揚羽_46
帰宅した後の私は、さっきまでの出来事を忘れるようにしてイラスト制作に没頭していた。
ようやく集中力も切れてきた頃合いになってからイヤホンを外し、休憩の為にペンを置いた。時間を気にしてみると、もうすぐ二十一時になろうとしている。お父さんとお母さんは揃って買い物に出掛けているようで、私はまだ夕食を食べていなかった。そうした場合は勝手に食べておいてねというのが我が家の慣例だ。少しお腹も空いてきたことなので、私は自分の部屋から出て、台所へと向かった。
何か作るのも面倒だったので、カップラーメンのしまってある棚を物色する。ささっと食欲を満たし、またすぐにイラスト制作に戻りたい。このまま順調にいけば、明日にでも新しいイラストをネットに投稿できると思う。
ケトルで沸かしたお湯をカップラーメンの容器に注ぐ。麺が浸った所で止めるのが私のこだわりだった。棚の引き出しから割り箸を取り出し、カップラーメンと一緒に部屋まで戻った。
PC前の椅子に座り、カップラーメンを啜りながらSNSクライアントのタイムラインを眺める。
SNSのタイムラインは一つの話題で盛り上がっているのではなく、みながそれぞれ興味あることをばらばらに投稿していた。テレビを見ている人や、私と同じようにご飯を食べている人人たち。中にはお店で食べているラーメンの画像をのせている人もいる。私は自分の手に持っているものと見比べて、ちょっとだけ嫉妬したりする。
投稿には、ポジティブなもの、ネガティブなもの、なんでもないようなものと、様々なもので溢れている。本当に、世の中には沢山の人がいるものだ。しかも私が観測できているものなんて、ほんの僅かなものでしかない。世界は広いものだと、改めて思う。
夕食を終え、お腹も膨れてたのでイラスト制作の続きに戻った。モニタに映る塗り途中のイラストを全体が見えるように眺め、頭を休憩前のものに戻す。あんな感じにしよう、こんな感じにしようと、方向性を定めてながら、ペンを動かしてく。
スマホの液晶が光っているのを目の端で捉えた。だが今は気分が乗っている所なので、できればこの勢いを落とたくなく、いったん通知を無視することにした。
しかしスマホの液晶はしばらくしてもずっと光ったままだ。
私は仕方なく、スマホに顔を向けて、文字を読んだ。
クロエの名前が表示されている。
これはクロエからの電話だった。
どうするべきだろうか。取ってしまっていいのだろうか。私の思考はイラストから完全に離れてしまった。
私は千佳さんに、「クロエとはもう逢わない」と宣言した。電話であれば、逢ってはいないと言えるのかもしれないが、あの言葉は「クロエとの関係を切る」という意図を持って発したものだった。とはいえ、これはこれでクロエ自身にとっては一方的な通告だったかもしれない。だってあの時、その場にクロエはおらず、恐らく私の口からではなく、千佳さんを経由して聞かされた言葉だろうから。だから私から直接言うべきではあるのかもしれない。
けれど私は、正直クロエと直接逢ったり声を聞くのが怖かった。
だって、私はまだクロエを愛しているから。今だって、好きだという気持ち十分にある。
でも千佳さんのあんな姿を見てしまったからには、もう駄目だ。千佳さんの取り乱し方は尋常じゃなかった。
悩んでいるうちに、電話は切れてしまった。それでも後悔を引きずっていた私は、折り返した方がいいのだろうかまた悩んでいると、インターホンが鳴った。
私は慌てて部屋から出て玄関の扉を開くと、目の前にはクロエが立っていた。
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