちゃんに、奥原さんは瞬きを繰り返した。るみちゃんは一指し指を立てて厳しい口調になる。


「だって美術部がステージバックやらされずに済んだにしても、

 山風先輩、久美子のこと諦めてるわけじゃないよ?

 気をつけなよ?」


「気をつけるって、なにを?」 


「久美子、あんたホントに箱入り娘だねっ!

 男なんてね、みんな体目当てのスケベの塊なんだからね!!」


 るみちゃんなりに心配してるのでしょうけれど。


『毎晩あんな絵を描いていて、そんなこと言えるのかなあ~。』


 と、その時だった。後ろから一台の自転車が、さーっと私たちの脇をすり抜けたかと思うと、目の前で後輪を滑らせ、向きを変えながら急停車した。


「おう。」


 あ、アラシ!


『うわあ~! さっきの今で、なんて立ち直りの早いっ!』


「なんでしょうか?!」


 奥原さんを庇うように前に一歩出て、るみちゃんはアラシを睨み上げる。すると、アラシは少しバツが悪そうに切り出した。


「あのさ、ステージバックのことなんだけどよ。」


『それって、済んだ話では?』


「美術部でやらなくてもいいんですよね?

 っていうか先輩、どうしていきなり美術教室から出て行ったんですか?」


 また食ってかかったるみちゃんの顔をまじまじと見つめて、突然アラシはのけぞった。


「ああっおまえッ! あの時、教室にいた!!」


「浅野です。でも私、寝てたから何も知りませんよ?

 悲鳴が聞こえてびっくりして目を覚ましたら、先輩が出ていくとこでしたけど。

 あの悲鳴、もしかして先輩ですか?」


 るみちゃんは空とぼけて聞くけれど、目にはいやらしい笑いをたたえている。


「ひ、悲鳴?! なんのことだ。知らんな。」


 どこまで恰好つけたいんでしょう。明後日の方向を向いてとぼけたりして。でもアラシは何食わぬ顔。


「あの雨漏りって先生と話してだな。

 やはり無理を言うものじゃないなと考えただけだ。」


「あまもりじゃないですけどね。じゃあ、今はなんの用ですか?」


 そうよそうよ、ちょっとしつこすぎない?

 するとなぜか改まったように姿勢を正し、るみちゃん越しにアラシは奥原さんを見つめた。


「いや……あれは俺が即興で描くことにしたから、ただ、そのなんだ。

 下絵だけでも書いてもらえないか、とだな。」


「それじゃあ即興にならないじゃないですか?」


「遠目から鉛筆の下書きがわかるものか! いいな! 黙ってろよ!!」


 うわあっ! どこまでいけずうずうしい。るみちゃんともども開いた口がふさがりませんわ?

 と、ずっと黙っていた奥原さんが困ったようにアラシを見上げた。


「でも、まだ引き受けるとも言ってませんし。」


「いいじゃんか。

 新入生に逃げられて部の存続危ないんじゃないのかよ?

 俺を助けておくと、何かの役にたてるかもしれないぜ?」


 なによ、人の足元見たような偉そうな態度! むっとしたのはるみちゃんも一緒だった。


「余計なお世話様! でも役に立つって自分で言います?」


「見くびるなよ、選挙だってダントツで信頼集めた俺を!

 実行委員長を舐めるな。」


「『それだって、卑怯なやり方でッ』」


 また思わずるみちゃんと叫びが被った。もう我慢ならないわ? るみちゃんがさらに一歩前に踏み出した時、奥原さんの声が響いた。


「分かりました。下書きだけですね。私が描きます。」


「久美子?!」


 二人で目を丸くして奥原さんに振り返ったけど、奥原さんは神妙な顔つきでアラシを見つめたままだった。


「さっすが奥原。一番物分かりがいいな。じゃあ、明日朝一、小体育館な。」


 人にものを頼んでおいて、なんて偉そうな!! るみちゃんも黙ってない。


「私も行きますからね!!」


「うるせえちび!!」


「ちびちゃうわっ!!」


『なによ図体ばかりでかい臆病者のくせにっ!』


 二人で遠のいていく自転車に向かって叫ぶ。るみちゃんは奥原さんに振り返り、またすまーとふぉんを取り出した。


「正木先輩たちにも知らせとこう!」

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