揚羽_4

 一見普通のホームページで、他のタトゥースタジオとあまり変わりはなかった。ややシンプルな作りで、タトゥーの入った腕や背中などの画像が、センスよく並んでいる。

 検索結果では、かなり後ろの方で見つけた。もっと上位にあっても不思議ではないと思ったのだが、私にはどのようなアルゴリズムで順位が決まっているかわからない。利用者が少なかったりするのだろうか、などと考えながら、そのスタジオのページを遷移する。


 いくつも並んだタトゥーの画像。その一つ一つに惹かれる。これまで見てきた中で、間違いなく一番好きだ。なのに検索順位は低い。なぜなのだろうと、こうした疑問があったからなのかもしれない、私はこのスタジオのページをすべて見終えた時、妙は違和感をもった。全部のページを確認したはずだ。でも、本当にこれだけなのだろうか。タトゥーの施術を行っているスタジオであることは間違いない。表示されているのは、趣味で集めたタトゥーの画像という訳ではないことが察せられる。しかし、スタジオの情報が少ない。すみずみまで確認してみたが、やはり住所や電話番号はどこにも表示されていない。コンタクトを取る為のメールフォームやリンクもない。

 これはもしかするとと思い、ページソースも開いてみた。なんというか、数々のタトゥー画像と、ホームページの作り方からして、この製作者がこんな中途半端なものを作るだろうかという疑問があった。ページソースについては、中学生の頃に少しかじった程度なので、詳しいことまではわからない。だから集中力を高めて、引っかかるものはないかと探していく。あるかどうかわからないものを探すのは集中力だけではなく、やる気にも影響がある。しかしここは、絶対にこのスタジオで施術を受けたいという希望が功を奏した。

 見つけた瞬間、心臓が跳ね上がった。おかしな一文。これはURLだ。ホームページにアイコンは表示されていないが、ページソースには確かに存在する。私は身を乗り出し、なんどもそのURLを確認してから、アドレスバーに直接貼付け、エンターキーを押した。


 ――施術の依頼がある方は、こちらにスマートフォンからメールをお送り下さい。


 私は机の上に置いていたスマホを手に取り、ブラウザアプリからPCと同じURLにアクセスした。私は深く考えるまでもなく、メールを送った。その時は年齢の問題など、都合よく頭から追い出されていた。

 しばらくすると返信が届いた。内容はまたURL、それだけだった。タップすると、ブラウザアプリが起ち上がり、アカウント登録画面に遷移した。

 私は案内に従い、IDネーム、パスワード、性別、スマホの電話番号、希望するタトゥーの施術箇所を躊躇いなく入力していく。最終行には、個人情報の扱いには最善の注意を施してありますと書かれてる。これに背中を押されて、私は今入力した情報を送信した。

 再度メールが届いた。アカウントの登録が完了した旨が書かれている。またURLをタップすると、今度はログイン画面に遷移した。先程私自身が決めたIDネームとパスワードを入力してログインする。すると、タトゥーの施術を受けるまでの手順が並んだページが表示された。しかしそれは読んでみると、おかしな内容だった。


 ――施術に料金は必要ございません。しかし、以下の項目を満たしていただかなければ、施術を行うことも致しません。


 料金が必要ない。これは普通に考えておかしい。どう考えても怪しい。でもこの時の私は、お金がかからないとは、なんとも魅力的なのだろうと思った。タトゥーを入れる訳だから、一応お金は用意していたが、バイトをしている訳ではないので、過去の貯金を何とか集めてといった具合だったからだ。

 しかしさて、ではその満たさなければならない項目、つまり条件とは何なのだろうかと、先を読み進めた。


 すべて読み終えた時に考えたのは、果たしてこれは許されるものなのだろうかということだった。私の欲を天秤にかけてもいいのだろうか。だが、これを実行しなければ施術は受けられない。PCで見ていたタトゥーの画像は、やはりアーティストのサンプルだった。これを見てしまったら、もう他のスタジオにお願いするなんて考えられない。けれどしかし……と、私はここにきて初めて悩みが出てきた。


 親の承諾書が必要だという記載は、どこを読んでも確認出来なかった。また、アカウントを登録するなどで、生年月日を尋ねられることもなかった。ホームページに辿りつくのが大変だし、その後のステップも多い、そして最後はこれだ。施術を受けるために、いくつもの壁を作っている。しかしだからこそ、施術に料金は必要ないし、年齢制限も関係ないのだという意思を感じた。


 私の手が、左下腹部に触れる。そこにアゲハ蝶が宿るのだというイメージ。それは、このアーティストの手によってではなければならない。つまり、そうだ。悩むのはやめて、進むしかなかった。

 私はブラウザアプリに表示されている、承諾のアイコンをタップした。そして遷移したページの案内に従い、このページをスマホのホーム画面に追加する。


 『碧色の時計盤』が作成された。


 それから私は、施術の条件を満たすべく、通販サイトで役にたちそうなものを探し、注文した。三日後にそれは届き、私は初めてスタンガンに触れた。見た目はプラスチックの玩具だ。想像していたよりも軽い。でもこれは、人を傷つける事ができる。二万五千円の出費。仕方がないと割り切った。

 そしてその威力に申し分はなく、良い買い物をしたと実感できたのが、昨日の出来事だった。

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