ヒーローが生まれた日 ⑥




 その次の日も、いつも通りに一日が始まり、いつも通りに基地に向かい、僕はいつも通りに仕事を終えた。


 その夕方、僕はいつもなら真っ直ぐアパートに帰る道を通り過ぎて、実家へと足を向けた。

 実家へは正月以来帰っていなかった。

 徒歩圏内に住んでいて、行こうと思えばいつでも行けるとなると、かえって足が向かないものだ。


 実家に着くと、勝手口から明かりがもれている。

 丁度、夕飯の支度をしている頃合いだろう。

 その明かりを見やって、僕は朝顔の鉢植えが並んだ玄関に向かった。


「ただいまー」


 玄関を入って声をかけると、台所の方からぱたぱたと足音がやって来る。

 スリッパの音を立てて現れた我が母は、エプロンで手をふきながら目を丸くして僕を見た。


龍生たつき? どうしたの、急に」

「ちょっとね」


 言いながら、僕は手早くスニーカーを脱いで家に上がった。


「いるものがあって、取りに来ただけだから。

すぐに帰るよ」


 呆気に取られているらしい母を尻目に、僕はさっさと階段を上って自分の部屋に向かった。


 二階にある僕の部屋は、アパートの部屋に比べると随分雑多だ。

 大学入学と同時にひとり暮らしをはじめたから、高校生のときの物がほとんどそのまま残っている。


 僕はまずクローゼットを開けてみた。

 ざっと中を見回してみて……あった。


 引っぱり出したのは、高校の制服だ。

 クリーニングから戻ってきたときのビニール袋がかかったまま、クローゼットにしまいっぱなしになっていたその学ランを久しぶりに取り出す。

 体型は高校のときからあまり変わっていないから、この学ランもまだ着られるはず。


 衣装はこれがいいだろう。

 詰め襟は男の戦闘服だと、どこかで誰かが言っていたからな。


 僕は、同じくクローゼットの中に入れっぱなしにしていたスポーツバッグを取り出して、その中に学ランを突っ込む。


(あと必要な小道具は……)


 スポーツバッグを手に、僕は慌ただしく階段を降りる。

 使えそうな物があるとすれば、外のガレージだろう。

 僕は台所へと向かった。

 夕飯の支度をしている手を止めて、母がきょとんとした様子で見てくるそばをすり抜けて、僕は勝手口から外へ出る。


 サンダルを突っかけてガレージに向かうと、センサーが反応して小さなライトがぽっと灯った。

 ガレージの中には、以前は車の他に父のバイクがあった。

 もう歳だから、と言って何年か前にその相棒を父は手放してしまっていたのだが、他のバイク用品はきちんと片づけてとっているはずだ。


 父お手製の収納棚を見ると、愛用していたヘルメットがいくつか飾るように置いてある。

 僕はその中から、フルフェイスのものを取り上げた。


(ちょっと拝借)


 心の中で父にそうことわって、僕はそのヘルメットもバッグにつめた。

 棚をあさってみると、バイク用のグローブも出てきたのでそれも借りていくことにする。


 あとは何か……と、ガレージの中を見渡してみる。

 すると、壁に木刀が立てかけてあるのが目についた。

 取り上げて見てみると、柄に「鹿島神宮」と彫ってある。

 確かこれは、いつかの初詣で家族そろって鹿島神宮に行ったとき、兄が土産物屋で見つけてノリで買ってきたものだ。

 ついでだからこれも借りていこう。

 バッグの中に……はさすがに入らないので、ビニールシートを探して木刀を包んだ。

 昔ピクニックに行くときに使っていたビニールシートは、ファンシーなキャラクターの柄で目立つのだが、木刀をむき出しのまま持ち歩くよりはましだろう。


 これで小道具もそろった。

 僕はスポーツバッグをかつぎ、シートでくるんだ木刀をひっさげてガレージをあとにする。


「龍生、もう帰るの?」


 勝手口をくぐると、母が大荷物を抱えた僕を不思議そうに見返して聞いてくる。


「うん、もう用事は済んだから」

「久しぶりに帰ってきたんだから、夕ご飯食べていったら? 

もうすぐお父さんも帰ってくるし」


 言われて、僕は一瞬開きかけた口を閉じ、そして代わりにうなずいて答えた。


「うん、じゃあそうしていこうかな」


 そう言うと、母はいそいそと食器棚から僕の茶碗を取り出した。


 味噌汁の香りが漂い、着々と整っていく食卓を見つめながら思う。


 もうすぐ、戦いの日が来る。

 それは僕にとっては、最初で最後の戦いとなるだろう。

 その日に備えて、今は充分に準備をし、英気を養っておくべきだ。


 そう思いながら、僕は久しぶりの実家の食卓に着いた。

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