揚羽_2

 ベッドから起き上がり、そのまま椅子にだらりと腰を埋めた。背もたれに寄りかかりながら、右手にあるカーテンを少し開けると、外の日差しが部屋に差し込んだ。そのあまりの眩しさに私はすぐに目を閉じたのだが、瞼の裏に光が焼き付いて眼の前が霞む。


 最近は睡眠時間が伸びる一方だ。それでも、今日はこれまでに比べれば、幾分か短かった。

 スリープ状態だったパソコンを起動させると、デスクトップにおいたSNSアプリのクライアントソフトに更新が走る。縦に並んだアイコンと文字列、ざっと目を通して見たが、私が寝ている間に何か特別なことが起きた様子もなく、普段通りともいえる光景だった。 ブラウザをタスクバーから呼び出し、有名所のニュース記事を眺めてみるが、いまいちぴんとくる情報もなかった。

 そうして、ブラウザのブックマークからイラスト投稿サイトにページを移動する。この瞬間は、どうしても緊張してしまう自分がいる。

 表示される、私のアカウント。新しいコメントの通知はない。投稿したイラストの閲覧数と評価回数、総合点にも変化はなかった。 有名なイラスト投稿サイトだから、アクセス数も多く、私のイラストを見てもらえる機会が増えるかもと思って投稿を始めた。しかしそれは反面、見るだけではなく投稿している人も多いということで、私のイラストが他人のイラストに埋もれてしまうことでもある。投稿している中にはプロの人も多いし、流行り廃りもある。私自身の思いとしては、ランキングに入りたいととか、そんな高すぎる欲望はないにしても、投稿したイラストの閲覧数くらいは毎日増えていてくれればと思う。とはいえ私としては、イラストが描きあがり、投稿した段階で結構満足している部分もあるので、閲覧数が増えていないことが酷く不満だという訳ではない。まあ少しでも、変化があってくれると嬉しいなといった程度だ。

 寝起きの日課を終えると、手元にあったペットボトルの水を喉に流し込んだ。少し温かく、舌に嫌な味が残った。

 ペットボトルを弄っていると、昨夜の出来事が思い出される。しかしその記憶も、薄らいできていたりもして、客観的になれたりもした。

 

 シャワーを浴びてから部屋に戻ると、スマホにチャットアプリからの着信履歴が表示されていた。相手は京子からだった。私がまだ寝ていた時間に、着信があったらしい。まったく気付いていなかった。

 彼女とは、特別親しい友人という訳でもなかった。まぁ、親しい仲の友達など私にはいないけれど、京子から連絡が来るのだって、初めてのことだった。確かに、IDの交換をした覚えはあるが、それは殆どその場限りのもので、使われていない繋がりだった。

 それなのに、なぜ今頃?

 少し気にはなり、折返し電話するなり、メッセージを送るなりしようと考えてはみたが、時計を見ると今頃は授業中だろうと判断し、結局は無反応であることを選んだ。


 ドライヤーで頭を乾かしながら、ディスプレイに表示されるSNSの流れを目で追う。そこには何か重要な言葉がある訳でもないのに、眺めているだけで、妙な安心感があった。部屋にこもりがちな私にとって、生きたコミュニケーションが交わされているこの場が、魅力的だった。

 もちろん私もアカウントも持っているので、コメントを流している。ただそれは、時折誰かと会話をすることもあるが、殆どは独り言だ。それは実際の生活、リアルとあまり変わりがなかった。


 新しく次の絵を描き始めようと思うのだが、これだというイメージが湧かない。ペイントソフトを起ち上げ、ざっくりとしたラフを幾つか描いてみるが、完成させたいと思うような構図が出来上がらない。

 いったんペンを置いて、イヤフォンを装着した。気分転換に動画サイトでミュージックビデオを適当に流す。女性ボーカルの海外バンド、それも激しくてうるさいと言われるような音楽が、私の好みだった。彼女達の力強い歌声とパフォーマンスが私を魅了する。

 私も、彼女達のようになれればと思う。

 しかしでは、私もバンドを組んでどうにかしたいのかといえば、それは違っていて、理想像みたいな形で、強い憧れを抱いた。成り代わりたいのではなく、私も自分に自信を持ち、他者に影響を与えてしまうまでとはいかずとも、細い繋がりのようなものを感じてくれたらいいなと思う。

 その手段が、私にとってはイラストや漫画を描くことになるのだが、果たしてその域にいつしか達することが出来るのだろうかと考えてみれば、そこにあるの絶望感や、無力感なのだ。

 他人の為ではなく、自分で描く事が楽しいからやっていることだ。

 それは勿論、そうではある。しかしそれでも、いつかはそうやって、他人の人生に影響を与える絵や物語だって描いてみたいという欲望があった。


 だから私はタトゥーを入れようと決めた。それも、自分でデザインしたものを。

 動画サイトで流しているミュージックビデオを見ていると、いつの間にか彼女達の体に刻まれたタトゥーを目で追っている自分に気付いた。

 そうだ、私にもタトゥーがあればいいのだと、強い衝動が体中駆け巡った。

 それが、今から一週間前の出来事だった。


 左下腹部にアゲハ蝶のタトゥー。そのデザイン以外は考えられなかった。

 そしては私はそれを得る為に、指示されるがまま、素性も知らない男にスタンガンを突きつけたのだった。

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