揚羽_26
学校を辞めてからの毎日は大体が同じ過ごし方だ。ベッドから起床し、PC前の椅子に座る。ネットでニュースやSNS、動画視聴を楽しむ。一番好きな時間は音楽を聴きながら絵を描いている時だ。
平日の昼間でも動画サイトで生配信をしながら絵を描いたりゲームをしている人達が沢山いる。それらを見ていると、この時間帯に私がPC前にいることも特別異常なことではないという安心感を得ることができる。SNSのタイムラインも昼と夜では多少顔ぶれが異なり、生活時間とは人それぞれで多様なものであることを知った。小学校から高校までと、決まった時間の中でしか生きてこなかった自分には、その気付きはとても新鮮なものだった。
なにも無理して六時三十分に起きる必要はない。前日調子が良くて三時まで夜更かししていたならば、十一時位に起きればいい。もし八時間も睡眠を必要としていないのであれば、五時間睡眠でもいい。体調の良い悪いは毎日変わるのだから、自分にとって自然なものを選択できる環境こそが重要なのだと、私はその考えに従い行動するようになった。
だから登校拒否を始めから目覚ましをセットすることを止めた。毎日好きな時間に就寝し、起床するようになった。そうすると自分の体にとって一番いい生活リズムといいうものが把握できるようになる。私の場合は七時に寝て十六時頃に起きるのが体調的にベストだった。つまり学生として、将来的なことを考えれば一般的な社会人としても、自分の体調に合わせると社会に馴染むことは結構難しそうだ。だからこうなってしまうことも当たり前だった。
起きるにはまだ早い時間だと、窓の色を見ればわかった。それなのにどうして私は目覚めてしまったのだろうかと、普段との違いを不思議に思いながらも起き上がることにした。お手洗いに向かうと、居間の方から今日の天気を知らせるテレビの音が聞こえてきた。私は用を済ませ部屋に戻ると、またベッドに寝転び毛布に潜り込んだ。最近はまた一段と冷え込んできたので、朝は特に辛い。枕に頭をうずめて体を丸める。するとすぐに夢の中へ入ることが出来た。
二度寝から覚めると枕元に置いたスマホに手を伸ばした。時間を確認する為だったのだが、メッセージの通知が届いていることにも気付き、恐らくこれはクロエからの「おはよう」に違いないと意識が向かう。しかしいざ確認してみると、これはクロエからではなく、京子からのメッセージだった。
――お久し振りですね。前に何度か電話をしたのですが、繋がらなかったので今回はメッセージを送らせてもらいました。それで、今度会って話をしたいのですが、空いている日はありますか?
そういえば以前京子から電話があり、その着信履歴が残っていたことを思い出す。
正直いえば、昔の知り合いとは会いたくない。だから京子からの電話に対しても折り返さずに無視していたのだが、メッセージまで送られてしまうと、なかなかの気まずさがある。ごめん、都合のいい日がないんだと返事を出来れば楽なのだが、さすがにそれは失礼だよなと思う。
かといってすぐには良い返事が思い浮かばす、結局はいったん保留することに決めた。眠気を払う為にシャワーを浴びれば良い案が浮かぶかもしれないと問題を先送りにする。 洋服箪笥から着替えの部屋着と下着、バスタオルを持って自室から出た。脱衣所へ向かう途中、居間ではお母さんが掃除機をかける音が聞こえた。
脱いだ衣服を脱衣籠に放おって浴室に入る。
裸の体が鏡に映る。私は左の下腹部に宿ったアゲハ蝶を確認する。シャワーの蛇口を捻って頭からお湯をかぶる。髪や体を洗う際にも、アゲハ蝶がちらりと視界に入る。アゲハ蝶は私の体に非常によく馴染んでいる。こうしてアゲハ蝶を宿すまでに色々あったけれども、無駄だったことはひとつもなく、いま感じているこの気持の為にあったのだと思うと、すべてに納得がいく。
バスタオルを肩に掛け自室に戻った。枕元からスマホを取り上げPC前の椅子に座る。
さて、京子への返事をどうしたものかとスマホの画面を点灯させると、クロエからの「おはよう」メッセージが届いていた。まずはこちらから返事をしてしまおうと、私はクロエにメッセージを送り返した。
京子からのメッセージを再度確認する。彼女はどうして私と会って話がしたいなんて思ったのだろう。そこまで仲が良かった相手でもないし、理由がさっぱり浮かんでこない。ただまぁ、京子からこう誘っているのだから、彼女には何かがあるのだろう。
私は予定のある生活を送っていない。だから京子へ、「いつでもいいよ」と簡単に返事を返した。
ドライヤーで髪の毛を乾かしながら、クロエとメッセージのやり取りが続いていた。対して京子からの返事はまだ来ていない。今頃はまだ授業中だろうか。休み時間になればメッセージに気付くだろうか。では次の休み時間は何時からだったかなと考えてみるが、まったく思い出せなくなっている自分に少し驚かされた。一マスの授業時間は四十分だったか、それとも五十分だっただろうか。昼食の時間は何時からで、放課後とはいつからをいうのだったか。一日のタイムスケジュールがさっぱりだ。
とにかく確かなことなのは、今日は平日なので学生は学校にいるということだった。
イヤホンを装着し音楽を流してからペイントソフトを起ち上げた。
今日から新しいイラスト描くのだと意気込む。最近はアナログで落書き程度にしか描けておらず、ちゃんと完成させられたイラストがなかった。その為、前回イラスト投稿サイトへアップしてから随分日が空いてしまった。
私はペンタブを使い、いくつかラフを描いてみた。しかしなかなかこれだという構図に収まってくれない。想像力を刺激する為には他人のイラストを見ることも大事だろうと、私はイラスト投稿サイトのランキングページへ飛んだ。これらを見ているとあまりの実力差に落ち込みそうになるが、ここで挫けていては一生上手くなれないのだと教則本やイラストの上達サイトで学んでいた。他人のイラストと自分のイラストを比較して、何が足りないのか、どこが優れているのか等を分析し己に取り込む必要があり、それらをいかにして学ぶかが大事なのだ。
他人のイラストを参考にすることで、いい感じにモチベーションが戻ってきたので再びラフをザクザク描いていく。波に乗ってきた来たぞと自覚すると、更に没頭して楽しさが増していく。この瞬間を逃さぬよう描き続けた。
一区切りついた所でスマホに目を移すと、クロエからメッセージが届いていた。
――いまから揚羽の家にいくから待っててね
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