ヒーローが生まれた日 ③




 夏の日は長い。


 夕方と言っていい時間になってようやく傾きはじめた太陽が、基地の駐車場に濃い影を作っている。

 その影の中にしゃがみ込んで、僕は長々と溜息をついた。

 日中の暑さがおりのように、夕風に吹き散らされることもなくたまっている。


 基地の中で平気なふりをし続けるのも気づまりになって、僕は外に出てきてしまった。

 外の空気で気がまぎれるかと思ったけど、重たい熱気がよどむ中、日陰にしゃがみ込んでいると、暑さに押し込められ、深い影の淵に落ち込んでいくような錯覚がしてしまう。

 これはかえって気が滅入ると気づいたけれど、立ち上がるのも億劫で、僕はそのまま地べたに座り込んでいた。

 じんわりと、尻に伝わる地面の熱さがうっとうしい。


 重たい空気を払いたくてついた溜息に、エンジンの音がかぶさった。

 その腹底に響くエンジン音に視線を上げると、イバライガーの運転する真っ赤なトライクが駐車場に入ってくるところだった。


龍生たつき? そんなところでどうしたんだ」


 トライクを停めたイバライガーが、日陰にしゃがみ込んでいる僕に気づいてやって来る。

 夕日をバックに歩いてくる姿も絵になるなぁ。

 そんなことを思いながら、僕はイバライガーを見上げてへらりと笑う。


「ちょっと、夕涼みに」

「そこは涼しいのか?」

「めちゃくちゃ暑いです」


 自分で言って、僕は笑った……全然おもしろくなんかないんだけど。


 すると、何を思ったか、イバライガーは僕の隣に来て僕と同じようにしゃがみ込んだ。

 いや、暑いって言ってるじゃないですか、早く基地に入って涼んできてくださいよ。

 そう、思ったのだけど。


(……何か、似たようなシチュエーション、前にもあったな)


 何でこの人は、僕が落ち込んでいると見計らったように現れるかなぁ。

 うれしいような情けないような気分になって、僕はイバライガーの方を見ないようにして言う。


「パトロールに行ってたんですか? お疲れさまです」

「ああ。基地の方は変わりなかったか?」

「はい、大丈夫です。マキさんもいてくれましたから」


 言って、それきり言葉が途切れてしまう。

 遠くに蝉の鳴く声を聞きながら、僕もイバライガーも黙っていた。


 何か、話した方がいいんだろうか。

 何を話せばいいんだろう。

 そう僕が思っていると、


「何か聞きたいことがあるんじゃないか」


 イバライガーが言った。


 ……どうして僕の心はこうも読まれるんだろうか。

 ちょっと悔しくなったので、


「僕じゃなくて、イバライガーの話を聞かせてくださいよ」


 そう言ってやった。

 イバライガーは考えるような仕草をしてみせ、


「何の話をすればいい?」

「何でも。

イバライガーの話なら何でもいいです」

「それなら、私が生まれたときの話をしようか」


 思いがけない話題に、僕は不意を突かれて思わずイバライガーの顔を見返した。

 それは、未来で作られたヒューマロイドが時空転移して云々という話だろうか?

 僕の困惑を他所よそに、イバライガーは話し始めた。


「龍生はボスが以前、何をしていたかは知っているか?」

「以前? ずっと代表をしていたんじゃないですか?」

「この茨城元気計画いばらきげんきけいかくを立ち上げる前の話だ。

ボスはサーファーだった」


 それは知らなかった。

 けど、健康的に日焼けした鍛えられた体つきを思い返すと、その前職は納得できた。


「世界大会にも出場するサーフィンの選手だった。

自分の会社も持っていて、その経営もしている人だった」

「そんな人が、どうしてローカルヒーローを?」

「その会社が倒産したんだ」


 あんまりにも簡潔に言われた言葉に僕は絶句した。


 イバライガーは淡々とした口調で続ける。


「まだ若かった。

甘かった、というべきだろうか。

会社の資金の横領、遣い込み、いろいろとタイミングが悪いことも重なってしまって、会社は倒産した。

全財産を失い、友人もいなくなり、たったひとりだった。

ボスは追いつめられていた」


 僕は黙ったまま、相づちも打てずにイバライガーの話を聞いていた。


「本当に、ギリギリにまで思いつめてしまっていた。

自殺しようと思った。

それ以外もうどうしようもないと思った。

車で、常磐道を猛スピードで走る。

そうしてひとり、事故を起こして死のうとした」


 僕は知らぬ間に拳を握りしめていた。

 そんな状況に追いつめられたときの心境を想像して、その苦しみをこらえるために手が痛くなるほど握りしめた。


 イバライガーは言う。


「だが、できなかった。

死を思いつめて、けれど、いざとなったとき、涙が止まらなくなってできなかった。

死の淵からギリギリで舞い戻ることはできたが、これからのことを考えて途方にも暮れた。

そのすぐ後だ、偶然にここを見つけたのは」

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