第22話

 酷い目に遭った――


 奴のせいでここ最近ずっと酷い目に遭っているが、今日の今までで最悪だ。あそこで警官が来てくれなかったら、雪雄は遠かれ早かれ斉藤によって殺されていた。パチンコで大勝したことといい、先ほどのことといい、今日は運がいいのか悪いのかまるでわからない。そんなことを思っていると――


 タイミングを図ったかのように、ポケットの中でスマートフォンが震えた。このタイミングで電話がかかってくるということは間違いなく奴だ。やはり、先ほどの騒動をなんらかの手段を使って覗き見していたか――


 雪雄はポケットから携帯電話を取り出し、通話ボタンを押した。


『いやあ。本当にきみは運がいいねえ。命拾いしたのはこれで何回目? 今回ばかりはいけると思ったんだけど、まさかあそこで警察が来るとはねえ。予想外だったぜ』


 いつも通り、ボイスチェンジャーを通したような、男か女かもわからない甲高い声が聞こえてくる。


「ふん、お前の思い通りになんてなってたまるか」


 雪雄はそう吐き捨てた。


『いやいや。それにしても本当にきみはしぶといなあ。前の奴は自宅を襲撃させたあたりでコロッと殺されてくれたのに』

「前の奴――だと?」


 やはり奴は以前にもこんなことをしていたのか――それはうすうすわかっていたことではあるが、それでも驚きは隠せなかった。


『あれ。知らないかな。まあ、新聞でもテレビのニュースでも、大々的に報道されたわけでもないし、知らないのも無理はないか。少し前に、きみと同じように超能力を悪用した奴を殺したのさ。ま、わかっているだろうけど、俺が直接手を下したわけじゃないけどね。俺は後始末をしただけなんだけど――確か、千葉に住んでる奴だったかな――』

「千葉――」


 それを聞いて、以前ネットニュースで見た記事を思い出した。


 千葉で起こったという妙な殺人事件――被害者が殺される数日前警察に『命を狙われているから助けてくれ!』と、駆け込んできて、そのあと本当に殺されてしまったというなんだか妙な事件。そのうえ殺害現場が密室だったとかいう。


 もし、あの事件が本当に奴によって行われたのなら、被害者の妙な行動も納得できるし、現場が密室だったということも納得できる。


 千葉に住んでいたというその男は、超能力を手に入れて、それをなんらか犯罪行為に使い、今の雪雄のように何度も殺されるような目に遭ったに違いない。


 そして超能力を使えばなんのトリックを使うことなく密室を演出できる。

 殺された男の現場が密室だったとすると、やはり――

 奴が四つ以上の能力を使うことができるのはもう間違いない。


 そうでなければ密室を作る必要性はない。現実には密室を作ることでその犯罪の不可能性を演出はできない。密室=不可能というのは数多くの古典ミステリーの名作から作り上げられた幻想である。


 現実における警察はそんな小細工がわからないような無能ではないし、警察が誇る高度な科学捜査の前にそんな子供騙しが通じるわけもない。無能な警察というのは古典ミステリーの中にしかいないのだ。

 密室の演出なんて、実際にはただ面倒なだけだし、そのうえミステリーの密室トリックなど現実的に使えるものなど皆無だ。だから現実において密室殺人なんてものは起こらない。


 だが、奴は『錠前突破』の能力も使えるから、千葉の男が殺された現場をわざわざ密室にしたのだ。


 では、どうやって?

『能力は三つまで』というルールをどうやって奴は無視しているのか。

 他になにか――


『超能力開発アプリ』から得られる超能力に、雪雄が知らない秘密がまだあるというのか――あそこに書いてある説明はちゃんと読んでいる。見落としはないはずだ。サイトをくまなく確認して、隠された説明がないことも確認している。


 だとすると――

 あの説明について、雪雄はなにか勘違いしている――のだろうか。

 それは、一体――


「お前は――どうして四つ以上の能力が使えるんだ?」

『あら。やっと気づいたのか。随分と遅かったね。いや、それともただ確証がなかっただけなのかな? まあ、どっちでもいいか。きみの言う通り、俺は四つ以上の能力が使える。きみとは違ってね』

「どうしてかを訊いている!」

『おいおい。なに言ってるんだよ。そんなこと答えるわけないだろ。俺には、きみにヒントをあげる義理はないぜ。自分で考えるんだね』

「くそっ! ふざけやがって」


 雪雄は電話に向かって吐き捨てた。


『さて、これで四回目も失敗に終わってしまったわけだし、どうしようか。四回駄目だったわけだし、誰かを使ってきみのことを殺すのは無理そうだし面倒だ。仕方ない、あんまりしたくなかったけど、俺が直接出向くしかないかな。それに殺したあとの後始末も必要だし』

「お前が――直接、だと?」

『ああ。そうさ。俺が直接ケリをつけてやるよ。まだるっこしくなくていいだろ?』


 願ってもない展開だ――どうやら奴の方が痺れを切らしたらしい。雪雄は心の中でほくそ笑んだ。


「ふん。いいぜ。やってみろよ。随分と余裕ぶっているみたいだが、それも終わりだ。返り討ちにしてやる」

『へえ。顔のわからない相手を殺せる手段がきみにはあるわけか。おお、怖いね。気をつけないといけないな』


 雪雄の言葉を聞いても、奴の余裕は崩れない。

 確かに未だ圧倒的に有利なのは奴だ。それは間違いない。雪雄はまだ奴の顔も名前もわかっていないし、そのうえ奴は四つ以上の能力が使えるのだ。


 だが――


「そんな安い挑発に乗るか。ぶっ殺してやる」


 雪雄はそう言って自分から電話を切った。もう奴の言葉など聞く必要はない。

 本当に奴が出向いてくるというのなら、雪雄にもわずかではあるが勝ちの目が出てくる。今まで奴が有利でいられた理由の一つは間違いなく、奴自身が姿を現さなかったことに他ならない。それをわざわざ捨てるとは――余裕だから油断しているのか――あるいは雪雄を殺すことに相当の自信を持っているのかのどちらかだ。


 今までのことを考えると、奴が油断するとは思えない。

 となると――奴には、他人を使って殺させるよりも、高い確率で雪雄のことを殺せる手段を持っているということだ。


 人を殺傷できそう能力――考えられるのは『発火能力』や『念動力』だろう。だが、あれらの能力が人を充分に殺傷できるほど強力な力を持っているのか――雪雄にはそれが疑問でならなかった。『発火能力』や『念動力』に漫画みたいなことはできないと考えた雪雄の判断は間違っていたのか。それが間違っているとはあまり思えないが、実際のところ不明だ。どちらだったとしても不思議ではない。


『発火能力』が生み出す炎が、人間をいとも容易く消し炭にでき、『念動力』の生み出すエネルギーがビルを薙ぎ倒すようなものだったとするなら――雪雄には勝ち目はない。


 いや、待て。考えろ。そうと決めつけるにはまだ早過ぎる。


 本当に『発火能力』や『念動力』がそれほど強力だったのならば、わざわざ誰かに催眠をかけて殺させる必要はないはずだ。強力なものなら、圧倒的な力で押し潰した方が遥かに早いし、手間もかからない。常識外れ強い力を出せるのなら、それ自体が真相を隠す煙幕にもなる。


 それをせずに、奴が催眠能力を使い、他人を操って雪雄のことを殺させようとしていた。それを考慮すると――やはり、『発火能力』や『念動力』には人を簡単に殺傷できるような強力な力はないのが妥当ではないか。


 だが、先ほど奴が見せた余裕と自信が気になる。人を殺傷できる能力を持っていないから他人を使っていた、と単純にそう判ずるのは危険ではないか。もしそうなら、面倒だから自分が出向くなど言わないはずだ。


 それに催眠能力は雪雄の予想を裏切って、他人を意のままに操ることができるような力を持っていた。自分の予想を過信するのは危ない。見通しが利かない以上、あらゆる可能性は考慮に入れるべきだ。


 無論、先ほどの言葉がただのハッタリである可能性はなくはないが――たとえ、漫画に出てくる超能力者のように莫大なエネルギーを生み出すことができなくとも、人を殺すに足るだけの、なんらかの手段が奴にはある――だからあんなことを言ったのだと考えるべきではないか。


 四回にわたり他人を使って殺すことができなかったことに痺れを切らし、余裕であることに調子に乗ってそんなことを言ったとはどうしても思えない。絶対になにかある。他人を使うことよりも確実ななにかが奴にはあるのだ。


 それは一体なんだ。どんなものが想定できる――


 いくら考えてみても、『超能力開発アプリ』で使えるようになる能力の中にそんなものがあるとはどうしても思えなかった。


 くそ――雪雄は壁に拳を叩きつけた。


 いいように翻弄されている。せっかく奴を殺せるかもしれないチャンスの目が出たというのに――


 どうする――どうやって奴を迎え撃つ?

 雪雄はさらなる混迷の沼に沈んでいく。

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