揚羽_37
絵を描く時にも使用しているコピー用紙が切れてしまったので、面倒だけど外へ出なければならなくなった。こうなる前にネット通販で注文しておけばよかったと後悔する。
PCから離れて洋服箪笥の前に立つ。近くの総合スーパーへ行くだけなので特別おしゃれをする必要はないのだが、クロエとのショッピングデート以来、以前から持っていた洋服を着ることに若干抵抗を持つようになってしまった。なので私は黒のキャミソールと一緒に買っていたタイトなアウターをハンガーから取外し羽織った。
外に出るともう夕方なので辺りは暗くなり始めていた。歩きながら私は、次はこのアウターに合わせた鞄と靴が必要だなと思った。
総合スーパーに入り、コピー用紙を買う前に、私はついでに本売り場へ寄ることにした。ここの本売り場は品揃えが良いとはいえないが、ネットで買い物をするようになる以前はよく利用していた。
私は本棚の間を歩き、女性ファッション誌が並んだエリアの前で足を止めた。結構種類があるので、そのうちの一冊を適当に選んだ抜いた。ぱらぱらと最後のページまで一気にめくる。一冊目の女性ファッション誌に目を通し終えると、二冊目に手を伸ばし、また同じようにする。二冊目を終えれば三冊目、次は四冊目と、なんとなく系統を意識して目を通していった。とりあえず広く浅く勉強するには、ネットで本を注文したり、電子書籍を購入するよりも、こうして雑誌を活用する方が効率がいい。
並んでいる雑誌に手を出し終え、私はいま目にした情報を頭の中で整理した。私の描く絵は、制服姿やパーカー姿の女の子が多かった。それがまぁ、今までの私のセンスというか、好きなものを描いていた結果ではあった。けれど今はそれでは満足出来ない。だから私はこうして、女性らしい服装とか格好いい系の服装とかをもっと勉強しようと決めた。雑誌からは、なるほどこうすればいいのかと、絵の為だけではなく、自分自身が着る洋服に対しても良い感じに参考になった。私はその中から気に入った二冊を選び、購入した。
本売り場から出る際に、本棚の前に立っている三人組の女の子が目に入った。彼女たちは同じ学生服を着て、きゃっきゃ盛り上がっている。よく確認するまでもなく、あれは私が中学生だった頃の同級生だとわかった。
そのうち一人と目が合う。彼女は私の顔を見て一度瞬きをしてから、また仲間内へと視線を戻した。
目的だったコピー用紙を購入し、総合スーパーを出た。外はすっかり冷え込んでおり、私は首をうずめて縮こまった。
家までの帰り道を歩きながら、本屋での出来事を少し思い返す。私は中学生の頃の同級生達と出会ってしまったことに対して、思ったよりもダメージを負わなかった。私がいま部屋に引きこもり気味となっているのは、まあ一番はたんに外に出るのが面倒臭いというだけではあるのだが、知り合いになるべく会いたくないというのも理由の内の一つに含まれていたりもする。しかし今日実際に出会ってみると、別に意識する必要もなく、些細な心配事だったんだなと思った。しかしそう感じられるようになったのも、最近の私だからこそなのだろうとも考える。ちょっと前までの自分だったら、やっぱりそれは大きな問題だったのだ。でも今はそうではない。その自信がどこから来ているのかといえば、これこそがアゲハ蝶の力なのだろう。
家に到着し自室に戻ると、鞄の中のスマホが震えた。私は部屋着に着替えながらスマホを取り出し、PC前の椅子に座った。
京子からのメッセージ。ルームシェアをする資金稼ぎの為、バイトを始めたという報告だった。
それを読んだ私は、今後のことをもっと考えてみようかなという気持になった。ブラウザを起ち上げ検索を行う。
近々東京の池袋でイラストや漫画を個人で売ったり買ったりできるイベントが開かれるらしい。私がSNSでフォローしている人やイラスト投稿サイトでよく名前をみる人たちも多く参加している。
東京へは前に一度行ったことがあるので気持的に敷居は低くなっている。このイベントがどんな雰囲気のものなのか興味があり、自分の目で見てみたいと強く思う。だって私は絵を描くのと同じ位、他人の絵を見ることだって好きなのだ。それにここには、将来私のやりたいこを発見できるかもしれないという期待もある。
これまでもこのイベントの存在は知っていたが、東京に行ってまで参加するぞという勇気は持てなかった。でも今は参加したくてたまらない。この気持の変化はたぶん良いものだ。
SNSのタイムラインはサッカー中継の話題で盛り上がっていた。ただ私はスポーツに殆ど興味がないので、それらは視界の隅において絵を描くことに集中した。モチベーションはすっかり元に戻っており、以前より増しているのでは思える程だ。
今描いているイラストは、ラフを終えて色を置いた所だった。次は主線を整えながら引いていく。全行程の中ではまだまだ序盤の作業だ。そう考えると完成までにはまだ少し時間がかかるだろう。けれど今の精神状態であれば、最後までやり切ることが出来る自信があった。その時が楽しみで仕方がない。
音楽を聴きながらモニタを見つめペンを握った手を動かしているとスマホが震えた。手に取るとクロエからのメッセージだった。内容はいつもと変わらない、普段通りの言葉だ。なので私もそれに応えてメッセージを送り返す。
私たちは相変わらずメッセージ上では「好き」や「愛してる」といった言葉を使わない。いま感じていることを、お喋りをするように伝えあう。顔を合わせていない、文字だけのやり取りだからこそ想像力で物事を共有していたいという気持になるのだろうか。
しかしショッピングモールでのデート以来、クロエと逢えていないことには不満があった。私はいつだって予定が空いているので、クロエが逢いたいと言ってくれればすぐにでも飛んでいく。だがクロエは千佳さんと住んでいるのだし、なにかと用事があるかもしれない。だからこれまで私から誘うということもしてこなかった。断られた時のことを考えると少し怖かったというのもある。なので私は、クロエから逢いたいと誘いのメッセージが送られてくるのをいつも待っていた。
私は京子とルームシェアするかもしれないということを、まだクロエには伝えていなかった。友達を会っているというメッセージを読んで嫉妬してくれたクロエは、はたしてこの話を聞いた時、どんな反応をするだろう。やはり反対するだろうか。けれど私が誠意をもって、このことに対する意味をきちんと説明すれば、クロエは賢い子だから理解はしてくれるだろうとも思う。だからこの話題はメッセージではなく、ちゃんと会って話すべきだろう。返信されたメッセージの文字だけでは、クロエの本当の表情までは伺うことができないのだから。
私はクロエを悲しませるようなことを絶対にしたくなかった。
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