第十三話 酷い人たち!

 武藤先生が、いったい何かなさったというのかしら?

 すると副島君が堰を切ったように。


「ステージバックの顧問はあいつの担任の武藤先生なんですけど、

 武藤先生は進路指導以外に全く関心のない人ですから。全然だったんです!」


 え?

 何かしたんじゃなくて、まさかご指導もなにも、全然してなかったということ?


「でもこのままだと計画倒れになるからと、

 そうならないように山田先生が指導のお願いにいったら、

 『全体を司るあんたの指導が悪い』って逆ギレされたって……なあ?」


 説明をつづけた副島君は、隣の正木さんに目をやる。すると正木さんは落胆して呟くようにつなげた。


「私、たまたまそれ見ちゃって。武藤先生もう、ひどい剣幕で。

 それで来週文化祭だというのに山田先生、急性胃潰瘍で昨日入院されました。」


 ひ……酷い人、武藤先生って。

 二人の話の間中、後代さんが半開きの目で窓外を睨んでいたのが、気になりましたけど……。


「武藤先生に逆らえる先生なんて、いないですから……。」


 副島くんの呟きに、雨守先生も呆れたようです。


「俺もそんな人とは話しもしたくないな。」


 と、その時。

 ピコリン♪ というかわいらしい音が微かに鳴って、正木さんがはっと顔を上げた。そしてポケットから……あ!

 やっぱりすまーとふぉんを取り出した。


「ああ、これ。代表者会のSNSです。」


 そしてすまーとふぉんを覗き込む。これって遠くの人とやりとりもできて、本当に便利ですよね。

 すると、突然正木さんは声を荒げた。


「山風っ! あいつどこまで人をナメてるの?

 『ステージバックすら描けなければ、お前ら美術部の評判がた落ち!

  客足も減って打撃受けるんじゃじゃないのか?』……ですって?!

 わけわかんない! なんて酷い侮辱っ!!」


 雨守先生の目も、後代さんみたいに半開きの状態に。


「こう返事してやれ。

 『文化祭の各企画には顧問のハンコが必要だから顧問がいるときに説明に来い』

 ってな。」


「先生!! 横暴を許すんですか?」


 副島君は目をむいて叫んだ。


「まさか。嫌味の一つ二つ言ってやるだけだ。」


「先生、あいつ嫌味が理解できるほど賢くないですよ?」


「マジか?」


「そのくせあのバカ、ネットにデマとか流して!

 あんな奴が実行委員長に就けたのだって、去年対立候補だった子の悪口流して、

 それで学校に出て来られなくしたからって噂ですよ?!

 自分に疑いかけられないように、拡散した頃書き込み消して逃げるんです!!」


 怒りに任せる副島君に、雨守先生の目は一瞬光った。


「酷い奴だな。」


 と、再びピコリン♪


「あ、また来た。えええッ?

 『言うこと聞いてくれないなら、今から武藤先生とお願いに行く』って!!」


「最終兵器投入かよっ? あいつ、こういう時だけ担任に泣きついたのか?!」


『雨守先生、なんなら私が懲らしめましょうか?』


 後代さんがまた、身も凍るような眼で先生を見る。


「それはいい。」


 後代さんに向けて制するように手を上げた先生に、正木さんは絶叫する。


「いいわけないですよ!

 あの話が通じない最強タッグで来られたら、どうするんですか?!」


 雨守先生は後代さんに『しなくていい』って言ったのですけれど。二人はそうは受け取らなかったのね。

 その時、皆のうろたえっぷりを見ていた奥原さんの守護霊の女の子が、先生の服の裾を軽く引っ張った。先生は女の子に顔を向ける。

 皆気がついていないけど、女の子は手にクレヨンを握っていた。その手をかざして、まるで自分が描く、と言っているみたいだった。

 すると雨守先生もそう受け取られたご様子。


「ん? 代わりにしてくれるのか?」


「そんなっ! いくら何でも武藤先生と話すなんて嫌ですよ!」


「武藤先生に逆らったら進学潰されちゃいますよ!!」


 またも自分達が言われたと受け取った正木さん副島君は、目を丸くしながら叫んだ。雨守先生は顔を上げて二人を交互に見る。


「じゃ、正木、副島。こっちの意志の確認だ。

 武藤先生に来られるのは最悪の事態、だな?」


「はい!」


「もう奥原を山風に会わせないほうがいい、だな?」


「はい!!」


「では引き受ける受けないはともかく、俺が山風と話すのはいいか?」


「はい……え? 受けちゃうこともあり得るんですか?」


 正木さんは身を乗り出して、もうだいぶ長いこと忘れていた瞬きを繰り返した。


「いいや。要は山風から引っ込めさせればいいんだろう?

 じゃあ、返事はこう送れ。

 『企画を引き受けるには顧問のハンコが必要だ。

  ちょうど今顧問がいるから直接説明に来てくれ。

  また喧嘩になると嫌だから、私たちは外すから』ってな。」


「ううう。雨守先生、絶対ハンコ押さないでくださいよ?」


 唇の両端を思い切り下げながら正木さんは渋々SNSに返事を送る。


「心配するな。」


「あの、浅野は起こさなくていいんですか?」


 二人が散々喚いていたというのに、るみちゃんはまだ机に突っ伏している。副島君の問いに、雨守先生は眉を上げて応えた。


「どうも最近寝不足みたいだしな。

 浅野はここにおいて、君たちは隣の準備室で待っていてくれ。」


 そして私と、守護霊の女の子に目配せする……あ! 

 私たちはここにいていいんですね? 

 女の子の顔も、ぱあっと明るくなった。


 奥原さんから離れることになる女の子が動きやすいように、ということなのでしょう。雨守先生は準備室に向かう三人に……奥原さんの目を見てこう付け加えた。


「ネットを悪用するような奴だからな。

 おかしなこと言わないか、全員で聞き耳立てていな。

 なるべくこっち側の壁にくっついてろ。」

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