揚羽_3

 私にとってアゲハ蝶は特別なアイコンで、アイデンティティに結びついている。由来は単純に、私の名前が揚羽だから。初めは私と同じ名前の蝶がいるんだな程度だった。しかしお母さんに図鑑でその姿を見せられた時から、その美しさに魅了され、特別な存在になった。ああ、確かに私は、アゲハなのだと。

 それからというもの、例えば洋服にアゲハ蝶がデザインされたものがあれば、自然とそれを手にとってしまう。筆箱やシャーペンといった文房具もなるべくそれで揃えようとした。


 また、ネット上のハンドルネームは「鳳蝶」で登録するようにしている。結構ありがちに使われる名前なので、私を知っている人がみても、これが来栖揚羽のアカウントだと、すぐにはバレないと思う。それにその時、他のプロフィール欄も確認するだろうが、私が記入している情報は、完全にデタラメだ。だからこれは、ただのありふれたハンドルネーム。来栖揚羽に辿り着けない。


 アゲハ蝶のタトゥーを彫ると決めた私は、ネットで情報を集めた。タトゥーに関して、私はほとんど無知だった。だから検索でヒットしたものを、とにかく読んだ。タトゥーの起源から始まり、その意味合いなどの文化的情報。また、彫ってもらう時の値段の相場や、そのスタジオなどの社会的情報。興味の対象である文章を読むのは、それだけで楽しかった。これで得た情報は、私の創作活動にも活かせそうだと思った。


 しかし調べるにつれ、ネガティブな意見の方が目に多くついてきた。タトゥーを彫ることによる、人体への危険性。そして、反社会的行為とみなされるゆえの、あざけり。


 あるていどの予測はあったので、一応心構えみたいなものはあったのだが、罵倒や人格否定の言葉を連続で読んでいると、さすがに気分が凹んだ。

 日本ではタトゥーに悪いイメージが強いことは、理解していた。対して海外では、もっと気軽に扱われているよう感じられた。もっとそれは、私の観測範囲が米国のバンド文化に偏っていたということもあるだろう。


 私が好きな米国のバンドメンバーである彼、彼女らは、私と同い年位でも、手首や足首にワンポイント入れていたり、腕にびっしり模様があったりと、ファッションとして楽しんでいるように見えた。勿論それらは、一つの側面でしかない。国の中にだって、文化圏の違いがあるから、タトゥーを嫌う米国のバンドはいるはずだ。とはいえネットの中で私が思ったのは、日本に比べて、カジュアルに楽しんでいて良いなというものだった。バンドが自分たちでアップしている動画には、タトゥーの施術を受けている最中だというものも、多くある。それを見ていると、たとえネガティブな意見があろうとも、私は自分自身にアゲハ蝶のタトゥーを彫ることを、諦められなかった。


 可愛くておしゃれだからタトゥー彫りたいというのもあるが、勇気や自信を肌に刻みたいという欲求の方が強い。これが私のタトゥーを入れる理由。私もバンドの彼、彼女らと同じものを身につける。また漫画の中で、タトゥーを心の拠り所にしている場面も

を読んだ覚えがある。そうやって、自分の内部に肯定感を満たすことで、たとえ否定的な言葉が並んでいようとも、絶対にタトゥー入れてやるんだと、強い気持ちになれた。


 だがもう一方で、施術してもらうのには、年齢の壁という問題があった。県の条例により、その年齢はまちまちではあるが、基本的に十八歳未満は禁止されていた。私の今の年齢は、十七歳だ。あと一年は待たなければならない。それによく調べてみると、二十歳未満は親の承諾が必要になる。

 私はタトゥーを誰かに見せたい訳じゃない。自分だけの為に、私自身が満足できれば良かった。だから両親には、黙っているつもりだ。


 ネガティブな意見になら、対処はできている。

 しかし年齢の問題は、さすがに難しい。


 年齢を偽るという方法も考えてみた。しかしタトゥースタジオのホームページを見てみると、それは無理に思えた。どこも注意事項に年齢の事がしっかりと書かれている。

 あと三年待つ? いいや、そんなには待てない。今すぐにでも、私はアゲハ蝶のタトゥーを入れたい。しかし現実的に難しい。諦めるしかないのだろうかと、落胆した気持ちを抱えつつネットの検索結果を辿っている時に、私はようやく見つけた。


 年齢も、親の承諾いらないタトゥースタジオ。ただしいくつか、別の条件があった。

 一つは女性であること。

 そしてもう一つが、いま私のスマホの中にある、涎を垂らした男の画像だった。

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