ヒーローが生まれた日 ②




 タケさんから衝撃的すぎる話を聞いてから、僕の日常は今のところ、変わることなく過ぎている。


 あの日は結局、三人そろって基地に向かい、そしていつも通りに仕事をして終わった。

 何事もなく、拍子抜けするほど普段と変わらない一日だった。

 ボスと顔を合わせても、僕たちからは何も聞かず、ボスからも特別、変わった話はなかった。


 そうして一日が過ぎ、二日が過ぎ、三日が過ぎ……やっぱり、何も改まった話はないまま、いつも通りの基地での日常が過ぎていった。


 僕も、タケさんもマキさんも、あの日の話はくり返してはしなかった。

 そうやって何事もなかったかのようにしていれば、本当に何事もなくすんでしまう。

 そんなことを、口には出さないけど、お互い思っているみたいだった。

 他のスタッフもみんな、何も変わったことなどないように仕事をしている。

 基地の仕事は平常運転だ。


 一度だけ、タケさんが落ち着かない気分でいた僕を見かねたように言った。


「今すぐどうこうってことはないから、安心してなよ。

まあ、厳しいことには変わりないけど」


 一応うなずいてはみたけど、それで安心しろと言われても無理な話なのだ。


 今すぐどうこうってことはない。


 じゃあ、来年は? 三年後は? 

 五年後、十年後、僕らはここでヒーローを続けることができているだろうか。

 見えない未来のことにばかり思いがつのって、胸にのしかかってくるそれを無視することはできずにいた。


 そうしているときだった。

 僕は偶然それに気がついた。


 たまたま、イバライガーのホームページを見ていたときだ。


「……マキさん」


 僕は見ていたスマホの画面から目を上げて、近くにいたマキさんに声をかける。

 マキさんは作業の手を止めて顔を上げた。


龍生たつきくん、呼んだ?」

「はい、呼びました。

あの、イバライガーのホームページなんですけど」

「うん、どうしたの?」

「出動予定のとこ。

今決まってるのって、これだけでしたっけ?」


 ホームページには「出動予定」の項目があって、イバライガーのステージショーの出演や、握手会の開催予定が載っている。


 その出動予定が、七月までで止まっている。

 七月最後の週末に予定されているステージショーの後、八月以降の予定が載っていないのだ。


 僕が尋ねると、マキさんは一瞬視線を揺らした。

 そして、視線を手元に戻して作業を再開させながら言う。


「うん、今予定入ってるのはそこに載ってるだけみたいだよ」

「夏休み中はどこでもイベントやりますよね。

そういうとこでの依頼ってきてないんでしたっけ」

「うん、きてないみたいだね」


 気のない返事に、僕は黙る。


 出動依頼がきていないのか。

 それとも、出動依頼を受けつけていないのか。


(……どっち、なんだろう……)


 じわりと、胸の内に冷たいものが広がりそうになるのを押さえ込む。

 マキさんはこのことに気づいてたんだ。

 たぶん、他のみんなも気づいてる。

 気づいていて、誰も何も言わずにいる。


 ぼんやりと画面を見つめていると、


「あ、ボス」


 マキさんの声と、基地の扉が開いた音に、僕は視線を上げた。

 すると、外から帰ってきたボスと目が合って、一瞬、言葉が出るのが遅れる。


「――おかえりなさい、ボス」

「ああ、ご苦労さま」


 ボスの様子はいつもと変わらない。

 そのいつも通りの様子でボスはマキさんに向かって言う。


「少ししたら、また外出てくるから。

基地の留守番は頼んだよ」

「はい、わかりました」


 そういつも通りの調子で答えるマキさんにうなずくと、ボスは顔を僕の方に向けて言った。


「心配させているようですまないね」


 僕がとっさに返事をできないでいるうちに、ボスはきびきびと奥の部屋へと行ってしまった。

 その後ろ姿を見送って、僕はそばのマキさんに向かってそっと尋ねる。


「……僕、何か顔に出てましたか?」


 マキさんは視線だけ動かして僕の顔を見る。

 そして、そのまま何も言わずにまた視線を下げてしまった。

 ……何か出てたらしい。

 僕は手のひらで自分の顔をぺたりとなでた。

 僕はそんなに顔に出やすい質だっただろうか。

 ここでは、思っていることがいろいろ見抜かれやすくなっている気がする。


 何も聞かないと決めた。

 何もないと信じている。

 そう、思ってはみても。


 僕はついまた、スマホの画面に目を向けてしまう。

 七月で止まった出動予定。

 こんなのを見てしまうと――。


 マキさんに聞こえないように、こっそり、小さく、溜息をつく。


 一度芽吹いてしまった不安を、完全につみ取ってしまうことは難しいのだった。

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