揚羽_41
クロエから誘いのメッセージが届かない日々がまた続いていた。
ショッピングモールでのデート以降、逢うペース減っているのは確かだった。ピアスを開けたあの日、クロエは「本当はもっと早く逢いたかった」と言ってた。ではなぜ時間がかかってしまったのか、何か用事があるのだろうとは思うのだが、その時は理由を聞けなかった。「おはよう」と「おやすみ」のメッセージは以前から変わらず毎日届いているけれど、それ以外の話題はあまりないので、どうして「一緒に遊びましょう」となるのが難しくなってしまったのか、私にはわからない。
私はこれらのことを黙認してクロエとのメッセージを続けている。
なにかあるからこそ、夜の散歩はしていないと私に嘘を吐いたのだろう。
お父さんの家のことを話してくれた時のクロエの表情を思い出すと、どうして私はこんな酷い質問をしてしまったのかと過去の自分を責めてしまう。だからもう私から探り出すようなことはしたくなった。
それにきっと最終的にはクロエの方から話してくれるだとうという信頼もある。なので私はそれまで待っていればいいのだ。
ただ、クロエと逢えない日々が続くのはやはり寂しかった。
午前三時にスマホが鳴った。
千佳さんから電話であることはすぐに察しがついた。前回と同じ時間帯なので、仕事を終えて家に戻るのが大体これ位なのだろうか。
私は上半身を起こし、スマホの液晶に表示されている通話ボタンをタップし左耳に近付けた。穴が塞がらないようにまだ寝るときもピアスを点けているので、カチャリとあたった。
「今日も家にいないの。ねぇ、本当にあなたの所にいないの」
憔悴した声。千佳さんはクロエの不在に参っている。だから私は睡眠時間を邪魔されようとも、深夜に電話をかけてくる千佳さんを責める気にはなれなかった。
「はい。クロエが私の家に夜来たことはないです」
「……あなた、クロエの体を見たことはある?」
千佳さんの言っていることがいまいちよくわからなかった。
「いえ、そうじゃないわね……クロエの裸は見たかしら?」
私は黙った。
やはりこれは疑われているのだろうか。ここで頷いてしまえば、私とクロエの恋人関係を千佳さんに知られてしまうことになる。クロエは千佳さんにこのことを伝えていない。だから私も倣い、曖昧に濁した。
それに裸に関しても実際一番最近逢った時、クロエは服を脱がなかった。だから私はワンピースの下から手を入れ肌に触れた。
「そう、ならあの痣のことは知らないのかしら」
それはもしかしてキスマークのことを言っているのだろうか。私は痕をつけないように注意し確認もしていたので、そんなことはないと思うのだが。
「クロエの腕や腿、それにお腹にも痣がいくつもあるの。普通じゃないわ。だから訊いたの。その痣はどうしたのって。そうしたらあの子は、ただ転んだだけだって答えたわ。でもそんなのすぐに嘘だってわかるじゃない。ばればれなのよ。でもそれしか言わないの。もう私どうしたら……」
私が想像していたよりも事態はずっと深刻で、恐らく取り返しのつかない所まで来ている節さえあった。だが私がクロエと逢った時、そんな痣は見当たらなかったので、伝えられる情報は本当になかった。
「お願いよ。どんな些細なことでもいいの、何か知っているなら教えて」
「……ごめんなさい。本当に何も知らないんです」
電話の向こうで千佳さんが泣いている。しかし私にはどうすることもできないと思った。
そして電話はまた一方的に切断された。
私は枕に顔を埋める気分にはなれなかった。睡魔は失せてしまった。なので私はベッドからPC前の椅子に移動し、モニタの電源を入れた。
ペイントソフトを起ち上げ、描き途中のイラストファイルを読み込む。
体中の痣。夜の外出。嘘を吐いてでも成し遂げたいもの。執着。
私の頭の中で、何かが引っかかろうとしている。椅子の背もたれに寄りかかり、電気の点いていない天井を見上げ腕で瞼を覆う。
「ああ……クロエは私と同じことをしている」
気付きが具体的な形を伴うと、私は溜息を漏らし、もうそれ以外の理由を考えることができなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます