第十四話 してやったりです!!
「ってわけで、お願いしたいんですけどね~。」
一人美術教室にやってきた山風君という生徒は、身長1m80㎝の雨守先生を見下ろすほどの長身だった。
それもそうよね? 籠球部ということでしたものね。おまけに肩幅もあってがっちりしている。
でも校則違反ではないのかしら?
髪を赤色に染めて眉も細めに剃ったりなんて……平和な時代は好きですけれど、そうは言っても日本男児もかなり変わったわね。
でも雨守先生と話すのは初めてでしょうに、その態度たるや横柄そのもの。どうやらこの山風という男子は、先生を先生とも思っていない様子。きっとどの先生に対してもそうなんじゃないかしら?
準備室側の黒板の前に腰かけた雨守先生は、目の前に立つそんな彼を無表情のまま見上げて、頷いた。
「文化祭まで時間がない。
全て丸投げされては、こちらもできることもできない。」
「じゃ、引き受けてくれるんですね?
さっすが……ああっと……さすが先生。」
どうせ雨守先生の名前すら知らずにここに来たんだわ。失礼な!
でも、先生は気にも留めずにお続けになる。
「こちらの要求は、どんな絵にしたいのかアイデアは出せ、ということだ。
アイデア絞り出すのも特殊能力だ。特別料金が発生していい。
それをこっちは省きたい。」
「なんだ予算のことなら、どっかから回しますよ。」
なによ?
人を小ばかにしたその態度。正木さん副島君の腹立たしさがよく分かるわ!
「金の話をしたんじゃない。そもそも予算もお前の金じゃないがな。
絵のアイデアはお前が出せばいいんじゃないのか?
文化祭実行委員長なんだし。」
『実行委員長』のところを先生はわざと強調する。すると山風く……こんなの山風……嵐、荒らしも兼ねてアラシにしとくわ?!
アラシは気分よさそうににやけ面を晒す。
「金の話じゃないなら話が早いっす。でも俺、絵は好きじゃないんですよね~。」
この人、ほんとに失礼じゃなくて?!
絵のお願いをしに来ていながら自分は絵は好きじゃないって。失礼を通り越して本当に馬鹿なのではないの?!
でも、先生はずっと表情を変えない。
「イメージで言ってくれるだけでもいいぜ?」
するとアラシは、顔の前で人差し指を振りながら、まるで演奏の指揮でもするかのように話し出した。
「えっと、じゃあ燃える炎って感じで。全体にぶわーっと真っ赤に。」
「おお、いいねえ。」
「で、真ん中へんにこうガッツポーズした男が! こんな感じで!」
「おお、いいねえ。」
自分の体形によほど自信があるのでしょうね。気取ってポーズをとって見せたりなんかして。
「で、振り上げたその手に、太陽を握ってるって感じで!」
「ほう、なかなかどうして。詩人のようじゃないか。」
「そっすか? へへ。才能ありますか?」
褒められ続け、気分上々のアラシは得意満面の笑みを雨守先生に向けた。
「つまり、そんなイメージでいいのか?」
その時、先生はアラシの背後にあった教卓を指さした。
「え? そう! このとおり……」
振り向いたアラシは声を詰まらせた。
彼が目にした光景、そこには教卓の上に広げられた画用紙に、赤いクレヨンが一本だけ宙に浮きながら動いていたのだから。
絵の真ん中の黒く塗り潰された人物の掲げた手に、その赤いクレヨンはぐるぐると小さな円を描き、中を塗りつぶしていく。
雨守先生はアラシに問いかける。
「真ん中の男は、勿論お前だろ?
そいつの周りには何かいらないのか?
かっこつけの武器とかさ?」
すると赤いクレヨンは、今度は絵の人物を射抜くように、何本も何本も!
激しい勢いで矢のようなものを突き刺し始めた!!
「う。うわああああああっ!!」
目の前の出来事に肝をつぶしたアラシは悲鳴をあげた。雨守先生はそんな彼を見つめながら冷ややかに笑う。
「それじゃわからないな?
こんな感じで美術部で引き受けていいのか? どうなんだ?」
「いいっ! いいっ!!」
雨守先生はゆらりと立ち上がると絵に歩み寄った。
「そうか、いいのか。了解した。でも本番ではコレ。きっと実物になってるぜ?」
そして描かれた何本もの矢を指し示す。
雨守先生、どうしてそんな悪魔のような笑みが浮かべられるのでしょう?
「違う! なにも頼みませんっ!! 頼みませんからっ!!」
恐怖に顔を歪め、アラシは見えない何かを振り払うように、悲鳴を上げながら両手を激しく振り回して教室から飛び出していく。
やったわ!
ざまを見ろですわ!!
が、アラシのその手は偶然女の子が手にしたクレヨンを弾き飛ばしていた。コロコロとそれは教室の隅の後代さんのところまで転がっていく。
女の子はとっさにそれを拾おうと駆け出し、私の体に正面からぶつかってきた!
そしてそのまま通り抜けるかと思いきや、私の体はそのまま女の子に引っ張られていった。居眠りしていたるみちゃんの隣から、教室の隅の後代さんの元まで!!
差し伸ばした後代さんの手は、転がってきたクレヨンを拾い上げることはできなかった。
寂しげに後代さんは笑ったけど、女の子がすぐに拾い上げたことがわかると、すぐに安心したように優しい微笑みを浮かべる。
でも私は一人、愕然としていた。
こんなにるみちゃんから離れたことなんて、今までなかったのに。
あれ?
今、女の子とぶつかったから?
雨守先生と体が重なった時は、記憶が見えてしまったし。
もしかして私、重なった相手から何かを……もらっちゃっている?
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