揚羽_7

 心臓をぎゅっと握られたような痛み。頭の中が得体のしれない思考でいっぱいになり、口が開かなくなってしまった。

 あのことに関して、私が自分でやったことを当然忘れてなどいない。だから今日目覚めた時、ネットでニュースを一通り検索した。その結果、特にそれっぽい記事はどこにも見当たらなかった。だからいったん安心してしまっていた。

「あら? 怯えさせてしまったのでしたら、ごめんなさい」

 電話の向こうの彼女は、私の沈黙で事情を察したようだった。

「怖がらせたいとか、そういったつもりではないんですよ。むしろその件については、ご安心下さいということをお伝えしたかったんです」

「安心……ですか」

「はい、そうです。あげはちょうさんがどのような手段、方法で制裁を行ったとしても、その証拠となる写真さえ送っていただければ、後のことは私共がきちんと対応致します。なので昨日のことも、ええ、安心して下さい」

 対応とは、いったいどの程度の範囲までを指しているのだろうか。ただその言葉を聞いて、私の緊張は少し楽になった気がする。

 しかしなぜこの話を先にしてくれなかったのだろうか。先に聞いていれば、心持ちが少しは変わった気がする。

「ただこれはタトゥーの件もそうなのですが、やるかやらないかの選択肢は、あげはちょうさんにあるということです。そしてもし、私共に共感いただけるのでしたら、最大限サポート致します。そしてこれは先程も申し上げましたが、たとえもしやらないという選択をした場合は、私共は確かに残念ではありますが、このことであげはちょうさんを責めることも致しません。他のスタジオで施術を受けることもまた、あげはちょうさんの自由ですから。しかし再度強調させていただきますが、私共は腕に絶対の自信があります。なのであげはちょうさんに、必ずや満足していただけるタトゥーを施すことができるでしょう」

 私は勢いに飲み込まれるように、わかりましたと返事を返していた。

「今回、あげはちょうさんは社会的にも素晴らしいことをなさったんです。そのことに、私共は感謝しております。なので引き続き、写真をお送りいただき、次もまたお電話できることを楽しみにしております」

 最後は一方的に電話を切られたような形になった。私はスマホを置いてから、ふぅと一息吐いて、机にうつ伏せた。

 電話で話した内容を思い出す。怪しさが余計に増した気がするし、いや元々のことを考えれば、その印象はあまり変わっていないともいえる。しかしだからこそ、魅力的にも思える。確かにおかしなことばかりだが、私の左下腹部にアゲハ蝶のタトゥーを彫る為には、それらを乗り越えてこそ、価値は跳ね上がるのではないかと思う。

 顔を上げて、PCモニタに映る未完成のアゲハ蝶を見つめる。私は左下腹部をシャツの上からおさえる。

 とんでもない所と繋がりを持ってしまった。しかしそのリスク以上のリターンが望める。PCモニタの表示をブラウザに切り替えると、タトゥーの画像がセンス良く並んでいる。これらを作成したアーティストが私の体に触れるのだと想像すると、高揚感が湧いてくる。

 不明瞭な点を残す電話だった。電話の相手はよく分からない妙な言葉使いの女性ではあったが、その腕に自信を持っているということは、はっきりと感じられた。

 そうだ。そうでなくちゃならない。そうであるからこそ、私のアゲハ蝶は力強さと輝きを増すのだ。

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