エピソード6「倒れても、立ち上がり、走れ」
倒れても、立ち上がり、走れ ①
「
マキさんが尋ねてくるのに僕はうなずいて答えた。
「明日、水戸ですもんね。
現場、駅からも近いんで、地元から電車で行きます」
いよいよ、明日だ。
七月最後の日曜日。
イバライガーのステージショーの日。
……最後かもしれない、出動の日。
僕と、タケさん、マキさんで、明日使う荷物をイバライガーカーに積み込む作業をしているところだった。
ステージで使うものと、ショップに並べるグッズを手分けして積み込んでいく。
テントや長机は現地で用意してくれているが、それでも基地から運ぶ必要のあるものは多い。
結局、今日まで出動予定は更新されていない。
そのことについて口に出す人はいなかったが、みんなの心境を表しているかのように、基地の雰囲気は決して明るくはなかった。
それでもみんな、いつも通りの仕事をこなしていくのに集中している。
「水戸といえばさぁ」
作業をしながら、タケさんが言う。
「前に行ったとき、事件あったよな」
「事件?」
「そ。弁当消失事件」
「……何ですか、それ」
タケさんの言い方にうさんくさいものを感じて、僕はマキさんの方へと視線を向けた。
すると、マキさんは小さく笑って言う。
「龍生くんが入る前にね、水戸に出動したことがあったんだけど。
そのときも地元のお祭りで、ステージにいろんな団体が出演する予定になってたのね」
「んで、その出演団体の控え室にって用意してくれてたのが、会議室みたいなとこで。
そこを共同で使う感じになってたわけ」
「それで、お昼ごはんで用意してくれてたお弁当をね、あたしたちの分、まとめて控え室に置いておいたの。
で、午後からの本番前に、外出てみんなで練習して、終わって、さあお昼ごはんだーって控え室に戻ってみたら――なんと」
「――弁当、全部なくなってた」
重々しく、タケさんが言う。
僕がぽかんとしていると、マキさんが笑いをこらえる表情をして説明してくれる。
「たぶんね、他の団体さんが、自分たちの分と間違って持っていっちゃったんだと思うの。
ああいうとこに出るの、慣れてる団体さんだとそういうことしないんだけど。
出演者同士のマナーってあるしね。
けど、そういうの知らない人がいたのかなって」
「え、じゃあ、そのとき皆さんって……」
「まあ、必然的にお昼ごはん抜き」
「うわ」
「飯抜きでショーやって、撮影会やって、グリーティングまでやった。
よくやった、俺たち」
「うわー」
しみじみと自画自賛しているタケさんの横で、マキさんがおかしそうに笑う。
その場で当事者となっていたら、なかなかしんどい事案だ。
けれど、そんなアクシデントも、この人たちはポジティブに笑い話にしてしまう。
……いや、今はそんな笑い話をして、気をまぎらわせているのだろうか。
いつも通りに、とみんな意識しているように思えた。
僕は備品をまとめてある段ボール箱に目を留めて、タケさんに尋ねる。
「タケさん、この辺のも持っていきますか?
拡声器とか、一応いるんですよね」
「おお、積んどいてー。
機材トラブルでマイク使えなくなったりしたとき必要だから」
言われて、僕は拡声器のしまってあるその箱を車に積み込む。
作業を続けながら、僕もいつも通りを装って雑談に参加する。
「そういえば、明日のショーも僕の姪っ子と甥っ子、見に来てくれるって言ってましたよ」
「お、この前来てくれてたかわいい子?」
「なになに? かわいい子?
あたしその話知らないんだけど」
「この前、霞ヶ浦の出動のとき、タツキングの姪っ子ちゃんが来てたんだけど、すっげーかわいいの」
「えー、龍生くん、姪御さんいるんだ?
いいなー、紹介してよ。おねえさん、かわいい子大好きだからさ」
「……おばさんの間違いじゃね?」
「何か言ったおじさん!」
たちまち、タケさんとマキさんで、ケンカのようなじゃれているような言い合いが始まる。
にぎやかなそのやり取りを笑って見ながら僕は思う。
こういうのがいい。
こうやって、みんなで集まってわいわい大騒ぎしているのがいい。
今はこうして、馬鹿みたいだけど真面目なお祭り騒ぎを楽しんでいたい。
戦いの日は、もう明日なのだから。
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