倒れても、立ち上がり、走れ ③




 僕は全速力で控え室に走った。


 三の丸庁舎の中に用意してもらっている控え室には、幸い誰もいなかった。

 ここに来るまでの間にも運よく誰とも行き会わなかったけれど、もしかしたら、僕がいないことに気づいたスタッフが探しにこないとも限らない。

 準備を手早くすませなければ。


 僕は、荷物置き場に隠すようにして押し込めてあったスポーツバッグを引っぱり出す。

 そして、ビニールシートでくるんだ荷物も。


 今日は現地集合で助かった。

 おかげで、みんなが集まる前に、この自前の大荷物を隠しておくことができた。


 スポーツバッグの口を勢いよく開ける。


 中には実家から調達してきた衣装がつめてある。

 高校時代の学ランと、フルフェイスのヘルメット、そしてバイク用のグローブ。


 僕はスタッフTシャツの上から学ランを羽織る。

 ジーンズを慌ただしく脱いで制服のズボンにはきかえる。

 よし、サイズは問題ない。


 グローブも両手にはめて、しっかりとベルトを留めた。

 かっちりとした制服に身を包み、グローブで固めると、心まで引きしまって覚悟も決まる。


 そして、ビニールシートをほどいて木刀を取り出す。


 鹿島神宮は、確か勝負事に御利益があると聞いたことがある。

 こんな土産物屋で売っている木刀に、御利益なんか期待するものではないかもしれないが、今の僕はどんなものにでもあやかりたい気分だった。


 僕がこれから臨む戦い、一世一代の大勝負が、どうかうまくいきますように。


 木刀の柄を両手でしっかり握り、僕は鹿島の神様に願をかけた。


 僕はヒーローが好きだ。

 子供の頃の将来の夢は、ヒーローになることだった。

 今から僕のやろうとしていることは、その夢とは真逆のことだ。

 それでも今は、これがうまくいくことだけを願った。


 広場のステージの方で歓声が上がった。

 この控え室にまで、ショーの音楽と子供たちがイバライガーを応援する声が聞こえてくる。

 その声に、更に気が引きしまった。


 準備は整った。


 あとは計画通りにやるだけだ。


 ヘルメットと木刀、それからテントから失敬してきた拡声器を両手にひっつかむ。


 そして僕は、控え室を飛び出す。

 戦いの場、ステージショーに向かって。

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