ヒーローが生まれた日 ④

「ここ?」


 僕とイバライガーは一緒になって建物を見上げた。

 真っ赤なこのイバライガーの基地を。


「貸物件だったここを見たとき、ボスの頭の中に浮かんだそうだ。

ここにたくさんの人が集まってにぎやかにしているイメージが。

それでとっさに、ここを借りることを決めたんだ」


 たくさんの人が集まって……それはまさに、今のこの基地の様子そのままだ。

 僕はじっとイバライガーの続ける話に耳を傾けた。


「だが、借りると決めたときには、まだここで何をするかは決めていなかった。

ここを借りた夜、ボスはひとりで考えていた。

そして、思い浮かんだものをスケッチに描き上げていった。

そうして生まれたのが、私だ」

「一枚のスケッチから、イバライガーは生まれたんですね……」

「そうだ。

死まで追いつめられた人間、ひとりの人間の極限から生まれたのが、私なんだ」


 そう語るイバライガーの口調は、心なしか誇らしげに聞こえた。


 みんなを救うために、ヒーローは現れる。

 助けを求める人のところへ、必ずヒーローは現れる。

 

 イバライガーはまず、ボスを救うためにこの世界に現れたんだ。

 僕にはそう思えた。


「それから、ずっとここで? 

確か、はじめの頃はボスがひとりで活動してたって聞きました」

「そうだ、最初は今とはまったく違っていてね。

ラジカセを抱えて行って、あちこちのイベントに混ぜてもらっているという感じだった。

だが、少しずつ仲間が増えていってね。

今ではこんなに大勢仲間ができた。

ショーもはじめはなかなか見てもらえなかったものだが」

「今はもう、客席いっぱいになるくらいファンが来てくれますもんね」

「ああ、ありがたいことだ」


 そう言って、イバライガーは遠くを見るように顔を上げた。


「十一年、戦い続けていろいろなことがあった。

困難な状況も挫折もあったし、それが報われるだけの出来事もたくさんあった。

たくさんの出会いがあって、少しの別れも経験した。

自分たちの思うような活動ができない時期もあった。

そんなときでも、ボスと私で基地を夜中に抜け出して、施設へボランティアに出かけていったものだ」


 イバライガーとボスは二人三脚でここまで駆け抜けてきたんだ。

 いや、むしろ一心同体だろうか? 

 イバライガーが語るのを聞きながら僕は思う。


 だけど。


「十一年は長かった。

本当にいろいろなことがあったからな」


 何で。


 イバライガーの横顔を見つめて思う。


 何で、そんな言い方するんですか。


 懐かしい思い出を語るみたいな言い方で。

 まるで、もうすぐ何かが終わってしまうみたいに。

 まだ最終回には早すぎるでしょう?


 心の中で、そう言いつのるばかりで、僕の声は外に出ていけなかった。


 思うことをそのまま言ったらまた八つ当たりになってしまう気がして、僕は言葉を探しながら、イバライガーのまねをして視線を遠くに向ける。


「十一年は、本当に長いですよね。

十一年前は僕、まだ高校生でした。

イバライガーのことも全然知らなかった」

「そうか」

「僕が仲間に入ってから、まだ二か月くらいですよ。

十一年に比べたら、僕なんかまだまだ全然つきあい短いですよね」

「だが、君はもう立派な我々の一員だ」

「ありがとうございます……でも、ぼくはまだまだです」


 自分でも何を言いたいのかよくわからなかった。

 何を言おうとしているのかわかっていないまま、何か言わなければとはやる気持ちに言葉が押し出されてきた。


「僕はまだ、ここでヒーローやりたいです」


 言った。

 イバライガーは何も言わなかった。

 だが、押し出される言葉は次々と、僕の口からあふれてきた。


「僕はここが好きです。

イバライガーのこともボスのことも好きだし、タケさんもマキさんも、スタッフのことみんな好きだし、ファンの皆さんのことも大好きです。

ヒーローが好きだし、ヒーローが好きなみんなのことも好きです。

好きなことに全力で、一生懸命な人たちが好きです。

そんな人たちが集まってくるここが好きです。

僕はまだまだここでヒーローやっていたいです」


 言ってやった。

 一息にまくし立てて息が上がった。

 緊張しているみたいに口の中が乾いていた。


 イバライガーは何も言わなかった。


 沈黙が不安に思えてきて、そっとイバライガーの方に視線を向ける。

 すると、イバライガーは僕の肩をひとつたたくと、さっと立ち上がった。


「ありがとう、龍生たつき


 そして、そのまま歩き去って行く姿を、僕は呆然と視線で追いかけた。

 呼び止めることができないまま、イバライガーは基地の中へと姿を消してしまった。


 ありがとう、って。


 僕は身をのけぞらせ、力なく空を仰ぐ。


(それだけ、ですか……?)


 僕は馬鹿みたいに空を見上げたまま溜息をついた。


 夜の迫る空の色は、紅と群青のグラデーション。

 それがやけにきれいで、悲しくなった。

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