揚羽_8

 次の土曜日から新しく公開される映画に合わせて、今日は前作にあたる映画がテレビで放送されることになっていた。結構な人気作なので、SNS上でも盛り上がっており、私もそのタイムラインを追いながらテレビを見る予定だった。けれどそれは止めることにした。録画しておけばこの後いつだって見ることが出来る。今はそれより、この決意とやる気を逃さないことの方が大切だ。録画した番組は逃げないけれど、気持ちは移ろいやすいことを私は知っている。


 揺れる電車の中、スマホでSNSのタイムラインを追う。考えていた通り、映画の話題で溢れている。私はそれを眺めながら、目的の場所へ向かう。

 目的地に着くまで、まだ少し時間がかかる。スマホから目を離し、ふと顔を上げると、つり革を握った女性が立っていた。彼女はまぶたを閉じ、静かに寝息を立てている。黒のスーツ、肩にかけた重そうな黒の鞄が、少しずり下がっている。周りを軽く見渡してみると、地元から乗り始めた頃に比べて,

車内は賑わっていた。私はスマホをウエストポーチに仕舞い、瞼を閉じた。一度緊張感を思い出してしまうと、なかなか払い去ることができない。私は落ち着きを取り戻す為に、ゆっくりと自身に問いかけ始めた。


 前回と同じように、なるべく遠くの街を選んだ。縁がなければ、一生降りる必要がない駅だ。

 服装も同じように、目立たない為に黒のパーカを選んだ。ズボンも同じ色なので、全身真っ黒といった具合だが、別におかしな格好とまではいかない。ファッションとしては普通にありだと思う。

 荷物は最小限。普段だったら外出時はショルダーバッグを使用しているが、今はベルトに通したウエストポーチだけだ。中にはスマホとお財布、そしてスタンガン。

 準備に不足はない。あとはここに、私の決意を乗せるだけだ。


 電車を乗り換えると、今度は座ることが出来なかったので、扉の近くで立たざるをえなかった。

 私はスマホを取り出し、『碧色の時計盤』をタップした。マップが表示される。GPS使用のマークが点灯し、マップ上に現在地を示す青い点が浮かんだ。電車で移動中の為、少しずつ動いている。マップをスライドさせると、赤い点がぽつりぽつりと浮かんだ。これが私のターゲットだ。

 赤い点は密集して複数重なっている場所もあれば、離れて一つだけのものもある。この赤い点は、青い点と同様に、人間を表している。なので私が目指すべき今回のターゲットは、離れて一つだけ、つまり一人で街を歩いている人間だ。密集した地域は選べるターゲットが多いという利点があるが、それは反面、関係ない人間の目も多いということだ。リスクの高さを考え、ここから選ぶのは避けるべきだろう。ただ注意しなければならないのは、ターゲットではない人間は、このマップに表示されていないということだ。たとえ赤い点が一つだったとしても、必ずしも一人で歩いている訳ではない。隣で手を繋いだ恋人や、一緒に遊んでいる友達が実際はいる可能性もある。なの結局、最終的には自分の目に頼らなければならない。その為にも、まずはマップでターゲットを絞り込むことは大切だ。私にとって都合の良い、人目のなさそうな路地を一人で歩いている赤い点に目星をつけられるかどうか、まずはそれだ。


 電車から降りて改札口を出ると、夜空には雲一つなく、点々と散った星と満月だけがあった。この街には高い建物があまりないようで、駅前は見晴らしが良かった。マップを確認すると、少し歩けば住宅街となっており、道幅も狭く密集していた。隙間の場所も多い。ただ、動き出すにはまだ少し時間が早い気がしたので、近くにあったファストフード店で情報を整理しながら、時間を潰すことにした。

 コーラとチョコレートのパイをトレイに乗せて、なるべく奥の席へ向かった。店内はあまり混んでいなかったが、学生服を着た男子達が一角を占領しており、その騒ぎ声が煩く鬱陶しかった。とはいえ文句が言えるはずもなく、我慢する他ない。この街を選んだのは適当といえばその通りではあるが、直感で選んだものでもあるから、なるべく変更したくなかった。

 椅子に座ると、少しだけお腹が重かったが、なるべく気にしないようにする。ウエストポーチからスマホを取り出し、『碧色の時計盤』をタップする。電車の中で見ていたマップの表示を、更に詳細なものに切り替える。私がこれから足を運べる範囲には、六つの赤い点がある。詳細マップでは赤い点を長押しすることで、顔写真がポップアップされるようになっている。六つの赤い点、男の顔写真を順に確認していく。ターゲットにするならば、強そうな人よりも、弱そうな人がいい。ただこれはあくまで写真で見れる印象なので、果たして実際はどうなのか分からない所ではあるのだが、私の気分の持ちようが変わる。印象は選定基準の一因で、他にも考慮した方が良い点もあるのだが、前回は殆どそれだけで決めてしまった。ただ、それはそれで功を成した。第一印象で、私でもやれるぞと思えることは自信にも繋がり、萎縮せずに大胆さ発揮することが出来る。


 六つの赤い点から、一つの赤い点に目星をつけた。その男は、駅から一番遠い場所に居た。赤い点も移動するものなので、街から離れる者もいれば、入ってくる者もいる。しかしこの男は、長い時間一か所に留まっていた。だが、建物の中ではないようだ。理由はわからないが、都合はいい。顔写真を見た感じも、頬がこけていて、ひ弱そうだ。

 時間も頃合いだ。私は今回のターゲットをこの男に決めた。

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