ヒーローが生まれた日 ⑤




 僕に何ができるだろう。


 そればかりを考えていた。


 重い体を引きずるようにして基地からアパートへ帰る間、ずっと。

 何にも疲れることなんかなかったはずなのに、重いものが覆いかぶさっているように、体も頭もうまく働いてくれなかった。


 正体不明の重みにのしかかられて、アパートの部屋に仰向けに寝転がりながらも、そのことは頭から離れずにいた。


 僕に何ができるだろう。


 ヒーローができなくなる。

 イバライガーがいなくなる。


 そんなのはいやだ。

 そんな日常は想像できない。


 僕にとって、ヒーローの存在はもう日常に不可欠なもので、イバライガーはなくてはならない存在で。

 イバライガーを知らなかった頃には戻れないくらい、存在して当たり前になってしまっている。


 もしこの世界に本当に正義があるのなら、正義を行うヒーローがいるのなら、イバライガーは間違いなくそのヒーローなんだ。

 そのイバライガーがいなくなるのは、僕にとって、いや、世界にとっても、正義がなくなってしまうのと同じことだと思えた。

 そんな世界は絶望でしかないとも。


 そんなのは、いやだ。


 だからといって、じゃあ僕に何ができる? 

 いやだいやだと言っているだけでは、ただだだをこねているのと変わらない。


 僕に何ができる?


 イバライガーのために何ができる?


 僕は重たい体を無理矢理動かして寝返りを打つ。

 姿勢を変えてうつぶせになってみても、それで頭が働いていい考えが浮かぶわけでもなく。

 ただ息苦しいだけなので、僕はまた苦労して体を転がし、部屋の天井を見上げながら溜息をついた。


 どうして今ここに、一億円の当たりくじがないんだろう。

 どうして僕はアラブの石油王じゃないんだろう。


 そんな、考えてもどうしようもない妄想ばかりが、浮かんでは消えていく。

 僕は世界的大企業のCEOでも資産家の御曹司でもないのだから、直接に経済的な問題を解決させることはできない。

 できないことを考えていても仕方がない。

 けど、じゃあ僕に何ができるというのだろう?


 答えを探して視線を動かしてみたが、目に入ったのはカレンダーだった。

 カラーボックスの上に素っ気なく置いてあるカレンダーが、今月末の出動予定まで、もう二週間を切っていることを知らせてくる。

 更新されない出動予定。

 これを最後になんてしたくないのに。


 僕は床に転がしていたスマホを引き寄せる。

 特に何か思いついたわけじゃない。

 ただ、答えが見つからない問題を考え続けていると気が滅入るだけなので、何か別のことをしたくなっただけだ。


 仰向けの顔の上に腕を伸ばしてスマホを構える。

 そして、ほとんど習慣化している動作で、僕は動画サイトのアプリを立ち上げた。

 イバライガーの過去のステージショーが公開されているサイトだ。

 その中で、僕は特にお気に入りのショーを自分用にまとめている。

 そのお気に入りフォルダを、何も考えずに再生させた。


 もう何十回と見たショーの映像は、台詞もアクションもすっかり頭の中に入っている。

 けど、何度くり返し見たって、イバライガーのショーはかっこよくて胸を熱くさせてくれる。

 アクションも立ち姿も凛々しいイバライガー。

 熱血で一直線な言動がかっこいいアール

 おてんばなかわいらしさでステージを華やかにするイバガール。

 ダークヒーローな役回りが渋くて魅力的なブラック。

 ミニライガーたちもジャークたちも、それぞれに魅力があって、みんなショーに欠かすことのできない仲間だ。


 彼らの活躍が、見られなくなる日が来るなんて。


 やっぱり、そんなのはいやだ。


 思ったとたん、視界が涙でゆがんだ。


 その瞬間、手からスマホが滑り落ちた。


 なすすべもなく落下したスマホを顔面で受け止めて、僕は地味な痛みに苦悶する。

 両手で顔を覆って、こういうときに心配する人もツッコミを入れてくれる人もいないひとり暮らしのむなしさをかみしめる。


 落下の衝撃にもめげずにスマホは動画の再生を続けていた。

 スピーカーからお姉さんの声が聞こえてくる。


「――大変! 

そうだ、みんな、こんなときこそイバライガーを呼ぼう! 

いくよ、せーのっ!」


 イバライガーの名前を呼ぶ子供たちの声が響く。

 その声が、僕の頭の中で反響した。

 いつまでも続くかのように響く声を聞きながら、ぼんやりと僕は考える。


 イバライガーは、呼べば必ず来てくれる。

 子供たちがイバライガーを呼ぶのは、そこに悪役がいるからだ。

 悪役がいるから、子供たちはイバライガーを呼ぶ。

 呼べば、イバライガーは現れる。

 現れなければならない。

 それがヒーローだから。


 つまり。


 悪役がいる限り、イバライガーはあり続けなければならない。


 僕は勢いよく起き上がる。


 何かがひらめいた気がした。

 僕の中で、ひとつの方法が思いついた気がした。


 僕にできること。


 思いついたこの方法が、本当に意味があるかはわからないけれど。

 だけど、ここでぐだぐだ考えていても仕方ない。

 思いついたことは行動してみなければ。


 僕はもう一度カレンダーを見る。

 ショー当日まで、二週間を切っている。

 だが、まだ準備するための時間は充分ある。


 そう、まずは準備が必要だ。


 僕はスマホを拾い上げる。

 そして、ジャークと戦うイバライガーの姿を見つめながら、思い浮かんだイメージを頭の中に書きとめていった。

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