第4話

 中途半端な時期に行われたにも関わらず、同窓会の集まりはかなりよかった。クラスの八割くらいは集まっていると思われる。なんだかかんだ言いながら、みな昔のクラスメイトと顔を合わせたいと思っていたのだろう。


 同窓会が行われたのは、地元のお好み焼き屋だった。値段が安いので、雪雄たちくらいの年代の若者たちが大人数の集まりをする際よく利用される店だ。自分たち以外に来ている客のほとんどが雪雄たちと同世代の若者たちだった。


 同窓会に来てわかったことは、十代における五年という時間は相当の変化を及ぼすものだということ。

 誰も彼も別人のようだ。いや、まさしく別人なのだろう。何年かで人の細胞というのはすべて入れ替わるという話をなにかで見たことがある。そういった意味で考えれば、自分も含めてここにいる人間はすべて中学の頃とは別人なのだ。


 それにしても、と思う。

 みな変わりすぎだろう――男子の方はまだ当時の面影を残している奴は多いが、女子の方は面影など影も形も残っていない。別の人間だと言われた方が納得できるくらいだ。それぐらいの様変わりしてしまっている。雪雄も今日、何人かの女子と会話をしたが、向こうが名乗る前に誰だったのか思い出せた相手は一人もいなかった。


「なんだか複雑そうな顔をしてるね」

 雪雄にそんなことを言ってきたのは、中学時代のクラスメイトだった羽村司だった。彼もまたかなり様変わりしていた。なにせ、中学の時に比べて身長が二十センチ以上は伸びているのである。あの時は見下ろしていた相手から、逆に見下ろされるようになるというのはなんだか不思議な感覚だった。


「なんだかみんな随分と変わっててさ。正直言って懐かしさよりも戸惑いの方が多い」

「ははっ。確かにそうだね。女の子なんてみんな昔とは全然違うし。俺もあんまり人のこと言えないんだけど」


 司はそう言って微笑んだ。身体は随分とでかくなったが、そのどこか純粋さを感じさせる微笑は、雪雄の中にある彼の記憶からあまり変わっていない。彼は昔からそんな笑い方をする少年だった。


「で、さっきの話に戻るけどさ。お前は今なにやってるわけ? 俺はさっき言った通り、上司とトラブル起こしてクビになって絶賛求職中なんだけど」


 雪雄は司にそんな質問をした。

 司はクラス一番の――いや、学年一の秀才だった。天才というべきかもしれない。早々に勉強についていけなくなった雪雄とは違って、彼は三年間学年一位の座から落ちたことがなく、全国模試でも常に一桁の順位をキープしていたし、その中で最も輝かしいものは、中学二年の頃に数学の世界大会で優勝した話だろう。

 勉強のことなどまったくわからない雪雄だが、それがとてつもなくすごいことなのは理解できた。


 確か彼は全国トップの偏差値を誇る進学校に進学したはずだ。そこのレベルを考えれば、進学先は東大か京大――悪くともトップレベルの難関私立大だろう。中学二年で数学の世界大会で優勝したほどの司の頭脳を考えれば、東大だろうが京大だろうが落ちるとは思えない。


「なんと言ったらいいかな。浪人――みたいなものかな」

 司は少し考えながら言った。

「浪人? お前が? 嘘だろ?」

 雪雄は驚きを隠せなかった。浪人だとしたら今は二浪目ということになる。あの司が二浪もするなど考えられなかった。


「違う違う。一応現役で合格したんだけどね。半年くらい通ってたんだけど、日本の大学って勉強するようなところじゃないって思って、面倒になって一年も通わずに辞めちゃったんだ」

 司はさも軽々しくそう言った。

「辞めちゃったって……お前が受かったのって東大とかだろ? それなのに辞めちゃったのか? なんだかもったいないな。せっかく受かったのに」


 雪雄には想像もつかない話だった。東大というだけで人生の難易度は格段に下がる。今は学歴で判断しないなど抜かしているが、そんなのは表向きの話である。

 学歴で判断しないなどというのは、低学歴の人間を騙し、人を集めるために使う文言のようなものだ。確かに最近はそういうは傾向あるかもしれないが、学歴が重要な判断材料となっているのは間違いない。


「通ってたのは東大だったけどね。正直言った話、東大だろうがなんだろうが日本の大学ってのは本気で勉強するような場所じゃないんだよね。マジな話。通ってみてそれがすぐにわかっちゃったんだ。だからちゃんと勉強できるとこに行こうって思ってさ。とりあえずアメリカに行こうかと思ってるところ」

「…………」


 空いた口が塞がらないとはこのことだと思った。日本の最高学府を勉強するところじゃない、と言い切ってしまえるのがすごい。そんなことが堂々と言えてしまうあたり、彼が天才的な人間だというのが窺える。


「アメリカって、確か新学期は九月から始まるんだろ? じゃあ今年の九月にはそっちに行っちゃうのか?」

 そうなると司は来年の成人式には出れないことになる。

「生憎見限るのがちょっと遅くてね。今年、向こうに行くのには間に合わなかったんだ。だから今年は浪人生よろしく勉強漬けの日々だよ。順当に進めば来年には行けると思うけど――でも、まだ先は不透明だね。なにが起こるかわからないし。そういうわけだから成人式には出るつもりだよ。まだその時期にはこっちにいると思うし」

 彼はそう言って、酎ハイの入ったグラスを一気に呷った。


「そうか……。お前ならハーバードでもスタンフォードだろうが受かるって思うけど――しかし大変そうだよな。言葉を始めとして、食べ物とか環境とか色々こっちとは違うことが多いだろうし」

「まあ、慣れるまでは大変だろうけど、人間ってのは慣れる生き物だからね。なんとかなるさ。一番の問題である英語は問題ないしね。だからアメリカを選んだんだけど」


 そんな言葉がまったく嫌味に聞こえないあたりさすがと言うべきところか。

 天才も二十歳を過ぎればただの人というけれど、司がそうなるとは思えない。彼の持つ才能はずっと輝いているのだろうと雪雄には思える。

 そんな人間が同級生にいる――そう考えると雪雄はなんだか誇らしかった。


「そんな風にお前が頑張っているのを見ると、俺も頑張らないとな」

 雪雄も元職場のむかつく上司に対していつまでも悶々とした苛立ちを感じて足踏みをしている場合ではない。

 そんなことを思いながら雪雄はハイボールが入ったグラスを呷った。


「まあ、お互い頑張ろうよ。未来が真っ暗ってわけじゃあないんだしさ」

「そうかな。俺はお前とは違って高卒だぜ。しかもド底辺の工業高校。夢も希望もないぜ」

「そんなことないって。高卒だとか中卒だとか関係ないよ。そんなのはものさしの一つに過ぎない。いい大学出たって駄目なのは駄目なものさ。俺が見た限り、夏目はそういう奴じゃないと思うよ」

「お前にそんなこと言ってもらえるのは嬉しいな」


 その言葉は本心だった。司のような人間からそう言ってもらえるのはとてつもなく励みになる。彼からそんな言葉を投げかけてくれただけでも今日の同窓会に出た甲斐があったというものだ。


「なんかしんみりした感じだね。せっかくみんな集まったんだからもっと明るくいこうよ」

 そんなことを言いながら、雪雄と司が座っていた席に女の子が近づいてきた。眼鏡をかけた小ざっぱりとした知的な印象を受ける子だった。

 同級生なのだろうが、昔とは別人のように様変わりしているので、この子が誰なのかまったく思い出せなかった。


「そう言わないでくれよ。悩みや愚痴を言ったって別にいいじゃないか」

 司が冗談めかした口調でそう言って、彼女に対応した。

「そりゃあまあ――そうだけど。でも、せっかくの集まりなんだし楽しくいこうよ。楽しく」


 彼女はそう言って微笑んだ。派手さはないがとても可愛らしくて綺麗だと雪雄は思った。こんな子が同級生にいただろうか――そんなことを考える。


「あ、隣いいかな?」

「え? あ、ああ。うん。いいよ。どうぞ」

 雪雄はそう言って奥に動き、彼が座っていた場所に彼女が座る。

「ふむ。なんだか俺は邪魔者っぽいね。俺はお暇させてもらうよ。二人で仲よくね」


 司はそう言って自分のグラスを持って立ち上がった。

「もう、別にそういうわけじゃないって」

 彼女はそう言ったものの、司はにこやかに微笑しながら席を離れていった。


「…………」

「…………」


 二人だけ取り残されてなんだか微妙な空気になってしまう。こういう時、相手が同級生である以上、男である雪雄がリードするべきなのだと思うのだが、なんと言っていいものかよくわからない。相手が誰なのかも把握していないのだ。雪雄は口下手というほどではないものの、慧のような弁舌が回るわけではない。相手のことをよく知らない(同級生だった相手なのにこれは失礼だと思うのだが)のにあれこれ喋れるような器用さなど雪雄は持ち合わせていなかった。


 とは言ったものの、このまま無言というわけにはいくまい。それに向こうがなにか言うのを待っているのもなんだか失礼な気がする。そんなことを思いながらなにを言うべきか雪雄は考えて、

「あー、えーっと。俺のこと、覚えてる?」

 と、なんの面白さもない、当たり障りのない質問をしたのだった。自分でも芸がないとは思うのだが、それ以外に気の利いたことが思いつかなかったのだから仕方がない。


「うん。覚えてるよ。夏目くんでしょ? 昔と全然変わってないからすぐわかったよ」

 彼女はそう言って屈託のない笑みを見せた。

 昔と変わっていないというのは誉め言葉なのだろうか――決して彼女は悪い意味を込めてそう言ったのではないと思うが――

「夏目くんは私のこと――覚えてる、かな?」


 少し不安そうな顔をして彼女は雪雄に質問した。

 正直誰だかわからなかった。女子はほぼ全員が昔とは様変わりしてしまっているため、当時の姿から今の姿を繋げて考えることができないのだ。雪雄の隣に座っている彼女もその例外ではなかった。


「ごめん。わかんないや」

 下手な嘘をつく必要もなければ意味もないので、雪雄は正直に告げた。

「ううー。やっぱりそうかー。わかってはいたけど、そう言われちゃうと結構ショックだよね。衣笠美優って言えばわかるかな?」

「衣笠……」


 雪雄はその名前を呟いて昔の記憶を思い出してみる。

 ……思い出した。

 確かいつも教室の隅の方で文庫本を読んでいるような、地味で目立たない子ではなかったか。話をした記憶はほとんどないが、おぼろげだがそんな彼女の姿を覚えている。


「ああ。思い出したよ。よく本とか読んでたよね」

 雪雄の言葉を聞くと、彼女は嬉しそうな表情になった。

「うん。そうそう。私みたいに地味な子のこと覚えててくれたんだ。ちょっと嬉しいな」


 それ以外の記憶は皆無なのだが、それを漏らしてしまうほど雪雄は野暮な男ではない。

 しかし、女の子というのは随分と変わってしまうものである。雪雄の記憶にある衣笠美優という女子はこんな明るくて垢抜けた雰囲気の子ではなかったはずだ。もっと地味で暗い感じの子だったと思う。それがこれほどまで変わるというのは――なんとも時の流れというのはすごいものである。


「なんか、随分明るくなったね。驚いたよ」

「えへへ。そうかな」

 彼女ははにかんだ笑みを見せる。


「夏目くんって、羽村くんと一緒に話してたけど仲いいの?」

「んー。どうだろうな。悪くないとは思うけど――あいつと会ったのは卒業して以来だよ。あの時に比べると随分と背が高くなってびっくりした。まあ、なんていうかたまたま席が近くだったのと、わりかし話が合ったって感じかな。今日の同窓会の参加してる奴で、卒業してから今まで付き合いがあったのって慧くらいだし」


 当の慧は何人かの女子と酒を酌み交わしながらわいわいと楽しそうに話している。もしかしたら家を追い出された時の算段をつけているのかもしれない。


「宮田くんと仲いいよね、夏目くん」

「まあね。高校も一緒だったし。腐れ縁みたいなものだよ」

「なんかそういうのって羨ましいな。私、そういう関係の人っていないし」

 美優は自嘲するような口調で言った。


「付き合いが長けりゃいいってもんでもないよ。別に慧との関係を鬱陶しいって思ってるわけじゃあないけどさ。付き合いの長さじゃなく、一緒にいて楽しいとか、お互い理解し合えるとかそういうことの方が大事なんじゃないかな。人との付き合いって」

「ほえー。確かにそうだね。私、人付き合いってあんまり上手じゃないんだよねー。だからそういうのってためになるなー」

「そうなの? あんまりそんな風には見えないけど」

 雪雄の感覚ではまったくそのようには感じない。


「うん。同窓会だから結構頑張っちゃってる感じ。イタイ感じになってないかな、私」

「そんなことないと思うよ。今だって結構自然な感じだと思うし」

「よかったー。『同窓会だからってこいつ無駄に張り切っちゃってるなー』とか思われてないか心配でさ」

 彼女は髪の毛をいじりながらそう言って安心したかのように一息ついた。

「全然そんなことないって。他の奴だって衣笠のことをそんな風に思ってないと思うぜ」


 まだ少ししか美優と会話をしていないが、彼女が大人数の飲み会などでよく現れるような『無駄に張り切ってるイタイ奴』とはほど遠いのは確かだ。先ほど雪雄に話しかけてきた時だってそういった印象は受けなかった。


「ところで、衣笠は今なにやってるの? 見た感じは大学生っぽいけど」

「うん。そうだよ。ちゃんとそういう風に見えるかな?」

「見えるよ。お洒落な女子大生って感じ」

 雪雄は美優を一目見た時の印象を率直に述べた。


「もう。そんな風に言われると照れるじゃん! 夏目くん、口が上手いなあ」

 彼女は少し恥ずかしそうに笑みをこぼした。

「そんなことないって。褒められるとこっちが照れるよ」

「またまたー。そんなこと言ってー。そうやって何人女の子を落としてきたの?」

 美優は目を輝かせて雪雄に訊く。


「まさか。そんなラブコメの主人公じゃないんだからそんなことないよ。まあ、そりゃあ、女の子と一度も付き合ったことがないってわけじゃあないけどさ。人並み程度だよ」

「ええー。そうなの? ほんとー?」

 美優は疑わしげな声を上げる。

「ほんとだって。そんな嘘ついたって仕方ないだろ」

「む。それもそうか。うん。じゃあ信用しよう」

 彼女はそう言って頷いた。


「で、さっきの話に戻るんだけど、衣笠はなにを勉強してるの? 俺の印象だと文学部って感じなんだけど」

「うん。そうだよ。よくわかったね。専攻してるのは英文学なんだけど――ところで、私ってそんな文学系女子に見えるかな?」

「見える――というか、中学の時、よく本読んでた印象があったから、今もそうなのかなって」


 中学の時の彼女はまさしく『文学少女』という感じだったけれど、今はあまりそんな印象は受けない。


「英文学を専攻ってことは、英語の勉強してるんだ。すごいな。俺なんて中学一年で挫折したのに」


 雪雄が一番最初についていけなくなった科目が英語だった。そんな雪雄からしてみれば、彼女が今勉強していることは想像を絶するというものである。


「まあね。まだまだ完璧にはほど遠いんだけど、日常会話くらいならまあなんとかって感じかな」

「それでもすごいよ。たぶん俺なんて中学の教科書だって満足に読めないぜ。英語を専攻してるってことは、将来は留学してアメリカとかで働いたりするの?」

「留学はしてみたいけど――海外で働こうってつもりは今のところないかな。英文科に入ったのは翻訳家になりたいからなんだよね。うちの大学の英文科出身の翻訳家の人結構いるし」

「翻訳家かあ……」


 中学の早い時期で英語についていけなくなった身としてはなんとも遠い話である。


「でも、夢があるっていうのはいいよね。俺にはそういうのないからさ。そうなると、将来、衣笠が翻訳した本が読めるかもしれないってわけか。それはちょっと楽しみだな」

 同級生が翻訳した本が書店に並んでいたとしたら、自分がまったく関係なくとも鼻が高い気持ちである。


「なれるって決まったわけじゃないけどね。てゆーか、夏目くん。本読むんだ」

 美優は少し驚いたようだった。

「変かな?」

「変――ってわけじゃないけど、結構意外。夏目くんって見た目の雰囲気だと遊び人って感じがするから、本とか全然興味なさそうだし」


 遊び人――雪雄としてはまったくそんな自覚はないのだが、久しぶりに会った彼女にそう思われたのなら、多少なりともそういう風に見えるのかもしれない。確かに、高校の知り合いにはそういうのが多かったが、その影響なのだろうか。


「そんなことないよ。一人暮らしを始めてからは置き場所に困るから買う数は減ったけどね。住んでる部屋狭いし」

「ねえねえ、どんな本読むの?」

 彼女は先ほどにも増して目を輝かせて訊いてきた。


「そうだね。主に娯楽小説――ミステリー系――ハードボイルドとかよく読んでるね。面白ければミステリー以外も読むよ。読書に関しては割と雑食な感じ。衣笠はやっぱり海外の作品が多いのかな?」

「国内作品も読むけど――割合としては海外作品の方が多いかな。特にアメリカの作家の作品は、翻訳の勉強のために洋書の専門店で原書を買って読んでるし」

「俺は国内作品寄りかな。海外の作品って、古典作品だとか、有名どころしか知らないから手を出しにくくてさ」


「あー、それはちょっとわかるかも。海外では売れてても、日本じゃそれほど知られてない作家って多いし。それは海外における日本の作品も同じなんだろうけど。日本でもすごい話題になる海外作品ってなると、大抵は世界的な話題作になってるもんね」


「そうそう。別にそういう作品を頭っから否定してるわけじゃないんだけど、世界的な話題作になった作品って、機を逃すと手を出しづらくなるじゃん。お前、今さらそれ読んでるの? みたいな感じがしてさ。それで他の作品を手に取ってみようかと思うんだけど、どういう作品を書いてる作家なのかをよく知らないと、それもまた手を出しづらいしさ。だから結局、国内の作品に向いちゃうんだよね。過去に大きな賞を受賞して、もうすでに名前が知られてる作家の作品とか、『○○賞受賞作!』みたいな作品ならそれほど当たり外れは少ないし」


「わかるわかる。私の友達もそんなこと言ってた。私は海外作品から入った方だからあんまりそういうのはないんだけど――まあでも、難しいよね。面白いって思うものって個人個人で違うものだし」

 雪雄は初めて誰かとこういう話ができて非常に楽しかった。まさか同窓会でこんな話ができるなど思ってもいなかったのだ。


「なにかおすすめがあったら教えて欲しいところだけど」

「おすすめかあ――うーん。なにがいいだろう」

 美優は腕を組んで考える。


「ちょっと考えさせてくれる? ハードボイルドが好きなんだよね。サークルの先輩で詳しい人がいるからちょっと訊いてみるよ。あ、もしよかったら電話番号とアドレス教えてくれる?」

「勿論」

 雪雄は頷いた。

 それからお互いスマートフォンを取り出して、電話番号とアドレスを交換した。


「それじゃ、訊いてみてよさそうなのがあったら連絡するね」

「ああ。ありがとう」

「そうそう。参考程度にこういうのもあるんだけど」

 美優はそう言って雪雄の前にスマートフォンを差し出した。

「これは?」

「結構名前が知られてる評論家の人のサイトで、小説のレビューなんかが載ってるんだ。国内外ジャンルを問わず色々載ってるから見てみると結構面白いよ」

「へえ」


 その評論家の名前は雪雄も知っていた。文庫本の解説などでよく見かける名前である。よく知らない作家を読む前に、参考程度に目を通してみるのも悪くないかもしれない。

 彼女のスマートフォンを受け取って画面をスクロールしてみる。小説以外にも映画や漫画などのレビューまで載っているようだった。

 そしてページをスクロールしていた雪雄は、そのサイトの横にある広告が目に入った。


「なあ。衣笠、これなんだろう?」

 雪雄の目に留まった広告には『超能力開発アプリ』と書かれていた。

「あー。それ。私もよくわかんない。何日か前から出てるんだよね。それ。いかにも怪し過ぎるからリンクは踏んでないけど。個人のサイトとはいえ、有名なとこだから変なのではないとは思うんだけど――」

「まあ、そうだよな……」


 雪雄は美優にスマートフォンを返した。

 超能力開発――いかにも怪し過ぎる。フィッシングかなにかならもうちょっと文面を考えた方がいいのではないかと思う。


 しかし。

 どういうわけか雪雄にはそれが気になって仕方なかった。あの広告を見た瞬間、なにか直感が働いたのだ。


「さっきのサイトの名前、教えてくれる? あとでじっくり目を通したいし」

「いいよ」

 美優はそのサイトの名前を告げた。

 雪雄はしっかりとその名前を記憶に刻む。絶対に忘れてはいけないと思った。


 そうだ。

 もしかしたら、これは――


 それからずっと、雪雄は、あの『超能力開発アプリ』というとてつもなく怪しげな広告のことが心に残っていた。

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