第23話

『で、どうなんだ? もう熱は下がったのか?』


 電話の向こうから慧がそんなことを聞いてくる。

 斉藤の手から運よく逃れることができた次の日、熱を出した。蹴られたせいなのか、それとも蹴られて口の中を切っていたので、そこにウイルスが入ったせいなのかはわからない。


 熱に浮かされた身体を引きずって病院に行って治療を受け、念のため精密検査も受けた。特に異常はなかったので安心したが、しばらく安静するように医者から言われた。


 それから三日経過し、今日になって容体も安定し、熱も下がってくれた。


 その間、奴も奴に操られた刺客も現れなかった。熱を出して寝込んでいたのにどうして手を出してこなかったのかはわからない。雪雄を殺すのならその時が絶好のチャンスだったはずである。一体、奴はなにを考えているのか――


「ああ、大丈夫だ。悪かったな。心配かけて」

『別にいいよ、そんなこと気にすんな。しかし、どうして熱なんか出したんだ?』

「それは――」


 あの日のことを言うべきか雪雄は迷った。高校生の少年たち相手に大立ち回りをしたあと、斉藤が現れて、奴に殺されそうになったことを。


「街を歩いてたら高校生くらいのがきどもに絡まれてさ。何人かぶっ倒して、なんとか追い返したけど、相手は人数が多かったから結構殴られてさ。たぶん、そのせいかな」


 雪雄は斉藤が現れたこと、そして斉藤と少年たちが超能力を持った何者かによって催眠をかけられていたことは言わなかった。


『ふうん。もうこのへんにはそんなのいないと思ってたけど――そうでもないんだな。お前が自分から不良高校生に絡まれるようなことをするとは思えないし』

「俺もそう思ってたけどな。でも、いつになってもそういう輩はいるってのはそれでわかったよ」

『嫌だなあ。女の子と遊んでる時にそういうのが絡んできたら。俺、お前と違って喧嘩強くないし』

「別に俺だって強くないよ。ただ喧嘩の仕方ってのを知ってるだけさ。結局、そのカギどもにぼこぼこやられて熱出して寝込んでたわけだし」

『そういうのを強いっていうんじゃないの? 俺はその喧嘩の仕方すらも知らないぜ』

「そんなの別に知らなくても生きていけるぜ。喧嘩の仕方を知っていようと、相手が複数だったらそんなの関係ないし」

『いや、でもさあ。女の子の前だったらちょっとくらい格好つけたいじゃん』

「その気持ちはわかるけどさ」


 雪雄だって美優と一緒にいる時にそんなことになったら格好つけたいと思うだろう。


「それに、今は八十年代じゃないんだから、喧嘩が強くたって女の子は寄ってこないぜ。むしろそういうのは嫌がられるんじゃねえかな」


 今は喧嘩が強いかどうかより、金を持っているかどうかの方が重要だと思う。


『うーん、そういうもんかなあ。やっぱり、男としては不良漫画の主人公みたいな強い奴になってみたいって思うんだけど』

「それもわかるけど、少なくともそういうのはお前には似合わないよ」


 雪雄は正直に言った。


『ああ、やっぱりそう思う?』

「思うね。お前は言葉巧みに女の子をとっかえひっかえしてるのが一番似合ってるよ」

『とっかえひっかえとは失礼な。ただ俺は、愛多き男なだけだよ』

「よく言うぜ」


 慧の言葉に雪雄は思わずため息をついた。


「まあいいや、ところで」

『ん? どうしたんだよ改まって』

「その――」


 雪雄は迷った。今、自分が、何者かに命を狙われていること。そして、何度も殺されかねない目に遭ったこと。それらを友人に言うべきか迷った。誰かにこのことを相談したい、と雪雄は電車のホームに突き落とされたあの日からずっと思っていたのだった。


 そうなったら超能力のことも話さなければならないだろう。

 話すべき、だろうか。


 誰にすべてを話してしまったら楽になるのではないか――そう思えてならない。

 あの日、斉藤によって、本当に殺されるところまでいった雪雄は、このことを自分一人で抱えているのには限界がきていた。


『どうしたんだよ?』


 慧は不思議そうな声を出して訊いた。

 慧が奴かもしれないという可能性はどうやっても捨て切れない。


 だが――

 違うと思う。

 違うはずだ。


 それは希望的観測かもしれない。今の状況を考えるのなら、友人だろうがなんだろうが、すべてを疑ってかかるべきだろう。


 それでも雪雄は、慧が奴でないことを半ば確信していた。


 慧はあんなことをするはずがない。八年近く付き合いのある相手を殺すような真似なんて絶対にしない。


 雪雄は慧のすべてを知っているとは思わないし、彼のことを一番よく知っているとも思っていない。自分が慧の一番の理解者であると思うのは傲慢である。


 相手は超能力を持っている。そして、人を殺すことに躊躇いを覚えない殺人者だ。慧にこれを打ち明けたところでなにかが得られるわけではないことは重々承知している。


 それでも。

 それでも慧にこの話を打ち明けたいと思った。


 一番の理解者でなくとも、慧が雪雄のことを殺すような真似をするわけがないということくらいは確信を持って言える。

 それに、自分の一番の友達を疑うなんて、最低だ。


 だから――


「ちょっと話があるんだ」


 雪雄の声から慧は重要なことを話したいのだというのを悟ってくれた。


『なんだ?』

「悪い。ちょっと電話じゃ話せないことなんだ。お前の家で直接話したい」


 今までのことから考えて、奴はなんらかの手段を使ってこの通話を盗聴しているはずだ。だから今ここで言うわけにはいかない。


『それは――お前が、ここ最近様子がおかしかったことと関係があるのか?』


 慧は神妙な声で訊いた。


「ああ」


 雪雄は頷いた。


「ここ最近、俺の様子がおかしかったのと、その話は関係がある。ちゃんと話すよ」

『すぐ来るのか?』

「いや、少しだけ気持ちの整理をさせてくれないか? 一時間でいい」


 雪雄は時計を見る。夕方の四時を回ったところだった。


 なんとも情けない話だ――雪雄はそんな自虐をする。しかし、慧にあの日から今までのことをすべて告白するにはちゃんと整理をしておくべきだと思ったのだ。


 伝わらない言葉に意味はない。

 伝わらなければ言葉ではない。

 言葉というものは誰かに伝わって初めて意味を持つのだから。


『わかった。待ってる。今晩はなにも予定はないからどんだけ長くなっても構わないぜ』

「ありがとう。助かる」


 雪雄は心の底から感謝の言葉を述べた。


『それじゃあ、一時間後』

「ああ」


 雪雄の言葉を最後に、慧との通話は切れた。携帯電話をポケットにしまい、考える。


 これまでのことを、慧に話すために。

 最初から最後まで、しっかりと言葉にして伝えるために。


 いつだって時間は有限だ。それまでに色々なことを自分の中で整理をしなければ――


 その途中で、雪雄は恐ろしい考えに至ってしまった。

 それは――


 あの日――すべての始まりになった、あの同窓会があった日――雪雄が『超能力開発アプリ』の広告を目にした日のことだ。


 思い出せ。


 あの広告を見たのはなにをしている時だったのか。

 あの広告を目にしたのは、美優と話をしている時――美優が見せてくれた名の知れた書評家がやっているレビューサイトを見せてもらった時のことだ。


 あれを見せたのが偶然でなかったとしたら? レビューサイトを見せるふりをして、本来の目的はあの『超能力開発アプリ』の広告を見せることだったとしたら?


 それを思うと背筋が凍りつく思いだった。

 そうだったとすると、奴は――


 ――美優かもしれない。


 奴が男であると決まっているわけではない。雪雄が聞いた奴の声はすべて、ボイスチェンジャーかなにかで変換されていた。その声を聞いただけでは、奴が男か女かはわからない。


 喋り方などどうにでも変えることができる。奴の一人称は『俺』だったが、それが性別を偽るためのものだったとしたら――


 そして、新宿駅で突き落とされたあの日、雪雄は美優とデートをしていた。

 美優といる時になんの気配も察知しなかったのは、奴が彼女だったからではないのか。


 あの時一緒にいた美優ならば――新宿駅にいた誰かに催眠をかけることは容易だったに違いない。雪雄がわからないうちに催眠をかけることくらいはできるだろう。


 ……そんな馬鹿な。違う。そんなことあるものか。

 雪雄はその考えを否定する。


 それではあの日の朝、デートの待ち合わせの前に、美優が雪雄にあんな電話をしたとでもいうのか? あんなことをしておきながら――彼女は殺してやると言った相手といながら、顔色一つ変えないで、一緒に楽しくお喋りをしていたとでも? それから四度にわたり雪雄のことを殺しかけない行為を、他人に催眠をかけて行なわせた張本人が美優だとでも言うのか? 雪雄が追い詰められていくのをけらけら笑っていたのがあの子だとでもいうのか?


 嘘だ嘘だ嘘だ。そんなことあるわけがない。彼女がそんなことをするような人間であるはずが――


 一度生まれた疑念は簡単に消えることはない。疑念はさらなる疑念を呼び、疑念の渦へと落ちていく。


 奴が美優かもしれない、という疑念と、それを否定したい気持ちとがせめぎ合う。


 ――違う。


 雪雄は自らが生み出した疑念に折れそうになりながら、必死にそれを否定した。

 美優が奴ではない、という根拠は一応存在する。


 奴はなんらかの目的を持って超能力の存在を知った人間を殺している――それならば、同窓会の時、『超能力開発アプリ』の広告を見せる必要性はないはずだ。存在を秘匿しておきたいのならば、わざわざそれを他人に知らしめるような真似をする必要はない。隠しておきたいのなら隠しておけばいい――それでなにも問題はないはずだ。あの時、あれを見なければ雪雄が超能力の存在を知ることはなかったのだから。


 だから――


 美優が奴のはずがない。雪雄はそう考える。彼女が奴だったと仮定するのは、どうしてもその点だけが納得できない。自分は姿を見せないで、雪雄の命を四度にわたって脅かし続けた狡猾なあいつが、そんな超能力の存在を知らしめることをするわけがない。


 これは美優のことを信じたいという雪雄の個人的な気持ちよりも、極めて狡猾で慎重なあいつがそんなヘマをするとは思えないという、奴に対するある種の信頼の方が大きい。もし、初めにそんなことをするような奴であれば、もぅすでになんらかの決定的になり得る情報を漏らしているのではないか。


 奴は、結局最後まで自分の情報は漏らさなかった。雪雄の挑発に乗ることもなかったし、余裕にかまけて口を滑らせるということもしなかった。それはある種、自分の情報を守ることを徹底しているように感じられる。そこまで徹底している人間が、自分が隠したい事柄を、自ら漏らすなんてことをするとはどうしても思えない。


 奴の徹底した情報管理のことを考えると、超能力の存在を知るきっかけを作った美優が奴であるはずがないと考えるのが筋だ。


 彼女を奴かもしれないと疑うなんて本当にどうかしている――雪雄はそう思った。


 やはり、斉藤によってあわや殺される寸前までいったことが、自分の思っている以上に堪えているのだろうか。


 それはあるかもしれない。


 事実、斉藤によってあんな目に遭わされたからこそ、雪雄はこれを自分一人で抱えることができなかったのだから。


 雪雄は時計を見る。時刻は四時四十五分を回ったところだった。


 慧が住んでいるマンションまでは歩いて十分ほどだ。そろそろ出た方がいいだろう。自分から言っておいて遅れるわけにはいかない。


 外に出ようとしたところで、雪雄は思い止まる。


 慧にこのことを告げるのを今さらになって躊躇して止まったわけではなかった。

 相手はなんらかの、人を殺傷するだけの能力を持っている――気休めにもならないかもしれないがなにか武器を持った方がいいのではないかと思ったのだ。


 そこで雪雄は、高校生の時に面白半分で買った飛び出し式の警棒があるのを思い出した。確か今もあるはずだ。雪雄は物置になっている押し入れを探す。警棒はすぐに見つかってくれた。雪雄はそれをズボンに差して隠し持つ。


 長さこそないが、素手よりいいのは間違いない。それにこれは安物のハリボテではないので、簡単には曲がらない。人を殴り殺すくらいはできる。


 いくら奴が殺傷能力の高い能力を持っていようと、人間には変わりない。頭を思い切りぶん殴られれば気絶するだろうし、殴られ続ければ死ぬはずだ。


 武器を持っている――それだけ少し安心した。


 雪雄は靴を履き、外に出て、『錠前突破』の能力を使って鍵を閉めた。廊下を進み階段を下りて街に出る。慧のアパートがあるのは大通りを挟んだ向こう側だ。それまでに奴――あるいは奴が放った刺客が現れないとも限らない。不審な者がいないか最大限の警戒をしながら道を進んでいく。


 夕方の街は活気に溢れている。多くの人間が行きかっては消えていく。


 その中のどこに奴が潜んでいるのだろうか。

 未だに奴の姿は明確にはなっていない。男もしれないし女かもしれない。若いかもしれないし、年老いているかもしれない。


 奴は、こちらが奴の姿がわからないということを最大限に利用してくるはずだ。それなら人の多い場所を進むのは危ないかもしれない。そう判断した雪雄は、できるだけ人の通りの少ない裏道を通って慧のマンションまで行くことにした。


 今のところ、不審な人間の気配はない。


 人気のない場所なら、誰かが自分のことをつけてきているのがすぐにわかるし、こちらが警戒していることがわかれば、人通りの少ない場所であっても襲うことはしないだろう。雪雄はすでに奴が放った刺客を撃退している。それを知っている奴は、真正面から襲ってくるような真似はしないはずだ。奴が重火器に匹敵するような能力を持っているなら話は別だが――それはないと雪雄は思っている。


 大通りを越えて、その先に進む。ここを越えれば残りは半分だ。選ぶ道は人の少ない住宅街の中の通り――そこを進んで慧のマンションを目指す。依然、不審な人間の姿はない。


 奴の持っている能力とは一体なんだろう。大人数の人間を催眠で操るよりも確実性のあるもの――そんなものがあるのだろうか。


 雪雄は歩きながらスマートフォンを取り出して『超能力開発アプリ』のサイトに接続した。


 そこにある能力の一覧を見る。やはり、人を殺傷できそうな能力がありそうなのは『発火能力』か『念動力』だけだった。


 奴の能力は、この二つのどちらを応用したものなのか、それともこれらの能力が、漫画みたいに莫大なエネルギーを生み出すことはできるのか?


 真相はわからない。


 奴の自信が一体なにを根拠にしたものなのか――ただのハッタリか、それとも。

『超能力開発アプリ』のサイトをいくら眺めてもそれはわからなくて、ページを閉じてスマートフォンをポケットにしまった。


 そんなことをしているうちに慧が住んでいるマンションに辿り着いた。あたりを確認し、不審な者がいないことを確かめてから入口に入る。


 慧が住んでいるのは、二年ほど前にできたばかりの十二階建てのマンションだ。ファミリー向けの物件なのだか、慧はここで悠々自適に一人暮らしをしている。


 このマンションはオートロックなので、慧が住んでいる部屋番号を押して呼び出す。


 しかし、いくら待っても応答がなかった。


 今度は慧の番号に通話をかけてみる。繋がらないまま留守番電話に接続されたので通話を切った。


 おかしい。

 雪雄は不審に思った。


 今の時刻は、約束の時間である五時の少し前だ。ついさっき電話していたのだから、その約束を忘れたとは思えないし、慧がそんなことをするような人間ではないことはよく知っている。


 まさか――


 雪雄は急に心配になって、『錠前突破』の能力を使ってオートロックを突破して中に入った。


 まさか、まさかまさか。


 雪雄は全速力で階段を駆け上がって、慧の部屋がある七階を目指す。

 いいようのない不安が押し寄せてくる。姿の見えない殺人者に命を狙われるのとはまったく違った不安だった。


 身体の内側が壊死していくような不安。


 これがただの杞憂で済めばいいのだが――いや、それで済んでほしい、と雪雄は願う。


 七階へと辿り着き、そこから速度を落とすことなく慧の部屋へ。階段から慧の部屋の前まで辿り着くのにかかった時間は二十秒ほどだった。

 すぐさまインターホンを鳴らす。五秒、十秒、沈黙。応答はない。もう一度押す。やはり応答はなかった。


 くそ、まさか本当に――雪雄は扉に手を触れる。鍵はかかっていなかった。扉を開けて中に入る。部屋の中に入ると同時に空気が一変する。ここからは濃密な死の気配が感じられた。


 そんな――そんなことがあっていいはずがない。雪雄は友人の安否を確かめるために、そして友人を襲った最悪を否定するために、死の気配に満ちた部屋を突き進んでいく。


 廊下を進んで、リビングの扉を開ける。それと同時に雪雄の視界に映ったものは、友人の変わり果てた姿だった。慧は頭部を半分吹き飛ばされうつ伏せに倒れており、大量の血と脳漿を床にぶちまけあたりは赤色に染まっている。誰がどう見ても死んでいるとわかる状態だった。


 それを見て雪雄に生まれ出たのは、変わり果てた死体となった友人に対する恐怖でも不快感でもなく猛烈な怒りだった。


 誰がこんなことを――

 そんなことは言うまでもない。

 やったのはあいつだ。あいつ以外あり得ない。


 殺してやる――雪雄は最も強くそう思った。自分の中から抑えきれないほど強い真っ黒な憎悪がとめどなく湧き出してくる。


 慧は超能力とも、雪雄が行なった超能力による犯罪行為とも関係ないはずだ。慧はなにも悪くない。奴に殺される理由なんて一つも――

 そしてまるで今の雪雄を嘲笑うかのようなタイミングでスマートフォンが震える。雪雄は即座にポケットから取り出し、電話を取る。


「慧を殺したのはお前か?」


 その言葉は自分でも不思議に思うくらい落ち着いていた。


『ああ、そうだよ。彼も不運だよねえ。こんなことになってしまうなんて。ご冥福をお祈りするよ』


 電話の向こうから聞こえてくる声は相変わらず、男か女かもわからないものに変換されている。そして、雪雄のことを嘲弄するような口調も同じだ。


「どうして殺した。あいつはなにも関係ないだろう」

『関係なかった、という方が正しいね。宮田くんを殺したのは俺だけど、殺される理由を作ったのはきみだ。きみが彼を巻き込んだんだ。そうしなければ彼は死ぬことはなかった。だから悪いのはきみだ。きみが彼を殺したも同然なんだよ』


 電話の向こうから雪雄を糾弾する言葉が聞こえてくる。何故だ。どうしてそんなことを言われなければならない。殺したのはお前なんだから悪いのはどう考えてもお前じゃないか。


「そんな暴論が通るか! 殺したのはお前なんだから悪いのはお前だろ!」


 雪雄がそう言うと、電話の向こうから、やれやれ、と言いたげなため息が聞こえてきた。


『おいおい。なにを言ってるんだ。宮田くんが殺されるその理由を作ったのはきみじゃないか。そんなことも忘れたのか? 彼に祟られても知らないぜ』


 電話の向こうから聞こえてくる奴の声と口調は変わらない。それが雪雄の怒りをさらに深めていく。


「そんな理由など作った覚えはない!」

『やれやれ。本当にしょうがないな、きみは。わからないというなら言ってやろうじゃないか。きみ、彼に超能力のことを言おうとしただろう?』

「な……」


 それはその通りだった。自分の状況を慧に話すのには、それを隠しておくことはできないからだ。


「そんな理由で――そんなことで慧を殺したのか! お前は!」

『そんな理由? そんなことはないだろう。超能力のことがその程度だときみは本当にそう思っているのか? あの存在を多くに知られることが、「そんなこと」だと言うのか、きみは。そうじゃないだろう。あれは秘匿されなきゃいけない。


『そして、正義を執行することができる者のみに与えられるべきものだ。それがわからないのか?


『わかっていないんだろうね。だから、きみはその秘密を安易にばらそうとした。俺はただそれを未然に防いだだけのことだ。ほら、悪いのはどう考えてもきみだろう?』

「ふざけるな! そんな目茶苦茶が通ってたまるか!」


 雪雄は動揺していた。

 雪雄は思い出す。奴がどうして自分を殺そうとしているのかを。奴は超能力の存在を隠すために雪雄の命を狙っていたのだ。


 そして雪雄はそれを慧に告げようとした。超能力の存在を隠したい奴にとって、それは容認できないことだったに違いない。


 だから奴は慧を殺した。

 その理由を作ったのは――間違いなく雪雄だ。


『まあ、きみのお友達がきみのせいで死んでしまったわけだし、そろそろきみのことを狙うことにしよう。長引かせる意味もないしね。宮田くんと一緒に死にたいというならそこで待っているといい。それじゃあね』


 そこで通話は切られた。むなしい電子音だけが耳を衝く。


 とりかえしのつかないことをしてしまった――雪雄は心から実感した。自分の考えが浅はかであったことを深く後悔する。奴の今までの行動を考えれば、超能力のことを誰かに話そうとすれば、その相手が危険だというのはわかっていたはずなのだ。恐怖に駆られてそれを見失ってしまった――その責任は確かに雪雄のものだ。


 だが――


 慧を殺したのは奴だ。慧をこんなにも無惨な姿にしたのは奴に他ならない。絶対に許せない。許してなるものか。

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